(この話はちょっと下品です)
(うまれたときからずっと、あなたにだきしめてほしかったのの後日談です)
…よく寝てるなあ〜。
わたしは、じーっと、東堂の寝顔を見ていた。かれこれ十分は見ているけど、いまだ目を覚ます気配はない。すやすやと寝息をたてて寝ている。自分で言うだけあって、整った顔立ちをしている。睫長いなあ。眉毛もきちんと整えているし。東堂の眉毛を人差し指でゆっくりとなぞる。瞼がぴくりとわずかに動いたので慌てて離した。起こしたら可哀想。昨日、疲れただろうし…。
昨日…。
昨日のことを思い出すと、ひたすら恥ずかしくて、布団の中で縮こまる。三回もした。三回目なんて、わたしの体力はもうガス欠で、しがみつくことでいっぱいいっぱいだった。また、膝の上に座って、あ、やだ、恥ずかしい、思い出したら恥ずかしい。変な声を出し過ぎたせいで喉が渇きに渇いて、朝一番にしたことは水を飲むことだった。ドアの外には漏れていないはず、多分。漏れていたら荒北くんがものすごく怒りながらドアを蹴破るはずだ、って東堂も言っていたし…。
『東堂、眠いんでしょ』
『ね…む、い、が、またすぐ、寝落ちるなんて…』
昨日のこと。うとうとしている東堂が可愛くて、髪の毛を撫でてあげると、瞼が閉じられていって、すやすやと寝息をたてて寝入ってしまった。東堂は終わるとすぐ眠くなってしまうらしい。寝ている時は、いつもキリッとあがっている眉毛が下がっているので、あどけない顔つきになっている。
水を飲んだあと、もう一度布団に入り込んで、東堂の寝顔を見ていたけど、もうそろそろ着替えよう。ずっと裸というのも、恥ずかしいし…。東堂が起きるまでには着替えておきたい。裸見られたけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。布団から抜け出て、パンツとブラを取る。下着を身に纏ったあと、制服を着てから、散乱している洋服を畳んでいると、布団がもぞもぞと動いて、東堂がむくりと起き上がった。ぼーっとしながらどこか宙を見ている。
「おはよ」
ひらひらと手を振りながら、笑顔で言うと、東堂が顔をわたしに向けた。まだ、ぼーっとしている。
「おはよう…」
「これ、東堂の着替えね。はい」
「…ありがとう」
こんなテンションの低い東堂、なかなか見られないな…。貴重な東堂を見られて嬉しくなって、ふふっと笑った。
「よく寝ていたねえ」
「…あ、オレ、また、寝落ちて…ハァーッ」
東堂が顔を片手で覆いながら、ため息を吐いた。
「すまん…」
「別に、東堂謝ることしてないじゃん」
「いや、女子というものは、終わったあと腕枕とかしてほしいって聞いたんだが…」
「無理してやるものじゃないよ。眠たい時は眠いし、それに昨日あれだけしたら疲れ…、」
言葉の続きは恥ずかしくて言えなかった。カーッと、熱が顔に集まる。ちらっと東堂を見ると、東堂も顔が赤くなっていた。
「き、着替える」
「う、うん」
わたしはくるっと後ろを向いた。東堂の裸も全部見た訳だけど、やっぱり、恥ずかしい。世の中のカップルはいつから恥ずかしくなくなるんだろう。わたしはまだ恥ずかしい。見られるのも、見るのも。
ギシッとベッドが軋む音がした。後ろを振り向くと、東堂がベッドから降りていた。
「あー…、腹減っただろう。何か食うもの取ってくる」
「あ、ありがとう…。顔とか、洗いたいから、洗面所使ってもいい?」
「お、おう。タオル、適当なの使え」
「ありが、とう」
ぎこちなく会話をしてから、東堂が出て行った。ふうーっと息を吐く。前は、した時から一週間ぐらい経ってから会ったけど、今回は昨日あんなことしてから、今日、顔を合わせるんだもんなあ…。
昨日のことをまた思い出してきて、恥ずかしくて頭をぶんぶん振った。洗面台を借りて、顔を洗う。タオルで顔を拭く。化粧水つけたいなあ、と思いながら鏡を見て思った。頬に手をあてる。
なんか、肌艶が…いい…?
なんでだろう、と首を傾げた。
寮には大きな冷蔵庫があって、そこにみんなが食べ物を入れているらしい。東堂はそこから、サンドイッチとヨーグルトを取ってきてくれた。ありがたくいただいて、東堂といっしょにごはんを食べる。
「今日は土曜だからな、一二年は部活でいないが三年が寮にたくさんいる。出るとしたら昨日みたいに夕飯の時を狙うしかないと思う」
「そっか。わかった。…じゃあ、それまで一緒にいられるの?」
「ああ」
「やったあ」
へへっと笑うと、東堂の頬に赤みが差して、唇が真一文字に結ばれた。
「べっ、勉強しろよ!もうすぐ推薦なんだろ!お前は本当にそうやって…!!」
「東堂って、本当にお母さんみたいなところあるよね〜。そうだね、英語しないと…」
英語、かあ。
「巻ちゃん、元気?」
英語と聞いて、イギリスが連想された。そこからさらに、巻ちゃんが連想された。巻ちゃん。直接会ったことはあまりないけど、わたしの友達。人見知りのわたしが一回話しただけで仲良くなれた。
東堂の唯一無二のライバルは、今はイギリスの空の下にいる。
「あー…、前ほど、電話かけにくくなってな。時差がなあ」
「そうだねえ…」
「まあ、仕方ないな」
そう言って、東堂は寂しそうに笑った。
巻ちゃんは、東堂と同等の力を持っているクライマー。負けなしだった東堂を負かさせることのできる男の子。自分と同じ目線で話せる人が遠くに行ってしまうことは、すごく寂しい事。東堂を見ていたら、よくわかる。わたしは、どんなに望んでも、東堂のライバルにはなれない。だから、熱く勝負を語り合うことはできない。
けど。
そっと、東堂の頭に手を伸ばして、ぽんぽんと撫でた。
「寂しいね」
悲しい気持ちを、聞くことくらいはできる。
東堂は、いつもみんなの前では大人で、冷静で、感情を出しているように見せて、実際はあまり表に出していない。だから、わたしの前でくらいは、出してほしい。悲しい時は悲しい。寂しい時は寂しい。東堂はそういう感情を表に出すのが苦手だ。
「…そうだな。寂しい、な」
視線を下に落として、気持ちを吐き出した東堂を見て、不謹慎だけど心が温まる。わたしに弱さを見せてくれる、ということが嬉しくて。
「大丈夫だよ。イギリスは火星とかじゃないんだから。いつでも会いに行けるよ。同じ空の下なんだし。…い、今の臭かったね」
照れ臭くてははっと笑う。すると、優しく微笑まれながら。
「ありがとう」
そう、言われて。胸がどくんと跳ねた。もう一度、照れ隠しのため、へへっと笑う。
東堂の手がわたしの頬に触れた。背中を引き寄せられる。愛おしそうにわたしを見る東堂の瞳が、すぐ近くにある。
「ま、待って。わたし、歯磨きしていないから、」
「大丈夫だ」
「き、汚くても、いいの?」
「汚くないから大丈夫だ」
もう少しで唇と唇が触れるという時だった。
「尽八〜、おめさんの部屋に忘れ物したっぽいから入らせてくれ〜」
「マジで東堂の部屋にあるんだろうナァ?ったく、色んなとこ探させやがって」
「文句を言いつつも付き合ってくれるんだよな、靖友は」
「ッセ!!あとでペプシ奢れヨ!!」
「わかってるわかってる」
新開くんと荒北くんの声がドアの向こう側から聞こえてきて、二人で座ったまま飛び跳ねた。
「ど、ど、どうしよう…!」
あわてふためきながら小さな声で言う。
「お、お、おちつけ。吉井がここにいるってバレたら荒北に半殺しにされる可能性がある!とりあえずお前はユニットバスで隠れていろ!!」
「は、半殺し…!?」
「いいから隠れろ!!」
「う、うん!!」
わたしは鞄を引っ掴み、慌ててユニットバスの中に入った。物音をたてないように、静かにドアを閉める。
ガチャッとドアが開かれた音がした。
「おっせーなァ、何、寝てた?」
「い、いや、起きていたぞ。優雅なブレイクファーストを楽しんでいたところだ。ワッハッハ!」
「相変わらずテンションたけーな…うぜェ…」
「尽八、悪い。多分、お前の部屋にシャーペン忘れたみたいなんだ。あれがないとどうも落ち着かなくてなあ。探させてくれないか?」
「あ、ああ。いいぞ」
三人分の足音が聞こえる。ドアが閉まった音がした。
「ねーなァ」
「前尽八に数学教えてもらった時にあのシャーペン使ったんだよな、確か」
「そ、そうか」
「…匂う」
荒北くんが、訝しがるような声を出した。
「コイツのじゃねェ、なんか、あまったりい匂いがする」
荒北くんの鼻、ほんっとうにすごい…!!
わたしの心臓がドッキーンと跳ね上がった。
「この匂い、どっかで嗅いだ」
「そ、そそりゃオレの匂いだからな!美形は匂いまで良いからな!ワッハッハ!」
「ちげーよ、これ、男のじゃねェ」
「と、なると…」
「東堂、お前、もしかして…」
ドッキンドッキンと心臓が…心臓が…!すごい速さで…!
「そ、そんな訳ないだろ!!」
「…だよなァ。一度ならず二度までも、しねェよなァ?」
「あれは吃驚したなあ…」
…へ?
荒北くんと新開くんの口振りに、目が点になる。
あの日、わたしが東堂のお見舞いに来て部屋に上がり込んだことを知っている人は、わたし、東堂、真波くんの三人だけのはず。
「まァ、何人かやっている奴いるけど、尽八まで吉井さんを連れ込むとはな」
驚きで声を上げそうになって、慌てて口を抑える。
し、知ってたの…!?
荒北くんは憎々しげに吐き捨てた。
「心配で見舞いにきてやったらよォ、吉井相手に元気に腰振ってたっつーんだからヨ、あー腹立つ」
「げ、下品な言い回しするな!!」
「事実だろォ」
ぽかんと口を開けた。頬に手をやる。熱い。
ば、ばれていたんだ…!
どういうきっかけかは知らないけど、わたしと東堂が、その、したこと、知っていたんだ、二人とも。全然気づかなかった…!
恥ずかしすぎる。どうしよう、これからどんな顔して会えばいいんだろう。いや、もう、二人とも知っているわけだけど、でも。
「一度ならず、二度までもしねェって思いたいんだけどヨ。…この髪の毛、なに」
シーン、とドアの向こうが静まり返った。
「なァ」
「悪い。すまん」
「何やってんだテメェー!!」
「尽八は潔いなァ、男らしいぞ、見直した」
「ワッハッハッ、そう、神はオレに三物ならぬ四物与えた!登れる上にトークも切れる上にさらにこの美形、そしてさらにこの潔さ!」
「何誤魔化そうとしてんだ!!ざっけんなよ!!」
バキッと誰かが何かを殴る音がした。東堂の悲鳴が聞こえたから、東堂が殴られたのだろう。あ、あ、ああああ。
「テメェ、昨日オレが部屋にいなかったからいいものの、いたらオレはてめぇーらのギシアン一晩中聞かされる羽目になってたっつーことだろォ!?しかも一度ならず二度まで…!寮はラブホじゃねーんだヨ!!」
ご、ごもっともです…。
「あの尽八が…。時が経つのははやいものだな…」
「わ、わっはっは!そうだな、季節はすぐに変わっていき、」
「なに感慨深くなってんだテメェはよ!!んでテメェは話を逸らそうとすんな!!」
バキッ、ドカッ、バキッ、という音が聞こえてくる。あ、ああ、あああ。た、助けに行かなくちゃ、とドアノブを回そうとした時だった。
「今更だけど、吉井さんって、もう処女じゃないんだな」
…へ。
わたしは、固まった。
「何今更なこと言ってんだヨ、もうガバガバなんじゃナァイ、どっかの猿が盛り過ぎて」
「し、失礼なこと言うな!!まだ二回しかしたことない!!」
「二回なんだ。へ〜」
「は…っ!」
とんでもない下ネタが始まって、硬直した。あ、そうか。わたしはもう帰っていると荒北くんと新開くんは思っているから、容赦ない下ネタが始まっているんだ…。出るに出られなくなり、わたしは、動けなくなった。
「吉井さんみたいなおっとりした地味な子がもう処女じゃないのかと思うと、それはそれで。…いいな!」
「いいな!…じゃない!!」
「いやァ、悪いな。吉井さん、オレの好みのタイプだから、つい」
「は〜や〜と〜!!今すぐ好みのタイプ変えろ!!吉井とは正反対のタイプに変えろ!!」
「しょうがないだろ。おっとりした子普通に好きなんだから。ニセコイも小野寺が好きだし…。それにしても。吉井さんは本来なら高校で脱処女するんじゃなくて、大学生とかでするタイプだよな」
「変なカチューシャに引っかかったからネ。気の毒だよナァ」
「変なカチューシャってなんだー!!」
…わ、わたし、この話聞いていていいのかな…。男の子しか聞いちゃいけないんじゃ、こういう話…。
よくわからない罪悪感が芽生える。けど、男の子のこういった話を聞くのは初めてなので、盗み聞きを続ける。自分のことを言われているのがものすごく恥ずかしいけど。
「尽八ってどういう風にヤッているんだ?」
「聞くなよ!!」
「がっついてがっついてがっついてんだろォ、聞くまでもねぇよ」
「正常位?」
「聞くなって!!」
「ははっ、悪い悪い。尽八をからかうのは面白いなあ」
「こうでもしねェとやってらんねェよ、オレの隣の部屋をラブホ代わりにされたらたまんねェ」
…もう、ひたすら…恥ずかしい…。
ただでさえ下ネタとかエッチな話に耐性がないのに、自分のことを言及されて、ひたすら恥ずかしい。
「吉井さんって身長…ちょっと低めって感じだよな。尽八とだいたい20センチ差?組み敷いたらほんと小さいだろ」
「…まあ、押しつぶしてしまいそうで、怖くは、なる」
「あれかヨ、壊れちゃうよォ、ってか」
言ってないよそんなことー!!
「そんなこと言われてな…いや、言われたっけ?」
言ってないってば!!
「尽八のチンコってどれくらいだったっけ?」
「こんくらいじゃなかったか」
「じゃあ壊れねェな」
「そんな小さくないぞ!?こ、このくらいは…って下品なこと言わせるな馬鹿者!!」
「あ、短小がキレた」
「ムッツリカチューシャがキレた」
「おまえらあああああ!!」
…は、恥ずかしい…。抱えた膝に顔を埋めている時だった。
「ちょっと便所借りるわ」
「…え!?」
へ、え、ええええええ!?
わたしは慌てに慌てた。足音がどんどん近づいてくる。え、えっと…!
ガチャリとドアが開かれた。
「…なァ」
荒北くんの声がした。
「何やってんのォ?」
荒北くんは、湯船の中で丸まっているわたしに、馬鹿な人に対する声色で声をかけてきたのだった。
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