とおまわりの記録番外編 | ナノ



わたしもなんだかんだ言って女子高生の端くれなので。短いスカートとか、化粧とか、興味ある。でも、わたしはそういうことをするキャラではないし、第一似合わないだろうし…と諦めていた。わたしも女子高生の間にそういう恰好してみたかったなあ〜とぽろりと零したら。ギャルの友達にあっけらかんと言われた。

「やればいいじゃん」

と。

「…へ?」

「いいじゃん、やろうよ」

「幸子のミニスカみた〜い、メイクしてみた〜い」

瞬きをしているわたしを置いて、ギャルの友達たちはきゃっきゃっと盛り上がっていく。突然の事態についていけず、ただ、瞬きをすることしかできない。ギャルの友達がメイクポーチを取り出した。

「ナチュラルメイクにしよ、この子は派手すぎんの似合わないっしょ」

「そーしよそーしよ。幸子ってマジで肌綺麗だね〜コノヤロ、もち肌か」

頬っぺたを包み込まれながら持ち上げられたり軽く左右に引っ張られたり、おもちゃにされる。

「日焼け止めは塗ってる?」

「うん」

「んじゃ、もう下地とかいっか。チーク塗ろう、チーク、何がいいかな〜」

「無難にピンクじゃない?めっちゃくちゃ薄いピンク。それをうすーくつけよ」

「薄すぎて意味わかんねー」

アッハッハッと笑いが起こる。女子高生の笑いのツボはよくわからない。わたしも女子高生だけど、いまどきの女子高生からはかけ離れているので…。

…東堂はいまどきの男子高校生って感じだよなあ…。うーん…、今更って話だし、何回思うんだって話だけど…。釣り合っていないなあ…。少しだけ、気分が落ち込むと、顎をぐいっともたれて、ギャルの友達に視線を合わされた。

「もー、またぼーっとしている。次アイシャドー塗るから、瞼閉じて」

「アイシャドー?」

「瞼に塗るやつ。はい、閉じる!」

「色んなものがあるんだねえ…」

そしてわたしは女の子として化粧品を知らなさすぎる…。もっと勉強しよう…。心の中でひそかに決意してから、瞼をそっと閉じる。瞼の上をなにかが塗っていく感触が少しくすぐったい。

「薄く塗ろ、うすーく。近づいてやっとあれ、もしかして…塗っている…?あっ、塗っているわ!ぐらいの感じで」

「わかってる。…はい、次、アイラインね。…幸子色素薄いから黒じゃなくて茶色にする?」

「そうしよー。茶色のが雰囲気柔らかくなるもんね」

瞼の上を滑らかな筆のようなものがなぞっていく。く、くすぐったい。下唇をきゅっと噛んでいると「何笑ってんの」と笑われた。

「目開けていいよ」

そう言われて。ゆっくりと目を開ける。久しぶりに見る友達の顔が、ぱあっと明るく輝いた。

「可愛い可愛い!」

「おー、あんた化粧うまいね」

「そっちの道行こうかな〜、メイクアップアーティストってやつ〜」

鼻高々の友達を、みんなが褒めていく。よくわからないけどすごいんだなあ…とわたしはパチパチと拍手した。そんなわたしに気付いて、友達が慌ててフォローをいれてきた。

「あ、もちろん、元がいいってのもあるからね?」

「いやいや、そんなことないですよ〜」

慌ててフォローいれてくる様子が面白くて、あははと笑う。友達が「いやマジでだって」ともう一度フォローをいれてきた。うーん、そんなに必死にならなくてもいいのに…。続いて、透明マスカラを塗られた。

「最後に、グロス塗ろ。幸子、なにがいい?香りつきのあるよ。桃とかどう?」

「わー、すごい〜。いいの?そんなすごいの塗ってくれるなんて」

「遠慮すんな、いいよいいよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて…」

「甘えろ甘えろ。ほら、良い匂いすんでしょ」

友達がグロスの蓋を開けて、わたしの鼻に持っていった。ほのかに鼻孔をくすぐる桃の匂い。美味しそうだね、と言ったら食い気かい、と苦笑された。唇に塗られたあと「んーってして」と、自分の唇を指しながら、唇を結んだあと、そう言ってきた。なので、唇を合わせる。この何か塗られている感覚…。あっ、そうだ。七五三だ、懐かしい。

「おお〜、可愛い!ほぼすっぴんナチュラルメイク〜」

「卒業までに化粧した幸子見られるとは思わなかったわー。あ、美紀おいでー」

「なになに、お菓子くれるの?」

「あんたそればっかりだねほんと。ほら、幸子化粧したんだよ」

「…うわー!ほんとだ!可愛い!幸子ちゃん、三年間かけ払しょくしたもっさもさのイメージが今完璧になくなっているよ!」

「それ美紀ちゃんにも言えることだからね」

「うわ、依里ちゃん。吃驚した」

「幸子ちゃん、いいじゃん。可愛いよ。やりすぎてないし」

たくさんの女の子の言葉が一気にわたしに集中して、何から返せばいいかわからない。というか、わたしはまだ自分の顔をまだ見ることができていない。すると、そんなわたしに気付いたのか、依里ちゃんが「はい」と手鏡を貸してくれた。できる子だなあ、依里ちゃんは…、と思いながら鏡を覗き込む。

「…ほうほう…」

鏡に映った自分の顔を見て、頷いた。ほんのりと桃色が頬に差していて、瞼には控え目ベージュがグラデーション状にのせられていた。ゆるりと瞼の際に茶色の線が引かれているのと、透明マスカラのおかげでいつもより目が大きく見える。唇もほんのり桃色に染まっていた。いつもより、ちょっと垢抜けたわたし。いまどきの女子高生っぽい。ギャルとまではいかないけど…。

「次スカート短くしよ、ほら立って立って〜」

「え、あ、う、ん」

半ば無理矢理立たされて、腰元に手を入れられる。くすぐったくて身をよじった。

「く、くすぐ…ははっ、あははっ」

「はい、ちょっとの我慢だからねー。よし、二回…いや三回折るか」

「は、はやくね、あははっ」

スカートの丈が短くなっていっているのがわかる。太ももに空気が触れる。折り終わって、友達の指が脇腹から離れて、ほっとする。嫌じゃないんだけど…くすぐったくて…。

見下ろして、ビックリした。こんなに短いスカートに自分がするとは。太ももが丸見えだ。

「こ、これはやりすぎじゃ」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

「わ、わたし太っているし」

「太ってないじゃん、幸子は」

「体重重いもん」

「それ、なだらかな平野が胸に広がっている私の口から言わせる気なの?」

「いいじゃん、今日はそれね。勝手に丈おろしたら擽りの刑ね」

「え、ええ」

そんな殺生な…と眉を八の字に寄せて困っていると、東堂が教室に入ってきた。自然と、顔が綻ぶ。名前を呼んで、「おはよ〜」とひらひらと手を振った。東堂がわたしに気付いて、口を開いてから。

固まった。

少し時間が経ってからも、東堂は動かなかった。硬直している。わたしを見て、硬直している。どうしたんだろう…。心配になって、小走りで駆け寄った。顔を覗き込む。東堂の肩がびくっと跳ねた。

「どうしたの?」

「い、いや、なんでもない」

「ほんとに?」

顔を覗き込みながら、疑いの眼差しを東堂に向ける。東堂は頑なにわたしと目を合わそうとしない。頬がほんのりと赤いし、熱があるんじゃ…。

「あ、」

わたしはパチンと両手を合わせた。言い忘れていたことがあった、思い出した。

「ちょっと、お礼言ってくるね」

「お礼?」

「化粧してもらったの。そのお礼をしてくる」

あ、そういえば。東堂に化粧した顔見せてしまった。なんか恥ずかしい。照れ臭くて、あははと笑いながら、背を向けた。東堂の視線を背中が感じ取る。…へ、変って思われたのかな…?






放課後、カーテンがふわりと揺れる中、夕日をバックにして、東堂が日誌をつけていた。おお…絵になる…。ほとほと見惚れてから、東堂に駆け寄った。

「東堂〜」

東堂の肩がびくっと動いた。名前呼びながら近づいただけなのに。…ものすごく日誌を書くことに集中していたのかな?

「お、おお」

「東堂今日、日直だったもんね、お疲れ様〜」

前の席を引いてから座る。東堂は「まあな」とわたしから目を逸らして言った。日誌を覗き込む。いつ見ても綺麗な字だ。

「吉井はまだ、帰らないのか?」

「帰ろうと思ったんだけど、忘れ物しちゃって。でも、忘れ物して良かったなあ」

頬杖をつきながら、へらっと笑った。

「東堂、教室にいたし」

夕陽のせいか。東堂の頬に赤みが差した。目を見開いてから、俯いて「そうか」と小さな声で返されて、「うん」と大きく頷いた。

今日はあまり喋れなかった。タイミング重なって、あまり喋ることができない、そういう日もあるだろうけど。頭では理解していても寂しかった。卒業したら、そんなことしょっちゅうだというのに。

…うわあ、なんか、ほんとに寂しくなってきた。

目頭がじんわりと熱くなる。東堂の視線は日誌に向いているので幸いなことに気付かれていない。唾を飲み込んでから、冷静さを取り戻す。

…こういう東堂、もう、今しか見れないんだよね。

ポケットからケータイを取り出して、レンズを東堂に向けた。

「東堂〜」

「ん?」

画面に、特に表情を作っていない東堂が現れた。瞬間、シャッターボタンを押す。ぱしゃりとシャッター音が二人きりの教室に響いた。

「わ〜、写真なのに東堂が決め顔じゃない。すごい」

自分で撮っておいて、驚いてしまった。写メの東堂は、別に、変な顔というわけではないけど、本当に特に顔を作ってなかったからだ。日常の中の一コマを抜き取った、という感じがする。東堂にもケータイの画面を見せた。けど、東堂はご不満のようで、むう、と難しい顔をしている。

「うーん、あまりオレの良さが引き出されていない気がする」

「ええ〜、そうかなあ。でも、東堂って、わたしには指さしてくれないじゃん」

「…仕方ねえだろ」

東堂は頬を赤くして、少し乱暴な口調でしどろもどろになって答えは。時折漏れる普通の男の子の口調。同い年の、18歳の男の子なんだなあ、ということを感じられるのと。こういう口調が出てくるのが、女の子の中ではわたしだけ、ということがとても嬉しい。

「可愛いなあ」

言ってしまったあと、「あ」と口を抑えてしまった。別に馬鹿にしているつもりなんて一ミリもないのに、東堂は“可愛い”と言われるとムッとすることが多い。案の定、ムッとしていた。でも、まだ頬が赤いので、やっぱり可愛い。じとっとした目で睨まれる。

「…ちょっと、ケータイ貸せ。あと、こっち来い」

東堂が自分の座っている椅子を半分空けた。そこに座れということだろうか。わかった、と深く考えないで頷いて、ケータイを渡す。座ってから、自分の浅い考えに吃驚した。なんで気づかなかったのだろう。

ち、近い…!

露出された太腿が東堂の太腿にぴったりくっつく。ズボンの布が素肌に直接あたってくすぐったい。肩と肩もぴったりくっついている。というか、わたしの右半分が東堂の左半分にぴったりくっついている。

「い、椅子、もう一つ持ってくる」

腰を上げようとしたら、肩をぐいっと掴まれて、無理矢理座らされた。肩に置かれた手をそのままにして、もう片方の空いた手でわたしのケータイを操作する東堂。

「内カメないのか」

「う、ん」

距離が近すぎてうまく喋ることができない。体温を、呼吸音を、身近に感じすぎている。誰もいないとは言え、教室でこんなにくっつくことは初めてだ。いつ、だれがきてもおかしくない。教室のドアにちらちら視線を走らせる。

「余所見するな」

「わ、ぁ、んぅ」

すると、無理矢理顔を東堂の方に向けられて。東堂の顔が迫ってきて、口を塞がれた。ふにっと柔らかいものがあたる。そして、シャッター音がぱしゃりと響いた。

一旦、東堂の唇が離れた。でも、まだ目と鼻の先にいる。東堂の真っ直ぐな熱に浮かされている瞳が恥ずかしくて、視線を下に向ける。東堂の親指が、わたしの下唇に触れた。

「なんか、良い匂いする」

「も、桃の匂いだって」

「…ああ、言われてみれば」

ゆっくりと、二度頷いて、そのまま、親指がなぞる様に、ゆっくりと横に動いた。体中が熱くなる。柔らかく押されてから、離された。下唇を軽く噛みながら、俯く。きゅっと唇を合わせると、東堂の指の感触がまだ残っていた。

…って、そういえば。

「さ、さっき何撮ったの…!?」

キスのあとに鳴り響いたシャッター音。嫌な予感というか、恥ずかしい予感がする。わたしは顔を上げて、東堂に問いかけた。すると、東堂は顔を赤くした。「ああ…」と不明瞭な言葉を漏らしてから「ん」とケータイをわたしに返してきた。

「わ、わあ、ああ、あ…」

わたしと東堂がキスしている写メが撮れている…。恥ずかしすぎてケータイを持つ手が震える。

「流石オレ!キスしながらでも写メを撮る技術があるとは!カメラマンの才能もあるな!ワッハッハッハッ!」

自分でやっておきながら、照れている東堂。照れているのを隠すために大笑いしているのがバレバレだ。

「な、なんでこんな…」

「お前が可愛いとか言うからだ。…いや、でもマジでこれうまく撮れているな…。せっかくだし待ち受けにするのはどうだ?」

「で、できないよ…!…あ、」

東堂の顔を見て、気付いた。唇にグロスが移っている。ハンカチを取り出して、東堂の唇を拭いた。…ハンカチ越しに伝わる唇の感触からは恥ずかしいので目を逸らした。

「グロスがついていた。キスの時についちゃったんだねえ」

吃驚している東堂に説明をする。説明をしながら、あれ、わたし、結構すごいことをしてしまったのでは…と気付いてしまい、顔が火照るのを感じた。

「そ、そうか。ありがとう」

「い、いえいえ」

シーン、と沈黙が流れた。依里ちゃんに、『東堂くんと幸子ちゃんってなんでいつまでも中学生日記なところがあるの?もうヤッちゃいといて、いつまでカマトトぶるの?』と小言を言われるのだけど、わたしはいつまでたっても、くっつくことも、キスすることも、なれない。右半分が当たっている状態でいっぱいいっぱいなのに、よく最後までできたものだ、我ながら。

ケータイの画面をじっと見る。本当によく撮れている。ぶれてもいないし。東堂の綺麗な横顔。背景の夕日ととても合っている。わたしは吃驚しているので目を開けていた。なんとも間抜けな…。

キスしているとき、わたしは時々目を開ける。どんな顔しているんだろう、と気になって。いっぱいいっぱいの表情をしている時もあるし、穏やかな表情をしている時もある。本人曰くいつも『余裕なんかあるわけねえだろ』とのことだそうだけど。

いつも、余裕たっぷりの東堂の、余裕のない顔。ロードレース以外でなかなかお目にかかるものじゃない。そして、それを見ることができるのは、わたしだけ。

わたしは、ぽつりと言葉を落とした。

「…絶対、待ち受けにしない」

「…そう何回も否定されると傷つくぞ。冗談だ」

頬を少しだけ膨らませて、拗ねた口振りで言う東堂。わたしは首を左右にふるふると振った。

「違う。…わたし以外の人に、東堂がキスの時こういう顔するっていうの知られたくないもん」

言ってから、自分の言葉に恥ずかしくなって、俯いた。他の人に見られたら恥ずかしいという思いが一番大きいけど。それ以上に。…わたしって独占欲強いな…。

左の耳朶に角ばった指の感触を感じた。耳全体が包み込まれて、ふと、顔を上げると、東堂の右手がわたしの頬に添えられていた。

「…ついちゃうよ?」

「そっちこそ、とれてもいいのか」

鼻と鼻がもうくっつきそうなくらいに近い。お互いの息が唇に触れる。熱情を浮かばせた目力の強い大きな瞳が、穴が開いてしまうのではないかというくらい、わたしを見つめてくる。ドキドキしてたまらなくて、苦しくて仕方ないのに、その視線をすべて受け止めたくて、わたしも見つめ返す。

せっかくつけてもらったグロス。勿体ないと言えば、勿体ないけど。

「…うん」

こくりと頷いてから、幸せだなあと思って、ゆるりと微笑む。東堂は、視線を下に向けて、ぎゅっと下唇を噛んでから、距離を詰めてきた。わたしの前髪が東堂の額に当たる。そっと目を閉じる。東堂に触れられるこの瞬間には何も勝てない。

五分後、わたしの唇からはグロスが綺麗さっぱりなくなっていた。




ももいろぴんくを剥ぎ取って


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