とおまわりの記録番外編 | ナノ



(ももいろぴんくを剥ぎ取っての軽い続編)


「えーっとォ?restrictが…あー制限する、か」

コンコン、とノックの音がドアを鳴らした。ドアに目を遣ってから視線を時計に滑らせる。もうそろそろ今日は終わりにすっか、と思って、椅子に背を預けながら「ドーゾォ」とドアに向かって声をかけた。キィッという開閉音と供に、姿を現したのは鎮痛な表情をたずさえている東堂だった。

「…勉強していたか?」

伺うような声。真剣な表情を向けられる。コイツって顔整ってんなァ、と自然に思う。いつもの軽薄な雰囲気がまったく見られない。何かあったのだろうか。「いや、別にィ。もう終わった」と素っ気なく返す。

「そうか。…ならば、すまんが。少し話を聞いてくれるか」

「…いいけどォ」

コイツがオレに小言以外のことを言うなんて珍しい。東堂はベッドに腰を下ろした。目を隠すように右手をかざしながら、ため息を吐いた。…こいつは、なにかあったな。椅子の向きはそのままに、体を反転させて東堂に向き合う。

「何があったんだヨ」

そう問いかけると、東堂は少し間を置いたあと、ゆっくりと口を開き、重々しく、口を開いた。

「…吉井が可愛すぎて辛いんだ…」

なんでオレはコイツの話を真剣に聞こうと思ったんだ。馬鹿か。オレは馬鹿か。馬鹿だ。目をしばたかせたあと、ハァーッと、苛立ちを露にした息を吐いた。東堂は顎に手を携えながら、真剣に語り始める。

「いや、今日な。吉井が女子達に化粧とかスカート短くされていてな。あまりにも可愛いから、目も合わせられなくてな。なんであんなことしているのかと吉井の友人に訊いたらああいう恰好を一度したかったらしく、それを訊きつけた友人たちにオモチャにされたそうでな。正直あまりにも可愛すぎてクラスの男子達の目が気になって気になって気になって仕方ないからやめさせようかと思ったのだが、一度やってみたかったことを邪魔するのもなんだかなと思い、言わなかったんだが」

「はァ」

死んだ目で気のない返事を打つ。

「言わなかったんだが…。もう目も合わせられなくて…。まあちらちら盗み見したんだが…。すげえ可愛くて…」

「はァ」

「このオレをここまで骨抜きにするとは末恐ろしい女だよ…」

「はァ。なあ、帰れヨ」

「もう少し聞いてくれ」

「帰れヨ」

「頼む、もう少しだけ。隼人もフク…はもう寝ていて藤原も二年も一年も誰も話を聞いてくれないんだ」

「たりめーだろ」

「わかった。ペプシ五本奢る」

「仕方ねーな」

交渉成立。東堂はありがとう、と真剣な面持ちで頷いてから、また真剣なトーンでアホなことを抜かし始める。

「吉井は可愛いだろう?」

「フツーじゃナァイ」

「荒北…!?大丈夫か、お前の目は…!明日にでも眼科に行くべきだ!オレもついていってやる!!」

「あーわかった!!可愛い!!すっげー可愛い!!すげーわ!!やべーわ!!」

「荒北お前…!!」

「メンドクッセーんだヨお前!!」

フツーと言ったら言ったで面倒くさいし、可愛いと言ったら言ったで面倒くさくなる。元々面倒くさい人間なのだが、吉井のことに関すると面倒くささが五倍ひどくなる。マジでコイツウゼェ。

東堂は疑わしそうな眼差しでオレを睨んだあと、コホンと咳払いをしてから、少し声のトーンを落として、ぽつりと呟いた。

「…卒業したら、オレと吉井は離れるだろう」

わずかに眉間に皺を寄せながら、表情に悲しみを滲ませて力ない声で呟く東堂に、オレは耳をほじくりながら適当に返した。

「お前離れたら生きていけんのォ?きもちわりーくらいべたべたしてマジでうぜぇんだけどォ」

「毎日電話とメールと文通をして何とか生き抜いていくしかない」

「いや文通はいらねーだろ」

「…女子は大学生になったら、今までしなかった女子も、たいてい化粧を始めるだろう?」

「へーえ」

「オレの姉もそうだった。…ああいうのを、オレの手が届かないところでしていくのだと思うと、」

東堂は黙り込んだ。下唇を噛みながら俯いている。伏せた瞳が不安で揺らいでいる。形の良い唇から、情けないため息が吐かれた。

「東堂って、マジで、吉井のことになるとメンドクセーよな」

情けない面をしている東堂をまじまじと見ながら言うと、すぐに「自覚済みだ」と肯定が返ってきた。真剣な表情を浮かべながら頷いている。自覚済みでこれか。手におえない。

「お前が化粧すんなスカート短くすんなっつったらしねェだろ、アイツなら」

「男と遊ぶなとかなら言うが、そういう、女子がしたいことを禁止するのは、駄目だろ。アイツも、そういうお洒落とか、興味あるんだし」

「じゃあ、仕方ねーな」

「…だよなァ」

若干背中を丸めて、組んだ手を額に当てながら、ハァッと重苦しい息を吐く東堂を見た後、ブハッと噴出してしまった。東堂が手を額から退けて、面白くなさそうな顔で、ニタニタと笑っているオレを睨む。

「箱根の山神天才クライマー東堂の、こんな姿、なかなか拝めるモンじゃねえなァって思ってヨ」

ニヤニヤ笑いながら、わざと、東堂のキャッチフレーズを声高々に強調して言う。

「…うるせえ」

頬を恥じらいで赤く染め、不機嫌を露にした瞳を細めながら唇を尖らせる。これ写メったらファンクラブの女子に高値で売れっかもネ。




prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -