とおまわりの記録番外編 | ナノ



初めての男の子の友達も東堂で、初めての彼氏も東堂で、初めて手を繋いだ男の子も東堂で、初めて抱きしめられたのも東堂で、初めてキスしたのも東堂で、初めて、つながったのも、東堂。わたしの異性に関する“初めて”は、全部東堂でてきている。

物陰にこっそり隠れながら、キスをする。頬に手を添えられるようにして顔を持ち上げられる。大きくて暖かい掌が心地よい。舌が唇に当たったので、口を開けると、ゆっくりと入ってきた。上の歯と下の歯をなぞられてから、絡み取られる。

「んぅ、っ、ん、んん…」

鼻がかかったような声が漏れる。キスの合間の酸素を吸う音。舌と舌が絡めあう時に鳴る水音がやけにくっきりと聞こえる。こういう時、手をどこに置けばいいのか未だによくわからなくて、東堂の胸のところに置く。そろそろ酸欠になる、と思った時、唇を離されて、そっと、優しく抱きしめられた。

「大丈夫か?」

優しく労わるような声で問い掛けられた。東堂の匂いを、近くで感じて、余計にくらくらするけど、「う、ん」とたどたどしく返事をする。

今日は、短大の推薦を合格できたので、東堂にご褒美としてデートに連れてきてもらった。色々なところをぶらついて、公園について、ベンチに座ると。渡したいものがある、と切り出された。

『わあ…!』

綺麗な小さな箱の中には、ネックレスが入っていた。ゴールドピンクの小ぶりのハートのネックレスだった。とても可愛い。

『え、で、でも、これ…高いんじゃ…』

ネックレスを包んでいた箱はとても綺麗で、お洒落だった。わたしはブランド物に詳しくないから知らないけど、お洒落な子だったら知っていそうなアクセサリーのブランドじゃないのだろうか。

『ワッハッハッ、気にするな!オレを誰だと思っている!』

『い、いや、でも、高いものは高いでしょ…』

『本当に気にするな。ほら、つけてみろ』

『え、う、うん』

東堂に言われて、ネックレスを手に取ってみる。けど、うまくつけられずにもたもたしていると、東堂に『貸してみろ』と手を差し出された。言われるままに、ネックレスを渡す。

『ちょっと、後ろ向いてくれるか』

『うん』

くるりと後ろを向ける。つけやすいように髪の毛をひとつに纏めあげて、うなじを見せる。東堂の指が当たって、くすぐったい。

『つけれた?』

『ああ』

『ありがとう』

くるりと振り向いてから、お礼を述べると、軽くキスをされた。突然のことで目を見開いていると、東堂が『…あっち、行かないか』と、木々で暗いところに視線を走らせた。これからすることを予測して、恥ずかしくなりながらも、『うん』と頷いて、今に至る。

「…東堂」

少し、東堂の体を押して、東堂の顔をきちんと見上げた。

「ネックレス、本当にありがとう」

戸惑いもあるけど、やっぱり嬉しくて、心からのお礼を言う。すると、東堂は優しく微笑みながら、「オレがしたいだけだから、いいんだ」と言った。

「じゃあ、帰るか。送っていく」

手を、指を絡める形で繋がれて、どきんっと心臓が跳ね上がる。東堂の顔をちらっと見るけど、涼しい顔をしている。

「…ありがとう」

…東堂って、最近、なんだか。









「なんだか、慣れちゃっていない…!?」

と、昨日の出来事を、依里ちゃんと美紀ちゃんに話すと。依里ちゃんはにっこりと綺麗な笑顔をわたしに向けた。

「ねえ、惚気にしか聞こえないんだけど?流石にわたしもちょっと苛々してきたよ?」

依里ちゃんに持たれているスプーンがミシミシと音をたてていた。

「う〜ん、でも、確かに慣れちゃっているかも。前だったら、そこでカァ〜ッて顔赤くなっていたような気がしゅるようなしないようなもぐもぐ」

「美紀ちゃん食べながら話さないで、汚い」

依里ちゃんが美紀ちゃんを鋭く睨みつけてから、わたしに視線を合わして、憎々しげに言った。

「そりゃあ、慣れるのが普通だよ。もう東堂くんと幸子ちゃん、結構長いじゃん。そーれーなーのーに、まだ手を繋ぐだけで恥ずかしがる幸子ちゃんがカマトトすぎるんだよ。もうヤッちゃっといて、なにをいまさら」

「ヤ、ヤっちゃうとか言わないでください…」

「カマトトぶらないの!なんでそこまでしといて手を繋ぐだけで恥ずかしがるの!キスだってたくさんしたんでしょ!?」

「声!声がおっきいよ〜!」

目を吊り上げて怒っている依里ちゃんに、真っ赤な顔で声を静めてもらうように懇願する。依里ちゃんはふんっと鼻を鳴らした。わたしは「だって…」と呟きながら、パフェを掬い取る。

「東堂だと、ほんとに、全部、ドキドキするっていうか…。慣れることなんて一生なさそうっていうか…。わたし、男の子と自体とこんなに関わること、今までなかったし…」

「あー、幸子ちゃんって初めての男友達も東堂くんって言ってたもんね〜。中学の時とか男子と全然喋らなかったの?」

美紀ちゃんが口の端にクリームをつけながらのんびりと問いかけてくる。

「うん…。消しゴム貸してとか、そういうのしか…」

「へえー」

「でも、東堂は女の子の友達たくさんいるし、ファンクラブの女の子ともよく喋ってるし。だから、女の子慣れしてるなーって。だから、わたしよりも、そういう、手を繋ぐとかキスとか、慣れるのはやいのかなあって…」

「まあ、それはあるかもね。モッテモテですしなあ…」

「じゃあ、幸子ちゃんも男慣れしてみるってのは?」

「わたしも?」

「そ。ほらー、東堂くん繋がりの男友達の誰かと二人で遊んでみるとかさ〜。そんで、男慣れして、東堂くんとの色々に慣れるようになって、東堂くんをあんな風にこんな風に楽しませてあげられるようになるかもよ?」

依里ちゃんが投げやりな調子で言っていることに、気付けなかった。楽しませてあげられるようになる、が耳に残り過ぎて。男の子慣れしたら、面白いことをバンバン言えるような子になって、東堂にさらに好かれるようになるかもしれない。

「なーんちゃっ、」

「それ、いいね…!」

「え」

「ありがとう!依里ちゃん!」

わたしは身を乗り出して依里ちゃんの手を両手で包み込みながら、大きな声でお礼を言った。





夜、談話室でフクと荒北と話していたら、フクがすくっと立ち上がった。

「では、オレはもう寝る」

「福ちゃん早いネ」

「明日どこか出掛ける用事でもあるのか?」

「ああ」

へえ、と思いながら、ペットボトルに口をつけた。風呂上りの水は美味い…、と、飲んでいると、フクの口からとんでもない台詞が吐き出された。

「明日、吉井と出かけるからな。じゃあ、おやすみ」

「おう、おやすみ、福ちゃん」

「おやすみ」

フクが談話室から出ていく。荒北も「オレもそろそろ勉強すっかなァ」と、大きく欠伸をした。オレもそろそろ部屋に戻ろう…、と思ってから、ん?と違和感を覚えた。

さっきのフクの台詞を、思い出そうと逆再生してみた。

『明日、吉井と出かけるからな。じゃあ、おやすみ』

…。

……。

………。

「は…!?」

「…え!?」

荒北もオレと同じことをしたようだった。驚愕の色が顔に浮かんでいる。オレ達は顔を見合わせた。

吉井とフクが出かける、そ、それって、つまり、デート…!?

オレはものすごい速さで談話室を出た。階段を駆け上って、フクの部屋の前に立った。ドアを叩きながら怒鳴った。

「おい!!どういうことだ!!説明しろ!!」

「東堂てめえ福ちゃんの安眠の邪魔をすんじゃねぇヨ!!」

「フクーッ!!頼む!!説明を…説明をしてくれ!!」

ドンドンとドアを叩き続けると、ドアが開かれて、ナイトキャップを被っているフクが現れた。

「なんだ」

「説明をしろ!!なんでお前と吉井が出かける!?」

「さっき、吉井からLINEが来てな」

「福ちゃんLINE始めたんだよネ。わかんねェことあったらいつでも訊けヨ」

「ああ、ありがとう。吉井から、二人で一緒に遊ぼうときたんだ。吉井は一年からの友人なのに、そういえば共に遊んだことがないと思ってな。今こそ親睦を深める時だ…と思って、了承した。明日が楽しみだ。というわけでオレは寝る」

フクが穏やかにドアを閉じようとしたので、慌ててドアの隙間に足を入れる。

「なんだ」

「なんだ、じゃねーよ!!吉井はオレの彼女だぞ!!」

「だからなんだ。オレは友人と遊ぶだけだ。たとえ彼氏でも、お前に吉井の行動を制限する権利はないんじゃないのか?」

「う…っ」

フクの正論に、言葉が詰まる。

確かに、それを言えばそうなんだが…!

「あー、でもヨ、福ちゃん。惚れた女が、女友達とならまだしも、男友達と二人っきりで出かけんのは、ちょっとキツイと思うぜ?信じてる信じてない、じゃなくてヨ」

めずらしく、荒北がオレに助け舟を出してくれた。荒北…!と感動で目を潤ませると「キモい」と言われた。

「ふむ…。だが、もう了承してしまったしな…。それにオレは普通に吉井と親睦を深めたい…」

顎に手をあてながら、難しい顔で考え込むフク。穢れを知らぬ、純粋な瞳だ。フクが吉井に邪なことをするなんて、まずないだろう。でも、不安なものは、不安で。

…だいたい、なんでだ。なんで、吉井は、フクに一緒に遊ぼうなんて、言ったんだ。

得体のしれない不安が胸を巣食っていると、呑気な声が聞こえていた。

「じゃあ、オレと靖友と尽八で尾行するってのはどうだ?」

肩に重みを感じる。隼人がオレの肩に腕を回していた。パワーバーを食べている。寝る前なのに…。

「寿一と吉井さんが遊んでいるのを、この三人で尾行。これなら尽八も安心できるだろ?」

隼人はオレにウインクしてきた。まあ、それなら、安心できるが…。

「…なんでオレまでついてかなきゃなんねェんだヨ」

荒北が心底嫌そうな顔をしながら、代わりにオレの疑問をぶつけた。隼人はハハッと快活に笑ってから、言った。

「面白そうだから」








フクも別に良いと言ったので、オレと荒北と隼人で尾行することになった。フクが時計台の下で仁王立ちしている数メートル後ろでこそこそと隠れながら、吉井がやってくるのを待つ。

「尽八、サングラス似合ってるな」

「ワッハッハ!このオレに似合わんものなどない!」

「ただのDQNにしか見えねェな」

「元リーゼントの元ヤンに言われたくないな!」

「ッセ!!あの黒歴史は忘れろ!!」

「あ、吉井さん」

慌てて口を抑える。荒北とのつまらない口喧嘩でバレたらたまったものじゃない。吉井は小走りでフクに駆け寄っていった。足が動くたびに、スカートの裾が揺れている。

ごめんね、待った?いいや、待っていない。だいたいこんな感じの会話を繰り広げているのだろう。表情から察することができる。フクはいつでも鉄仮面だが。

「お、歩き出したぞ」

「どこ行くんだろうナァ」

「フクも知らんらしいからな」

こそこそと、三人合わせて平均身長176センチの男子高校生達が身を縮めて尾行する様子は、傍から見て、滑稽そのものでしかなかった。



「おい、あそこ入んのかヨ…」

荒北がげんなりした顔をしながら、げんなりした声を出した。フクと吉井が入ったのは、ファンシーなケーキ屋だった。男三人であそこに入るものは、ちょっと、キツ―――って隼人ー!なんて真っ直ぐな淀みない足取りだー!!

隼人は店の中に半分入りながら、くるりと振りむいた。

「はやく入ろうぜ!」

目をキラキラ輝かせながら、オレ達を手招きする隼人。隼人に着いてきてもらってよかった…と胸を撫で下ろした。



「うえええ、甘いモンばっか…。っつーか、すっげェ目立ってんぞ、オレら…。周りの女子の眼がすっげーお前らに注目してんぞ…」

「えーっと、とりあえずアップルパイとアップルバターケーキとアップルシナモンケーキでお願いします」

「クッ、全然話が聞こえん…!!」

「聞けヨ、人の話」

いつもなら鼻高々になって“美しすぎるのも罪だな!”と高笑いしているところだが、今は女子の眼も気にならなかった。ここからだと、フクの顔しか見えない。もどかしい。一体何を話しているんだ…!!

「あー、リンゴフェアか。だから福ちゃん誘ったんじゃナァイ?」

「え」

「福ちゃん、リンゴ好きだろ?だから、東堂じゃなくて、福ちゃん誘った、っていう話ってだけのことじゃねェのォ?」

「お、オレもリンゴ好きだぞ!普通に!!」

「だーかーらァ、大した意味はねェんだろ、吉井には。見渡す限り、女子、女子、女子、の空間にお前連れて来たら、どーせ、女子はお前ばっか見るの目に見えてるしヨ。そんなの、吉井には面白くねェだろ。っつーか、そんな空間でケーキ食っても落ち着かねェだろ」

言い返せなかった。

女子は好きだ。甲斐甲斐しく声援を送ってくれるし、可愛らしい存在だと思う。吉井も、オレのファンクラブの女子と仲良くしていることもあって、オレは今でもファンサービスをやめていない。

「でも、それを知っていて、吉井さんは尽八と付き合ってるんだろ?」

「わかってても、面白くねェもんは面白くねェだろ」

「靖友、お前女心よくわかってるな」

「うっせえ妹いっからネ」

「オレ弟しかいねえからなあ。よ、イケメン!」

「お前それ喧嘩売ってんのォ?周りの女子全員お前と東堂しか見ていないこの状況でそれ言うとかマジで嫌味にしか聞こえねェ」

別に、オレと出かけたくない、とか。そういうことではないのだろう。吉井はファンクラブの女子とのことを楽しそうに話すから、ファンクラブの女子のことも、嫌いではないと思う。むしろ、好きそうだ。東堂のファンの女の子達はみんな良い子だねえ、と綻ばせていた。

オレとここにきたら、落ち着けない。だから、フクを誘った。それだけなのかもしれないけど。

ずうん、と落ち込む気持ちを抑えることはできなかった。

…オレって…女々しい…。




「福富くん、今日はいろいろと付き合ってくれて、ほんとにありがとう!」

寮とわたし自身の門限が迫ってきたので、解散することにした。わたしは福富くんに笑顔でお礼を言う。

「いや、こちらこそありがとう。楽しかった」

「ほんとに?」

「ああ。あの山のようなリンゴ…。そしてリンゴ…。最高だった」

福富くんは噛みしめるように呟く。そんなに気に入ってくれたんだ…。よかった。嬉しそうな福富くんを見て、自然と笑顔になる。

「じゃあ、また行こうね」

そう言うと、わたしの後ろの茂みがガサッと動いた。ん?と思って振り向くと、猫が出てきた。なあんだ、猫か。もう一度、前を向く。

「ありがとう。…その時は、東堂も連れて行くのはどうだ」

「…えっ。わ、わたしと二人で遊ぶのって、やっぱり楽しくない…!?」

「いや、違うぞ。楽しかった。楽しいん、だが。…東堂は、お前が他の男と二人で遊ぶの、嫌らしい」

「…え、もしかして、今日のこと、東堂知ってるの?」

「い、いや、知らないぞ」

「そっか」

福富くんの口調が曖昧なのが気になるところだけど、東堂は本当に、今日、わたしと福富くんが遊んだことを知らないのだろう。知っていたら、『なんで二人で遊ぶ!?』と電話がくるだろうし。

「別に、知られてもいいんだけどね。知られたら、少し、照れ臭いから」

言葉の通り、照れ臭くなって、えへへと笑う。

「なにが照れ臭いんだ?」

「えっとねー…、わたし、お恥ずかしいことに、高校生になるまで、男の子の友達、できたことなかったんだ。だから、男の子慣れ、してなくて。今でも、東堂繋がりの男の子以外、喋るの緊張するんだ」

「そうだったのか」

「高校で初めての友達、東堂なんだよ、わたし」

「ほう、それが今は彼氏か。時間が経つのははやいな」

「そうだねえ…」

ほのぼのとした空気が流れる。福富くんは「で、なにが照れ臭いんだ?」と再び訊いてきた。好奇心旺盛らしい。

「話、ちょっと長くなるよ?」

「オレは構わない。まだ時間ある」

「わたしもまだ時間あるし…、じゃあ、言うね?」

福富くんは真剣な顔でわたしを見下ろしている。初めは福富くんのことも怖かったなあ…、としみじみとする。本当に、時間が経つのははやい。

「…東堂の周りの女の子みたいになりたくて。ほら、こう、イエーイ!って感じの」

「イエーイ…?」

「なんていえばいいんだろう…。東堂の女の子バージョンみたいな…」

「ああ、喧しい女子ということか」

「ちょ、ちょっと違うかな…。こうねえ…キラキラ〜ってしている感じの。ファンクラブの女の子とか、みんな、可愛いし。男の子とも楽しくお喋りできているし。わたしは、さあ。いつも聞き役ばかりだから、面白いこととか言えないし」

「東堂が相手だと自然と聞き役になってしまうのは仕方ないだろう」

「うーん、でもねえ…。わたし、ほんと、東堂繋がりで以外、男の子と喋らないから、ちょっと情けなく思えてきて。福富くんだって、東堂繋がりの男の子の友達だけど、まずは、今いる男の子の友達からもっと仲良くなって、それで、いつかは、東堂繋がりじゃない男の子とも、心底リラックスして喋れるようになっていったらいいなあって。あっ、でも、ケーキ屋に誘ったのは、ほんとに福富くんと行きたかったからだよ?」

ガサガサッと茂みが大きく揺れた。また猫だろう、と思って今度は振り向かない。

「…東堂はさ、わたしと付き合う前から、女の子とたくさん関わってるじゃんか。東堂も、付き合うのはわたしが初めてって言ってたけど、女の子とたくさん関わってきたせいか、わたしより、余裕あるし、最近」

「そうなのか?」

「うん。付き合いたての頃は、もうちょっと、いっぱいいっぱいっていうのが伝わってきたんだけど、最近は、ほんと、慣れてるっていうか。余裕たっぷり、っていうか」

大人っぽくなった。格好良くなった。余裕のない男の子より、余裕のある男の子の方がいいじゃん、って依里ちゃんにも言われたけど。

髪の毛を耳にかけてから、力無く笑う。

「子どもっぽいって、自分でも思うけど置いていかれてるような気がして、寂しくて」

福富くんは、じいっとわたしを見てから、口を開いた。その時。ガサッと茂みが動く音がした。また猫だろう、と振り向かないでいると、手首を掴まれた。え、と振り向く。すると、そこには、わたしをしっかりと見据えている、東堂の姿があった。

「え…!?な、なんでここに…!?」

「家まで送る」

東堂は有無を言わさず、わたしの手首を掴んだまま、ずるずると引きずっていく。な、なにがなんだか。って、え!?し、茂みから新開くんと荒北くんまで…!

「なんで三人がここに…!?っていうか、茂みに隠れてたの?」

「そうだよ!」

「なんで隠れてたの?」

東堂の足がとまった。わたしの手首を掴んだまま、振り向く。真っ赤な顔で、眉を吊り上げながら、やけくそのように怒鳴った。

「お前が、フクと遊ぶっていうから、気になって尾行したんだよ!!」

…え。

「男三人で女子だらけのケーキ屋入って、男三人で女子だらけの雑貨屋入って、マジで恥ずかしかったんだからな!!」

えっと。

「トイレにもなかなか行けないし!膀胱炎になったらどうしてくれる!!」

「あ、あの」

「吉井と一緒にいて、余裕なんかあるわけねーだろ!!」

そう叫ぶと。東堂はぜえぜえと肩で息をした。暗くわかりづらくても、真っ赤なことがよくわかるから、ものすごく顔が赤いのだろう。

「手を繋ぐのだって、キスだって、毎回いっぱいいっぱいなんだよ!」

「え、で、でも、最近、すごく慣れてる感じが…」

「見栄張っているんだよ!!」

「え、ええ」

「…っ、ほら!」

「わ」

東堂がわたしの腕を掴んで、引き寄せた。東堂の良い香りが鼻孔をくすぐる。耳が東堂の胸に押し付けられる形になった。

どくんっ、どくんっ、どくんっ。

ものすごい速さで鳴っている、心臓の音が聞こえた。

「吉井に、触ってる時、心臓、いつもこんなんだからな…!」

東堂は、恥ずかしくて仕方ない、という風に言う。東堂の胸板に耳を押し付けたまま、訊く。

「なんで、余裕ある振りなんてしたの?」

「…余裕ある方がかっこいいだろう」

「…かっこつけ」

「うるさい」

背中に手を回されて、距離が密着する。また、鼓動がはやくなったような気がした。

「東堂、顔、見たい」

「…今、変な顔しているから駄目だ」

「…駄目?」

甘えた口調で、訊いてみると、うっと言葉に詰まる音が聞こえた。ハァ、というため息が降り注いでくる。腕の力が弱まった。少し体を離して、東堂の顔を覗き込む。

目を逸らして、唇をぎゅっと結んで、顔は茹蛸のように赤い。そんな可愛らしい顔をしていたから、あははと笑うと、笑うな、と睨まれた。

「写メ、撮ってもいい?」

「は!?駄目に決まっているだろ!」

「…駄目?」

「吉井って…実はSなのか…!?」




見せて、見せて、どうか見せて



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