とおまわりの記録番外編 | ナノ



なにがどうしてそうしてこうなったのだろう。

さんさんと降り注ぐ熱い日差しが痛いほどに肌を差す。どこまでも青く、どこまでも高い空の下、太陽の光が反射してきらきらと輝いているプールの水面を背景に、あははと声をあげて笑っている吉井。ここまではいい。ここまでは全然オッケーだ。最高だ。問題は。

「そっちいったよ〜」

「はーい、いきますよ〜、福富さん」

「福富さん、アンディが後方へ3センチ下がった方がいいと叫んでいます!」

「ふんっ!」

フクが地を蹴って高く飛び上がって、右手でボールを打つ。隼人が拾おうとしたが、寸でのところで届かなかった。吉井がぱあっと顔を輝かせる。

「すごいすごい!やったー!」

「やりましたね福富さん!」

「わ〜い」

「オレは強い」

吉井、泉田、真波、フクがわらわら集まって、ハイタッチをする。嬉しそうに笑っている吉井。小さく跳ねているのでその度にワンピースの裾が小さく揺らめく。

「オレもあっちのチームが良かった…」

ぽつりと漏らした、何にも取り繕っていないありのままの本音を、荒北はしっかり聞いていたようで「アッソォ」と心底どうでもよさそうに返した。

何故こんなことになったのかというと。本来、オレは吉井と二人でプールで遊ぶ予定だった。どんな水着を着てくるのだろう、と別に全く邪な思いはなく純然たる純粋たる思いで気になりながら、壁にもたれていると視線を感じた。また見られている…。美形は大変だな、とふっと笑いが漏れる。

「東堂じゃねーか」

無遠慮な男の声。聞きなれた声。声の先に目を遣ると、荒北がオレを見ていた。その隣には隼人、フク、泉田、真波。このメンバーにプールに誘われたのだが、その時既にもう吉井との約束が入っていたので断った。まさかこいつらもこことは。

「東堂さんこんにちは〜」

「こんにちは!」

「お前もここのプールだったのかヨ」

「世間は狭いな」

「吉井さんと?」

隼人の問いかけに前髪を人差し指に巻きながら「まあな」と得意げに言う。荒北が死ねばいいのにとぼやいた。

「吉井の姿が見えないが」

フクがきょろきょろと辺りを見渡しながら問いかける。ああ、と言ってからオレは答えようとした。吉井はまだ更衣室、と言おうとした時、軽やかな柔らかい声が、そっと、後ろから耳に入り込んだ。

「お待たせ〜」

振り向くと、吉井が胸のあたりでひらひらと手を振っていた。ピンク色の小花柄が目に飛び込んでくる。Aライン状のワンピースタイプの水着だから、露出は少ない方だが、それはあくまでも“水着として”だ。普段、短い丈のものを履かない吉井が、太ももを露出すること、または肩を出すことなんて皆無に等しい。髪の毛も横でひとつにまとめている。一瞬で、目を奪われて、ごくりと唾を飲み込んでしまった。

「ごめんね、待たせちゃ…あれ、福富くん?わー、荒北くんに新開くんに…わあ、泉田君に真波くんまで!」

その他大勢を見つけた吉井は、ぱあっと顔を輝かせる。真波はいつものように、人畜無害そうな笑顔を浮かべて無邪気に言った。

「吉井先輩水着似合っていますね。すっごく可愛いです」

な…っ!!

思わず目をひん剥かせて真波を睨みつける。吉井はえっときょとんとした後、少し頬を赤らめて「口が上手いんだから〜」と照れくれそうに笑った。そーだ真波、吉井は、年下のことは好きだが、それはあくまでも庇護対象としての好きであって、恋愛対象としての好きではないんだぞ!ワッハッハッハッ!

「尽八さっきからずっと百面相してるな」

「だいたい考えていることがわかんネ」

「東堂さんは自転車のことになると理知的なのになあ…」

残念そうに呟いている隼人と荒北と真波の言葉はオレの耳から耳へと通り抜けた。オレはさっさと吉井と甘く熱い夏のひと時を過ごしたくて、吉井に「じゃあ、そろそろ行くか」と声をかける。だが、吉井は何故か申し訳なさそうにオレを見上げる。見下ろす形で吉井を見るので、谷間が見えている。邪な考えが沸いてきて、罪悪感から目を逸らした。

「ねえ、もしかして、わたしと遊ぶせいで、みんなと遊べなくなっちゃったんじゃないの?」

「あー…。まあ、たまたま日程が被ってしまってな」

「やっぱり…」

吉井は申し訳なさそうに目を伏せた。全然気にしなくていいのに。吉井の水着姿と部室で『あっちー死ぬー』『股間にエイトフォーかけたら気持ちいいかもしれないぞ』『…やってみっか』とか言っているような馬鹿の水着姿。天秤にかけるまでもない。

「…そうだ!せっかくここで会ったんだし、みんなで一緒に遊ぶのはどうかな?」

吉井はパン、と手を叩いて、閃いた!と言うように目を輝かせて提案した。オレの穏やかな微笑みが固まった。

「みんなはどうかな?」

吉井は身を翻して、フク達に体を向ける。その際に、ワンピースの裾がはためいた。荒北と隼人と泉田が憐みの眼差しを向けてくる。フクは顎に手を当てながら「ふむ」と頷いた。

「確かに、大人数で遊んだ方が楽しいしな」

「いいの?」

声を弾ませたあと、吉井はくるりとオレに向き直った。満面の笑顔を浮かべている。

「よかったね、東堂。これでみんなとも遊べるよー!」

「オレも嬉しいです〜、吉井先輩とプールだなんて〜」

「真波くん…!わたしも真波くんとプール、嬉しいよ〜!」

楽しそうに手を合わせてきゃっきゃっと喜ぶ吉井と真波。荒北と隼人と泉田が、一層濃くなった憐みの眼差しをオレに向けてきた。

ふたりっきりの、甘く熱い夏のひと時を描いた未来予想図が音をたてて壊れた瞬間だった。



「なんか、田舎のばあちゃんみてェだな」

水に揺られながら、荒北が、横目で吉井を見た。吉井は泉田と真波に、「何か食べたいものがあったら言ってね!わたし、なんでも買ってくるから!二人とも育ちざかりなんだから!」と強く言っていた。普段のほほんとしている吉井が、強い口調で言っている貴重な瞬間だった。

「吉井先輩って、なんだかお姉ちゃんみたいですね〜」

真波が無邪気に放った一言に、「そ、そう…!?」と心底嬉しそうに目を輝かせる吉井。えへへ、と目を細めて笑う。その笑顔がオレ以外に向けられている。泉田何頬染めているんだ…!!

「泉田くんってほんとに筋肉すごいねえ」

「は、ははは…。まあ、毎日鍛えてますから…」

「力瘤つくれる?」

「えーっと。はい。こんな感じです」

「わ、すごーい!」

腕を曲げて、ぽっこりと大きな力瘤を作る泉田を見て、目を丸くした後、拍手する吉井。泉田は「い、いやあ…」と照れ臭そうに笑っていた。何照れているんだ…!!オレだって、オレだって、オレだって…!

「吉井せんぱーい、もうすぐ波ですね〜」

「そうだね。…あっ、そうだ。真波くん。プールの波だからって舐めたら駄目だよ?水は危険なんだからね」

お姉ちゃんみたい、と言われたことが嬉しかったのか、少し鼻高々になって、姉のように振る舞う吉井に、真波は「は〜い」と笑顔で頷く。そう、ただの姉と弟のようなものだ、だから嫉妬する必要なんてどこにもなくてだな…!嫉妬が浮かび上がっている顔を隠すため、視線を下に向ける。吉井は弟か妹が欲しかった、と言っていた。だから、こうやって、年下の面倒を見ることによってその夢を叶えている。その夢を邪魔してはいけない。

「わー、波すごい!」

「吉井先輩、浮き輪捕まってもいいですか?」

「どうぞどうぞ〜」

じいっと、きゃっきゃっと楽しんでいる二人を見ていると、波がオレの鼻を打ち付けて、鼻の穴の中に思いっきり水が飛び込んできた。鼻が痛くなる。ゲホゲホとむせるオレに気付いたのは、フクだけだった。大丈夫か、と真顔で訊いてくれる。その優しさが、今のオレには、辛かった。




別に喋っていないわけではない。ちょくちょく喋っている。だが、オレは今日丸一日、吉井に全ての時間を遣うつもりだった。だから当初の予定と比べると、全然喋れていないわけだ。はあ、とため息を吐いて手を洗う。鏡に映ったオレの顔は今日も整っていたが、曇った表情をしていた。

自分でもわかっている。オレは独占欲が激しい。他の男と喋っているだけで、何話しているのだろう、とものすごく気になるし、触られていたりしたら、何するんだと背の裏に隠したくなる。だから、今日は久々に、オレだけが吉井を独占できると思ったのに。くそう…。

トイレから出て、皆のところへ戻る。吉井と真波の背中が見えた。他はいない。プールで遊んでいるのだろう。何やら二人で楽しそうに話していて、また、嫉妬の炎がちりちりと燃える。

…後ろから、ゆっくり近づいて、驚かしてやろう。

それくらいの憂さ晴らしは許せ、と真波の背中を睨みつけながら、そろりそろりと抜き足で歩く。物音をたてないように行動するのは得意だ。

「へえ、東堂ってそんなこと言っているんだあ」

…え。

足が、驚きで自然と、とまった。オレの話題をしていたらしい。

「もうちょっと、聞いてもいい?」

「いいですよー」

「ありがとう!」

弾んだ声のあと、ふにゃっと柔らかくなった声で、嬉しそうに言う。

「後輩の前では、そういう態度とるんだね。…かっこいいなあ」

…。

……。

………。

…! あっぶねえ…。嬉しすぎて気絶しかけた…。倒れかけた…。

バクバクと鳴る心臓を抑えながら、荒くなりそうな呼吸を必死に整える。ちょうどいい茂みがそこにあったので、そこに隠れて盗み聞きをすることにした。

「東堂さんの走りって、あれ簡単に見えてすごいんですよー。音をたてないで走るって、すごいんです。普通は、ほら、腰上げた方が坂登りやすいでしょう?」

「うんうん」

吉井は、嬉しそうな声を上げながら、一生懸命になって真波の話を聞いている。その話題はすべて、オレに関することばかり。茂みからこっそりと吉井の顔を伺う。横顔しか見えないけど、頬はほんのり桃色に染まっていて、幸せそうに頷いていて。見ているだけで、胸がいっぱいになってくる。嬉しいのに、苦しい。

「…吉井先輩ってほんとーに東堂さんのこと大好きですねえ」

真波がしみじみと言って、吉井は目を瞬かせたのち、ぼんっと顔を赤くした。俯いてから、小さく「うん」と呟いて、抱えた膝に顔を埋めた。

心臓が熱い。熱すぎて痛みを持つ。ぎゅうっと、押しつぶされそうだ。

「真波くんも言ってたけど、東堂って、ほんとは頭いいのに、そういうところ、おおっぴろげにしないところとか、すごくカッコいいって思うし、冷静でよく周りを見ているところかも、ほんと、すごいって思うし、…実は、こっそり、尊敬しているんだ」

そう言ったあと、火が消えたように押し黙って。あははと恥じらいを孕んだ軽やかな笑い声をわざとらしくあげた。

「え、えへへ、なんか、急に話し始めてごめんね」

「…いいえー。いいですよー。いや〜、東堂さん愛されてますねえ」

「こ、こら。年上をからかわないの!」

「はーい」

どくんどくんと、心臓がうるさい。痛いくらいに締めつけてきて、呼吸すらままならない。そっとその場を離れて、少し歩いたところで、壁に背中を押し付けて、ずるずると落ちる。片手で顔を覆う。今、間違いなくみっともない顔をしている。そのことは頬の温度が証明している。やっと、元の場所に戻れるようになった時には、もう日は傾いていて、空はオレンジ色に包まれていた。荒北にお前どこ行ってたんだヨ、とどやされたあと、吉井と目が合った。

さっきの話をオレが聞いていないと思い込んでいる吉井は、じっと見ているオレを見て、不思議そうに小首を傾げた。オレを待っている間、再びプールに入ったのだろう。その名残で、水滴がはじかれるように頬を滑り鎖骨に落ちた。やがてそれはふくよかな胸の間へ転がり落ちていく。

ああ、もう。オレというやつは。

「荒北」

「あ?」

「一発、殴ってくれないか」

「は?」



アイアムアふつう

山神だって、18歳



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