とおまわりの記録番外編 | ナノ



東堂は普通に入口から寮に入って、わたしは、前、真波くんに教えてもらった通りの侵入回路を使って、寮に潜入した。迅速かつ的確に。迅速に動くことが苦手な鈍臭いわたしだけど、頑張る。今、寮生はごはんの時間らしい。だから、忍び込むなら、今、という話らしい。東堂から預かった寮の部屋の鍵をぎゅっと握る。辺りを確認してから、東堂の部屋の前に立って、すばやく回して、入り込んだ。

パタン、とドアを閉めて、電気を手探りで探し当てて、点けた。パチン、と点けると、相変わらず綺麗に整頓された部屋が現れた。とりあえず、ベッドの上に腰を下ろす。

…前、ここで、したんだよ、ね。

あの時のことを思い出すと、ぶわっと全身が熱くなる。家族にもきちんと見せたことがないところを舐められて、女友達がわたしの胸を揉む手つきとは違っていて。太もも、触られて、東堂の背中にすがりつい…ああ…。

恥ずかしくて顔を覆う。今から、そういうこと、する…よね。…今日の下着、どんなんだったっけ…。セーターとセーラー服とキャミソールを一気にまくりあげて、確認する。ピンクのレースか…。スカートもめくってみた。上下揃えないと落ち着かないので、こちらもピンクのレース。お、オッケーだよね、うん。

…東堂って、どういうのが好きなんだろう…。

…べ、勉強でもしよう。鞄からノートと問題集を引っ張り出す。英語をしよう、英語を…。

しばらくすると、廊下からガヤガヤと男子達が騒いでいる声が聞こえてきた。楽しそうだなあ、と思っていると、聞きなれた声達が聞こえてきた。

「尽八まだ食うのか?」

「隼人にだけは言われたくないぞ」

新開くんと、東堂の声だ。どきんと心臓が跳ね上がった。どくんどくんと心臓が鳴る。じゃあな、という声がしてから、ドアノブががちゃりと回された。

「お、おかえりなさい〜」

なんと言っていいのかよくわからなかったけど、とりあえず、そう言う。すると、東堂の頬に赤みが差した。

「た、ただいま」

そう言って、テーブルを隔てたわたしの向かい側に腰をおろして、テーブルにカップ麺を置いた。

「悪いな、こんなものしか用意できなかった。…そろそろ、三分経っただろ」

蓋を捲ると、香ばしい匂いがわたしの鼻孔をくすぐった。わたし、そういえばごはん食べていなかった。良い匂いを嗅いだら食欲が急激に沸いてきた。

「ありがとう」

お腹すいた、なんて一言も言っていないのに。東堂の優しさが嬉しくて、にっこりと自然に笑顔が生まれる。

「…の、伸びないうちにはやく食え」

「はあーい」

割りばしを貰って、いっただきまーすと手を合わせる。久しぶりにカップ麺食べるなあ。美味しい。東堂がじーっとわたしを見ているのに気付いた。

…欲しいのかな?

「欲しいの?」

「…えっ、なっ、なんで」

「やっぱり。はい、どうぞ」

東堂にカップ麺を差し出した。呆気にとられている東堂は「あ、そ、そういうことか…」と顔を赤くして呟いていた。ありがとう、とお礼を述べてからラーメンを一口すする。

「カップ麺って結構美味しいよね」

「カップ麺ばっか食べていたら健康に問題が出るが、まあ、時々食べるには悪くない」

「東堂ってラーメン、なにがすき?わたしはねえ、味噌〜」

「オレは…塩かな」

「じゃあ、いっしょにラーメン屋さん行ったら、半分子できるね」

「そうだな。今度、一緒に行くか」

「うん!」

何時間前までか、わたしは悲壮に暮れていた。東堂に嫌われたかもしれない、とずっと泣きそうだった。美紀ちゃんと依里ちゃんに終始心配されっぱなしの一日だった。あとで、心配かけてごめんね、とメールを送っておこう。

「あの、な、吉井」

…わたしって、本当に、東堂を中心として生きているんだなあ…。

「吉井?…あー、お前…」

あんな風に迫るなんて、東堂を好きになる前のわたしだったら考えられない。中学生頃のわたしが、今のわたしを見たら、吃驚するだろうなあ…。

「はい、戻ってこい」

ぎゅっと鼻をつままれて、我に返った。目の前には“やれやれ”と言う顔をしている東堂。

「ぼーっとしてました…」

「知ってる。…吉井、それ食ったら、シャワー、浴びてくるか?」

東堂は、視線をわたしから外しながら、頬をほんのり赤く染めて言う。

シャワー…。

別にやらしい単語じゃないのに、顔が、体が、熱くなる。

「や、その、もう暑くはないが、汗はかくだろう」

事実を言い訳めいた口調で並べるのは、東堂もそう感じているからだろう。

うん、と言おうとした時、わたしのケータイが振動を始めた。

「あ、ちょっと、ごめん」

「お、おう」

ケータイを開くと、お母さんからの着信だった。通話ボタンを押す。

「もしもし」

「だいじょうぶ〜?ごはん食べた?勉強してる?お風呂入った?」

「う、ん。ごはん食べたよ。勉強もしてる。お風呂は…まだ」

「そう。あ、お父さんが替わりたいって。あのね、お母さん東堂くんのこと言ったらお父さん味噌汁吹いちゃって、それで床を拭くのが大変でねえ」

「え、えええ」

「大丈夫よ〜。お母さん、東堂くんは美形でお話上手でイケメンで優しくて思いやりがあってお母さん綺麗ですねとか言ってくれて美形でロードバイクで全国大会で三位のイケメンで好青年の美形なのよ〜!って言っておいたから〜」

「う、うん」

「幸子…」

「わ、お、お父さん。急に変わるね」

“お父さん”という単語を聞いて、東堂がピンッと背筋を伸ばして、わたしを凝視したのだけど、電話の対応でいっぱいいっぱいのわたしは気付かなかった。

「ああ。…彼氏、できたのか…」

「ご、ごめんね。言わなくて」

「いやまあ…そうだよな…年頃だもんな…できるよな…はあ…」

「お、お父さん…」

「どういう人間なんだ…?母さんの説明じゃとにかくイケメンということしかわかんなかったぞ…。イケメンって大丈夫か?イケメンで全国大会に出るような部活のレギュラー?なんだろ。そんなの、モテるだろ。浮気とかされているんじゃ」

「も〜お父さん、難癖つけちゃって〜」

「母さんちょっと黙っててくれ」

東堂をちらっと見る。何故かピンと背筋を伸ばして、カチンコチンに固まっていた。なんで正座をしているの…?さっきまで胡坐かいていたのに…。

…変なの。

胸が温かくなって、自然と笑みが零れ落ちた。

「大丈夫。すっごく、優しいから」

「…そうか。お前がそう言うなら、そうなんだろうな」

お父さんは安心したように、寂しそうに言った。お母さんが「だから言ったでしょ〜?東堂くんはイケメンで優しくて美形で優しくてかっこよくて」となにやら言っている声が聞こえる。

「幸子が選んだ人なんだもんな。幸子は他の年頃の娘と違ってお父さんのパンツ汚いとかお父さんの入ったあとの湯船に入りたくないとかも言わないし、本当に良い子だ。素直だし。言いつけやルールはきちんと守るし」

お父さんの優しい声を聞いて、罪悪感が生まれる。今、わたしは女子禁制の男子寮にいて、しかもそこに泊まろうとしている。ルールを破っている。しかも、破った上、いやらしいことをしようとしている。

「じゃあな、きちんと戸締りするんだぞ」

「う、うん」

罪悪感から目を逸らし、お父さんにおやすみと言ってから、電話を切った。

「…シャワー、借してもらって、いい?」

「えっ、あ、おう」

わたしが無言の状態を突然破ったので、東堂は慌てふためいた。

「ごめん、着替えも、貸してくれない?」

「わかった」

東堂がタンスからジャージとTシャツを取り出して、わたしに渡す。大きいなあ、と感心する。

「じゃあ、貸してもらうね」

「お、おう」

洗面所に入って、わたしが制服を脱いでいる時、東堂はこっそり呟いていた。組んだ手を、額に当てながら。

「すみません、お父さん…」










ぶお〜っとドライヤーで髪の毛を乾かしてから、脱衣所を出た。相変わらず服が大きい。そりゃ、東堂が縮むわけでも、わたしが大きくなるわけでもないから仕方ないんだけど。…よし、出よう!

意を決して、洗面所から出た。

「で〜たよ〜。シャワーありがとね〜」

気軽にそう言って、シャワーを浴びてくる前と同じように、東堂の向かい側に座った。東堂がきまずそうにわたしから目を逸らして「あ、ああ」と言っている。

「東堂は入らないの?」

「は、入ってくる」

東堂ものすごく緊張している…。なんとかして緊張ほぐせないかな…、きょろきょろと辺りを見渡すと、テレビとテレビ台の中にあるゲーム機が目に映った。

「テレビ、見られるの?」

「いや、ゲームする用だから見られない」

「ゲームって、これ、プレステ3?」

「ああ」

「いつも何をしているの?」

「BASARAとかバイオハザードだな」

「聞いたことはある…」

「やりたいのか?…やりたいんだな」

「え、まだ言ってないよ」

「目がそう言ってる」

東堂は「吉井はわかりやすいな」とおかしそうに笑ってから、プレステ3を出して、テレビにつなげた。

「オレが入ってる間、やっとけ。説明書はこれだ」

「うん。わかった」

「白熱して、わーとかぎゃーとか声出すなよ」

「わ、わかってるよ」

「下手くそそうだな、吉井」

「…!」

とんでもなく失礼なことを言われ、むうっと頬を膨らまして睨みつけると、またおかしそうに笑われた。シャワーを浴びに消えていった東堂の背中をじとっと睨んで、決意する。絶対に、強くなってやる、と。


「うっ、こう…!わあ、まっ、よしっ」

「お。思ったよりやるな」

意外そうな東堂の声が聞こえた。わたしの横に東堂が腰を下ろした時、シャンプーの良い匂いが鼻を擽って、どきんと心臓が動いた。

「で、でしょ〜?」

平静を装って答える。カチューシャしていない。良い匂いがする。ほかほかしている。ぐるぐると頭の中でそんな言葉がめぐる。

「鶴姫にしたんだな」

「うん。この子可愛い…わ、もうしつこいな…!」

「二人協力プレイするか?」

「わーやるやる!」

東堂も参戦して、盛り上がった。あまり声を出してはいけないから、小さな声で。

こうしていると、昔から何も変わってないみたいだ。わたしと東堂は友達で、時々東堂がわたしをからかって、わたしが膨れて。覚えたての手品をわたしに見せて、すごーい!って手を叩いたら鼻高々な東堂、とか。基本的に今とそんな変わらない。変わったのは。

「わ、よっと」

「吉井、そっちあぶな、」

こつんと肩と肩が触れ合った。それだけなのに、体が熱くなって、コントローラーを落としてしまった。鶴姫が死んでしまった。もう一回やるには、コンテニューするしかない。

「あ、はは。ごめん。もう一回、」

笑いながら、東堂の方に顔を向けると。頬に手を添えられた。真剣な顔をしている。東堂の真剣な顔は、見とれてしまうほど綺麗だ。しばらく、その状態が続いたかと思うと、東堂の口が開いた。

「しても、いいか」

どくんっと心臓が跳ねる。鳥肌が立つ。体が熱くなる。

もう初めてじゃないのに、それでも、初めての時みたいに心臓がドッドッと鳴っている。蚊の鳴くような声で「うん」と言う。すると、待ちかねていたかのように、キスをされた。すぐ離されて、また押し付けられる。唇の隙間から舌をねじこまれて、口を開けられたかと思うと、絡み取られる。お互いの息遣いと唾液が絡み合う音が響いて、恥ずかしくて、耳を塞ぎたくなる。何回しても、慣れない。

「ん…、っふ、う」

東堂は運動部で、男の子だから、当然わたしより肺活量が多い。だから、わたしの方が先にいつもギブアップする。苦しい、と思うと、唇を離された。熱っぽい瞳に見つめられて、金縛りにあったみたいになる。はあはあと息切れをしながら、ベッドに背中を預ける。

こんなこと、友達だったら、しない。

告白されたくせに。告白したくせに。キスしたくせに。それ以上だってしたくせに。何を今更って話だ。でも、本当に、夢みたいで。時々、これは現実じゃなくて、夢なんじゃないかと思う。

「…ほんとに、ぼうっとするな、吉井は」

声がして、はっと我に返った時、東堂が目と鼻の先にいた。もう一度キスされる。長い。五秒、十秒、十五秒、二十秒。息がもたない、と思ったところで離された。わたしはすごく息切れをしているのに、東堂は少し息切れをしている程度。肩で呼吸をしているわたしをじいっと見ている。東堂の向こう側に、まだテレビが映っていた。

「テレビ、消した方がいいんじゃ」

「…お前はどこに目をつけているんだ」

「だって、電気勿体ないもん」

東堂は苦笑してから、テレビを消した。その間に呼吸を整える。鼓動が激しい。何回キスされても、触られても、苦しい。

「吉井」

びくっと肩が跳ね上がった。東堂に焦点を合わせる。わたしを真っ直ぐ見据えたまま、東堂は言った。

「オレのこと、好き、だよな?」

いつも、自信たっぷりに物事をはきはきと述べる東堂らしからぬ、怯えを含んだ物言いに、面食らって何も言えなかった。東堂がハッと我に返ったらしく「あ、今のは、」と歯切れ悪く言う。歯切れ悪い東堂なんて、とても珍しい。少し俯いてから、顔を上げた東堂は、少し、寂しそうに笑っていた。

「やっぱり、今日は普通に寝るか」

…え?

「吉井はベッドな。オレは床で寝る」

「え、な、なんで?」

「気にするな。すまんな、今日も、結局がっついて。泊まるって言ったって、そういう意味だけじゃないよな」

ははっと笑う東堂。さっき、好きって即答しなかったからだ。わたしのせいだ。

「枕一つしかないから、オレはクッション丸めて、」

頭で考えるよりも、先に体が動いた。東堂に抱き着いてから、頬を両手で包み込んで、言葉ごと、唇を塞いだ。東堂が吃驚しているのがわかる。わたしは目をぎゅうっと閉じているから、東堂がどんな表情をしているかまではわからない。

自分からするのって、スイッチが入らない限り、すごく恥ずかしい。そのまま、東堂を押し倒して、跨った。目を開けると、東堂はやっぱり吃驚していた。わたしはTシャツを脱いで、続いて、ブラも外した。たたまないで、そのへんに落とす。

「え、ちょっ、吉井」

東堂が前、わたしにしたように、顔の横に手をついて、東堂にキスをする。東堂のやり方を真似して、唇の隙間から舌をねじこんだ。戸惑っている東堂の舌を絡め取る。でも、わたしは下手くそだから、絡み取るというより、ただ、触るというだけだった。わたしの胸が、東堂の胸板にTシャツ越しに当たっている。上って、すごく体力いる。わたしは筋肉がないから、腕ががくがく震える。腕の筋力が限界を迎え、東堂の体にダイブしてしまった。

「あ、ごめ、」

もう一度、腕を立てようとした時、手首を上に引っ張られた。腰に手を回される。余裕なさそうに、眉を少しだけ吊り上げた東堂に、キスをされた。熱い舌がわたしの口内に入ってきて、掻き乱してくる。

「ん、ふぐ、んんっ」

涎が溢れ出てきて、顎を伝う。東堂の顎にもわたしの涎が伝ってしまって、汚くさせてしまっている。申し訳ないから拭いてあげたいけど、体から力が抜けきっていて、そんなことできそうにもない。わたしにキスをしたまま、東堂が身を起こした。自然と、東堂の膝の上に座る形になる。やっと唇を解放されて、めいっぱいに酸素を吸い込む。酸素が足りない。頭がまわらない。意識が朦朧とする中、肩で息をしている東堂と目が合った。

…言わなきゃ。

東堂の肩に手を置く。目と目をきちんと合わせる。前髪から覗く熱に浮かされた瞳が綺麗。

初めて気持ちを伝えた時と同じくらい、心臓がどくどく言っている。緊張で壊れそうだ。

「すき」

右手を後頭部に回した。男の子にしては長い髪の毛に指を通す。さらさらしていて、綺麗。

「すき、わたし、東堂のこと、すき。すきすぎて、性格、どんどん悪くなる。東堂と付き合いたいって思っていて、わたしから東堂をとろうとする人なんて、嫌い」

東堂の眼が大きく見開かれた。なんて嫌な女なんだ、と吃驚したのかもしれない。でも、わたしの本音はとまらない。

「東堂がその子のこと好きになったら、わたし、絶対、漫画の嫌なライバルみたいになる、すがりつく、振らないでって、泣いて、迷惑かける」

東堂のことを好きという気持ち以外、何も持っていないくせに。もしかしたら、その子の方が東堂のことを幸せにできるかもしれないのに。

「そんな子、嫌い」

想像するだけで、涙が出てくる。目尻に浮かんだ涙を親指で拭われた。真剣な顔、真剣な声で諭すように言われる。

「大丈夫だ。そんなこと、起こらないから」

「起こるよ、東堂が他の子を好きになったら、わたし、」

「そんなこと起こらない」

東堂はきっぱりと言い切る。軽々しくありもしない未来のことを言うような男の子じゃないということは、知っている。けど、人の気持ちというのは簡単にうつろう。わたし達は高校生だ。これから、たくさんの人と出会う。わたしより素敵な女の子なんて星の数ほどいる。

大人が聞いたら、一時の感情だって、大笑いするかもしれないけど。わたしはもう、東堂以上の人に出会える気がしない。

わたしのことを見つけ出してくれて、輪の中に連れて行ってくれて、楽しく話してくれて。そうだ、付き合う前からずっとわたしの心配をしてくれた。『好きな男ができたら、オレに紹介すること!見定めてやる!』って。

「…自分のこと、見定めなくちゃいけなくなっちゃったね」

思い出して、ふふっと笑う。東堂が「え?」と怪訝そうに言った。東堂の髪の毛を撫でる。

「昔、好きな男ができたら、オレに紹介することって、東堂、わたしに言ったんだよ?覚えていない?…自分で自分を見定めなきゃね」

東堂がパチパチと瞬きした後「あ〜…」と恥ずかしそうに言った。

「あの頃、気付いてなかったからな…。気付いてたらあんなこと言えねえ…」

わたしの背中にまわしている東堂の手に、力が入った。

「見定めるとか、無理だ。嫉妬で、気が狂う」

わたしは、目を一瞬、大きくした。嬉しくて、綻ぶ。

「無理なの?」

「無理だ。他の男、吉井から…好きな奴だって紹介されるんだろ。…無理だ、嫌だ」

ぽすっとわたしの肩に顔を埋めながら、東堂は言った。

「そっか、嫌かあ」

嬉しくて、声が弾む。東堂が顔を上げて、わたしを見る。切なそうな瞳で見られて、金縛りにあったみたいに体が固まる。

「嫌だ。お前、自分のこと、オレが思うほど良い子じゃないって言ったが。それはこっちだって言える。お前が思うほど、オレ、良い奴じゃない」

「…え?」

「吉井の前だとかっこつけられないし、邪な考えでいっぱいになるし、暴走するし、すぐヤキモチ妬くし、これから、吉井がオレの知らないところで、オレの知らない人間と付き合うのかと思うと、」

わたしの背中に回している手に力が入った。

「…、なんか、嫌だ」

そう呟く東堂に、いつもの自信家なところは全く感じられない。年相応の普通の男の子という感じがする。この瞬間が好きだ。時々、わたしに見せてくれる、自信家でナルシストな東堂じゃなくて、山神と呼ばれる東堂じゃなくて、かっこいいと持て囃される東堂じゃなくて、普通の、十八歳の男の子の東堂を見ることができる、瞬間。

「…受験、落ちちゃえって思う?」

「それは思わない。応援する」

「受かったら、お祝いしてくれる?」

「当たり前だろ」

きっぱりと、真剣に言ってくれる東堂が、愛おしくて、額にキスをする。東堂の顔を見る。真っ赤だったから、面白くて笑うと、むっとふくれた。

「かわい、ひゃっ」

胸の先端に滑り気を覚えた。東堂の赤い舌がわたしの先端を円を描くように舐めていて、羞恥で顔が熱くなる。吸い上げられて「っあ」と嬌声が漏れて、東堂の背中に足を回した。

「…吉井、顔真っ赤だぞ」

真っ赤な顔で、意地悪く口角を上げて訊いてくるけど、東堂だって、いっぱいいっぱいのくせに。そこから、執拗に舐められて、甘噛みされて、意識が熱でおかしくなる。声を出しちゃいけないと、ずっと下唇を噛んでいるから、痛くなってきた。東堂の首に手を回して、足も背中に回して。しがみついている状態が恥ずかしい。けど、こうでもしないと、倒れる。一旦終わって、顔を肩に埋めて息切れしていると。

「…顔、見せてほしい」

「な、んで…」

息切れをしながら答えると、いつものように甘えた口調で言われた。

「キス、したい」

嬉しくて、でもそれを顔に出すのは恥ずかしくて。「…もう」と言って、顔を見せると、キスされた。舌の入ってこない、柔らかいキスをされて、ただただ心地よい。離されて、照れ臭くて「へへ」と笑うと、そっと後頭部に手を回されて、こつんと額を寄せ合わせられた。

「ベッド、あがるか」

優しく問いかけられて、こくりと首を縦に動かす。

「あ、でも…ごめん、わたし、今ちょっと…脚に…力が、入らないっていうか…」

遠慮がちにそう言うと。東堂は「ほう」と頷いてから、わたしの背中と太ももの裏に手を回して、「よっ、と」と言いながら、立ち上がった。そして、優しくベッドに下ろす。

カァーッと全身が熱くなった。

「と、東堂って恥ずかしいことを平気でやるよね…」

「え、そうか?」

無自覚というところが怖い。わたしだけ恥ずかしがっている。

「…わたし、重かったでしょ」

「いや、別に?」

「だって、わたし、身長の割に体重重いもん」

「それは、多分…、その」

東堂が、ちらっとわたしの胸に視線を走らせた。さっきから何にもつけていない状態だけど、この状態の胸をきちんと見られることが恥ずかしくて腕を交差にして隠す。

「な、なんで今更隠す!?」

「だ、だって、恥ずかしいし」

「もう恥ずかしいとかそういうところじゃないだろ…!」

「ま、また、わたしばっか脱いでいるし、や、わたしから脱いだんだけど…!」

「わかった、脱ぐから!」

東堂がそう言って、Tシャツを脱いだ。よく鍛えられた腹筋が目に入って、恥ずかしくて目を逸らす。他とは違って、そこだけ少し色が白い。

「ほら、脱いだから、隠すな」

わたしの上に跨る。ギシッとベッドが軋んだ。上半身裸の東堂にくらくらする。こくりと頷いて、腕をどけた。

「…触るぞ」

「う、ん」

片方の胸を柔らかく包み込まれて、揉まれた。それだけで、わたしは息を漏らした。東堂の右手がズボンにかかった。ずりおろされて、パンツが見える。これで見られるのは二回目だ。パンツを両手で太腿の途中までずりおろされた。恥ずかしすぎて、顔を横に背けていると、指が入ってくるのを感じて、びくんっと跳ねた。

「痛かったか?」

口を両手で抑えながら、ふるふると頭を振る。初めての時は異物感を覚えた。でも、今は、どうしよう。一本入っただけで、声が出そうなんて。

「…結構、最初から、濡れているな」

東堂の独り言が、耳に入ってきて、一気に顔が熱くなる。体も熱い。ばれた。わたしの中に、もう一本滑り込ませるように入ってきて、腰が上がった。わたしの中の女の人としての本能が姿を現す。探るように動かした指が、ちょうど、感じる部分で。

どうしよう、もっと、そこ、触ってほしい。

そう言いたい気持ちと、そんなふしだらなこと言えないという気持ちが、わたしの中で戦って、情けないことに、本能が勝った。手を口からどけて、恐々と言う。

「そ…こ、も、少し、さわっ、て」

恥ずかしい。みっともない。ふしだら。

「…ここか?」

「ひゃあああっ」

東堂の動きが一瞬とまった。背中を大きく仰け反らせながら、今までで、一番はしたない声を大きく出してしまった。声を出してはいけないのに。慌てて口を手で抑える。

「ご、ごめっ、ふあっ、ひっ、まっ、んあっ」

謝ろうと口を開いたら、太ももに手を置かれ、強引に開脚させられた。露になったわたしのソコに顔を近づけて、水音をたてながら、東堂がわたしの感じる部分を舐めていて、声を出すことをおさえられない。

「き、っ、ひうっ、ひゃ、ああっ」

快感の波が襲ってきて、一種の拷問だった。下からどろどろに溶けた大量の蜜を東堂の舌が掬っている。変な声を上げている自分、好きな男の子に変なところを舐めてもらって、悦んでいる自分が、信じられない。

お父さん、

お母さん、

ごめんなさい。

わたし、お父さんとお母さんにウソついて、女子禁制の寮にあがりこんで、好きな男の子にこんなことしてもらって、変な声をあげるような子に、なっちゃった。

朦朧とする意識の中、罪悪感が沸いてくるけど、快感には敵わない。押し殺しつつも出る嬌声を上げながら、腰を揺らした。

東堂が手の甲で口元を拭いながら、ソコからどいた。

「だから、そんな汚いとこ、だめ、って。わた、し、声、だしすぎて、横の人、聞こえて」

「汚くない。隣の荒北は今日フクのところで勉強教えるって言っていたから、大丈夫だ」

支離滅裂なわたしの言葉を一瞬で理解してくれた。申し訳なさそうに眉を顰めるわたしを見て、ふっと笑いながら頬を指の腹で撫でてきたので、くすぐったくて身をよじらす。

「可愛いな、ほんと」

甘く優しい声で言われて、嬉しくて恥ずかしくて、東堂から目を逸らす。

東堂は、ズボンとボクサーパンツを一気に下ろした。お腹までそそりあがった大きなソレを見て、体が強張る。

ギシッとわたしの顔の横に手を置いた。

「今度は、ちゃんと、ゆっくりいれるからな」

今度は、に何故か語気を強くこめる東堂を不思議に思いながら、こくりと頷く。また、ベッドの横のタンスから、コンドームを取って、破り捨てて、被せていくさまを見るのが恥ずかしくて視線を自分の胸に固定する。わたしの胸、大きく上下している。緊張している。二回目なのに。

「いくぞ」

真剣な顔が目の前にある。痛かったら言えよ、と前と同じように前置きしてくれる。その優しさが、好きで、本当に好きで。

誰にも渡したくない、手放したくない、ずっと、わたしのことを好きでいてほしい、と願う。

「うん」

わたしが頷くと、開脚したままのわたしの膝小僧に、東堂が手を置いた。東堂が少しずつ、すっかり濡れたソコに、入れていった。手探りするように、ゆっくりと。入っていく音が聞こえてきて、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。顔を手で覆う。入り切ったの、かな、と指の隙間から見ながら、訊いた。

「…はいった?」

「いち、おう」

隙間から見た東堂の顔はいっぱいいっぱいだった。腰がむずむず震えている。ああ、もう。勝手に動いていいのに。待てって言われている犬みたい。優しい気持ちになる。

「動いていいんだよ。律儀だなあ。犬みたい」

ふふっと笑うと、馬鹿にされたと思ったのだろうか、東堂が眉を少し吊り上げた。ぷるぷると震えながら顔を俯けた。

「…吉井、前、めちゃくちゃにしていいって、言ったよな」

…あれ。

東堂から、不穏な空気を感じるけど、確かに電話でそう言ったので「う、うん」と頷く。

東堂が顔を上げた。目がぎらついている。

「言質、とったからな」

「へ…、あっ、ひっ、っん、ふあっ」

突然、奥で突かれて、また変な声が漏れる。涎が口から漏れる。今、絶対みっともない顔をしている、そう思って咄嗟に顔を隠す。

「おい、ずる、い、ぞ」

「だって、へん、なか、お…やっ、んあっ、あっ」

東堂は余裕ない、切羽詰まった声で、わたしをずるいと詰ってくる。わたしは喘ぐことでしか返事を返せない。一回目の時と、快感の量が桁違いに違う。わたしの中で大きく膨れ上がったソレが、何回も突き動かしてきて、何回目かの時、頭の中で電流のようなものが流れて、一瞬、意識が飛んで、びくびくっと腰が痙攣した。東堂の動きもとまった。ふたりの荒い呼吸音が聞こえる。

息切れをしながら、東堂が訊いてきた。

「吉井、もしかして、イッたか?」

「わか、ん、ない、けど…、」

わたしも、息を切らせながら答える。顔から手をどけた。東堂は、汗で髪の毛が額にはりついていた。

「気持ち良すぎて、おかしくなりそう、だっ、た…」

いつからこんな変態になってしまったんだろう、わたしは。恥ずかしくて最後らへんは消え入りそうな声で言った。

東堂は、ぱあっと顔を明るくした。

「本当か!?」

「う、ん」

そんなに喜ぶことなのかな…。男の子ってよくわからない…。不思議にそうに東堂を見ていると、東堂が、抱き着いてきた。抱え込むように抱き着かれて、吃驚して何も言えないでいる。東堂はひたすら嬉しそうに言った。

「そっか、よかった、やっとお前を気持ち良くすることができた、よかった」

そう言って、わたしをぎゅうっときつく抱きしめる。

男の子はエッチがうまいと言われることを誇らしく感じるらしいから、それもあるのだろうけど、東堂は、わたしを気持ちよくさせたかったのだろう。自分ばっかりじゃ悪いからって。痛くないか、とか、触ってもいいか、とか、そんなことばかり訊いてくる人。

「吉井、腰は痛くないか?」

ほら、こうやって、また。

「…全然、痛くないよ」

東堂の頬にちう、とキスをした。わたしからしたのは久しぶりなので、東堂はぽかんと口を開けた後、「…え!?」と真っ赤になった。驚きすぎて、腕の力が緩まった。

「すき」

ふふっと笑うと、東堂が一瞬言葉に詰まってから、「吉井には、本当に敵わん…」とハァーッと息を吐いた。可愛いなあ。さてと。起き上がって、パンツを手に取った時、後ろから抱きしめられた。

「腰、痛くないんだよな?」

「? うん」

なんでもう一度同じこと訊くんだろう…と不思議に思っていると、耳朶をかぷりと食まれて「わっ!?」と吃驚してしまった。振り向いた瞬間に唇を覆われた。熱い舌があっという間に侵入してきてされるがまま。東堂の唇の感触が強くなる。深く深く合わされていく。苦しくて、気持ち良い。やっと離された時、唾と唾が繋がっていた。銀色が光に照らされて鈍く輝いたあと途切れて、シーツに染みを作った。ハアハアと息切れしながら「ど、どうしたの?」とはにかみながら問いかける。

「今まで、オレがどれだけ煽られてきたと思っている…?」

じとっとした目で睨んでくる東堂。あ、あれ、なんか、風向きが。

「めちゃくちゃにしていいよ、って言っておいて、あれで終わりだと思っていたのか?」

「え、ええっと」

「今まで散々煽られてきたんだ」

「は、はい」

「今日は、ほんっとーに、覚悟してもらうからな!」

東堂は眉を吊り上げながら、頬を赤らめて、いっぱいいっぱいになって宣言する。

わたしはポカンと口を開けながら丸くなった目で東堂を見る。逃がしはしない、と言いたげな鋭い瞳に羞恥が浮かんでいた。

東堂、すっごくすっごく、真剣な顔してる。

そう思うと、なんだか笑いが込み上げてきて、あははっと笑ってしまった。東堂が弾かれたかのように反応してから、声を張り上げる。

「な、なんで笑って、」

「どうぞ」

「え」

面食らっている東堂の唇にさっきのお返しで、ちゅっとキスをした。眼を開けたすぐ近くに驚きで見開いている東堂の顔があった。すきだなあ、と漠然と思ってから。

「いっぱいいっぱいさわってほしい、です」

幸せすぎて、へらっとだらしなく笑ってしまった。





うまれたときからずっと、
あなたに抱きしめてほしかったの





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