とおまわりの記録番外編 | ナノ



優しいとか。物分りがいいとか。よく言われるけど、そんないい子じゃない。誰かになんでそれがしたいのか、どうしてそれが良いのかと説得されたら簡単に丸めこまれるような馬鹿っていうだけ。あと、首を振って嫌われたくないから。だから、わたしは全部頷く。荒北くんにこんなこと知られたら『バッカじゃねェのォ?』と白い目で向けられるんだろうな、と苦笑する。

…東堂は。

東堂は、わたしのことを、今好いてくれているからいいけど。もしかしたら、いつかこんなわたしのこと、物足りなくなって、ちゃんと頭の良い子を好きになって、申し訳なさそうに眉を顰めて、わたしを『すまない、他に好きな人ができた』とか言って、振ってくるのかな。

その時、わたしは。わかった、って笑顔で解放できるのだろうか。








「東堂〜、呼ばれてる〜」

友人たちと話していると、教室の入り口に立っている友人に呼ばれた。誰だろう、と思いながら入口に向かうと、見知らぬ女子がいた。二年生だろうか。にやにや笑っている友人。恥ずかしそうにオレをちらちらと見る下級生と思われる女子。

…多分、そうだな。

何回か経験したことのある、この空気。下級生らしき女子は、おずおずとオレを見上げて、言った。

「あ、あの、お話したいことがあるんです…!」

ああ、やっぱり。

ちら、と教室を確認する。吉井はいなかった。友人たちと食堂で昼食をとっているのだろう。

体育館裏に連れてこられて、言われた。好きです、付き合ってください、と。可愛らしい女子だ。小柄で華奢で顔立ち自体もかなり整っている。けど、オレの返事はいつもと同じだ。

「すまない。気持ちには応えられない」

本当に申し訳なくて、眉を寄せて、謝る。オレのことを好いてくれて、嬉しい。感謝の気持ちと、申し訳ない気持ちで、いっぱいになる。

下級生の女子が大きな瞳からぶわっと涙を零して、オレのシャツを掴んだ。

「好きなんです、本当に、好きなんです…!」

「…悪い」

切羽詰まった調子で懇願する下級生の女子に、もう一度同じことを繰り返す。溢れる涙が地面に染みを作った。自分のことを好いてくれた女子が、泣くのは、悲しい。けど、どうしても付き合えない。付き合いたいとも、思えない。オレには、アイツがいるから。

「…じゃあ、」

下級生の女子のシャツを掴む手が強くなった。涙でいっぱいになった瞳で、オレを見上げながら、決意するように言った。

「思い出、ください」

「どういう―――、」

続きの言葉は言えなかった。シャツを引っ張られて、顔を近づけられて、唇に柔らかい感触があたった。え、と瞬きをする。目の前には涙できらりと輝いている長い睫毛があった。

ぱっと唇を離すと、下級生の女子は身を翻して駆けて行った。

今、の。

…え。

手の甲で唇を触った。吉井とは違う感触。吉井以外の女子と、初めてした。

…言う、べきなのか…?

ぽかんと虚脱状態になりながら、廊下を歩いて、教室に戻った。すると、入口に入る直前で吉井とばったり出くわした。目と目が合う。

「…どうしたの?なんか、変な顔、してる」

「え?そ、そんなことないぞ!オレはいつでも美形だ!」

「いや、そういうことじゃなくて…。何かあった?」

心配そうに眉を八の字に寄せて聞いてくる吉井。

吉井は、もう少しで短大の推薦入試を控えている。そんな時期に、彼氏が他の女子にキスされたと知らされたら、動揺して勉強に身が入らなくなるかもしれない。…第一、もう終わったことだ。わざわざ穿り返して言うものでもないだろう。

「大丈夫だ、何にもない」

そう言って、皺が寄っている眉間を親指で押した。吉井が吃驚したのか目をぎゅっと閉じた。可愛い。ぽんぽんと頭を撫でてから、教室に戻った。

「…東堂くん、わたし達の存在絶対目に入ってないよね…」

「あといちいち幸子ちゃんに触るよね…」

「わ、わー、そういうのは、あの…あまり…言わないでくれると…!」

「わたし達事実しか言ってないよ…」

その日はまあ、下級生の女子にキスされたこと以外、普通に過ごした。翌日も、普通に過ごした。異変は、翌々日に、起こった。

「東堂、先輩」

朝、下駄箱で、スリッパを床に落とした時だった。どこかで聞いた声、と思いながら振り向くと、この間、オレに告白してきた下級生の女子がいた。

…もしかして。

「もう一度、お話があるんです」

嫌な予感と言ったら失礼だが。嫌な予感が的中した。一度断って諦めるようなタイプではなかったようだ。オレはわかった、と頷いた。



もう一度、同じ場所に連れて行かれた。だが、今回は違う言葉を言われた。

「…私、先輩の彼女さんとお話させていただいたんです。昨日の放課後。私、東堂先輩のこと好きなんですって」

自然と目が見開く。昨日、何も連絡なかった。

「でも、あの人。『そっかあ』って呑気に笑ってて。…おかしくないですか。自分の彼氏のこと好きって言われて、反応が『そっかあ』って。それ見て、私、この人、東堂先輩のこと本当に好きなのかな、って思って」

「…吉井は、攻撃的な性格をしていないからな。なんと返せばいいのかわからなかったんだろう」

「それだけじゃないんです。東堂先輩とキスしましたって言っても、『そっかあ』って言ったんですよ、あの人」

…え?

「余裕あるってだけかもしれませんけど。なんか…。告白ってどっちからだったんですか?東堂先輩からだったんじゃないですか」

「…そうだが」

「あの人、断れないタイプなんじゃないんですか。だから、東堂先輩の言われるがままオッケーして、それで、今に至るって感じじゃないんですか。自分の意思とか、あんま持ってなさそうですし」

「ああ見えて、結構しっかりしているぞ」

そう言いつつも、オレがキスをされたことを知って何も言ってこなかったことが、胸に刺さる。吉井はオレのことを好きだと、思う。吉井は好きでもない男にキスされたり、体を許すような軽い女じゃない。確かに断れないタイプだが。

でも。もしかしたら、最近はもうそんなにオレのこと、好きじゃないのかもしれない、という考えが沸いてきて。

「私、あの人が東堂先輩の彼女っていうの、認められません。私が認める認めないって問題じゃないんですけど。…東堂先輩のこと、ファンとかじゃなくて、きちんと付き合いたいって子、私以外にもたくさんいるんですよ。それを押しのけて、あの人がいるっていうの、」

「悪い」

少し強めの声を出した。

「アイツの悪口、オレの前で言わないでほしい」

女子には、優しくしたい。なるべくやんわりとした声を出したかったのに、出せなかった。





教室に入ると、吉井が自分の机に座っていた。頬杖をついて、ぼうっと空を眺めている。いつも通りには、見える。

「吉井」

「…え、わ、東堂。おはよ〜」

急に名前を呼ばれたからか、吉井がびくっと肩を跳ね上げた。オレを見て、にこっと笑う。対して、オレは真顔のまま。

「ちょっと、話があるから、きてほしい」

そう言うと。いつも通り、こくりと頷いた。もうすぐでホームルーム始まるから、と断ることはしなかった。





「キスされて、悪かった。それで、そのこと、言わなかったのも悪かった。言ったら心配をかけると思った。…言い訳に聞こえるかもしれんが」

屋上に続く階段へ連れてきて、単刀直入に切り出して、謝った。吉井は、唇を結んで黙っている。悲しそうでもない。怒っているわけでもない。ただ、視線を下に向けていた。

「あの二年の女子に言われたんだろう。なにか、嫌なこととかは言われなかったか」

そう訊くと、「ううん」と首を振った。

「礼儀正しかったし、ハキハキしていたし、そんな嫌なこと言われなかったよ。あの子と一緒にいるところ泉田くんに見られて、あの子のこと教えてもらったんだけど、可愛くて頭良くてしっかりしていて、目立っている子なんだって。東堂のこと好きになるっていうところも、ちゃんと人を見る目があるっていうか。なんちゃって」

吉井はあははと軽やかに笑う。

「…怒りとか、ないのか。何キスされているんだよ、とか。もっと注意しろ、とか」

「なんで?東堂悪くないじゃん。向こうから突然、でしょ?防ぎようがないよ〜」

確かに、そうだ。それが正論だ。でも、理屈抜きで、腹立つ、とか、ないのか。

苛立ちが、じりっと湧き上がってきた。

「あの子に東堂のこと好きなのやめてって言うのも変な話だし。キス、も。されちゃったものは、仕方ないし」

吉井は正論しか述べていない。物分りの良い彼女だ、と思う。

けど。

「わかった、そうか」

自然と出た低い声で、吉井の言葉を遮った。吉井が「東堂…?」と不思議そうにオレを見上げている。

吉井が好きだ。いつも周りに気を遣ってばかりなところも、笑い上戸なところも、のんびりとした口調も、聞き上手なところも。頬を撫でたらくすぐったそうに身をよじるところも。好きなところを挙げて言ったら切りがない。

でも、こういう、物分りが良すぎるところが。もう少し、ヤキモチを妬いて我が儘を言ってほしい。泣きながら殴られた方がどれだけ気が楽か。

「教室、戻ろう」

くるっと背を向けて、階段を降りる。少し遅れてから、吉井が降りてきた。いつもは歩幅を合わせるけど、今日はそんな気分になれなかった。





気晴らしのために、山に登ってみたが、特に気分は晴れなかった。ヘルメットを外して、ドサッと椅子に腰を掛ける。

喧嘩したわけではない。なのに、なんだろう。あれから結局一言も言葉を交わさなかった。明日、学校がなくて良かった。今日みたいな態度をとってしまうところだった。この土日でちょっと頭を冷やそう。

着替えるか、と立ち上がってロッカーを開いた時。オレのケータイが振動していた。

ケータイに映し出された文字を見て、一瞬出るか出ないか躊躇した。こいつからの電話を躊躇することが起こるとは…。そう思いながら、通話ボタンを押した。

「…東堂?」

柔らかな声が心地よい。けど、今朝の一件もあって、いつものように快活な応対ができず「なんだ」と少し固めの声で返してしまった。

「あの、教室に、来てくれない?」

「お前、まだ教室にいるのか?」

時計を見る。吉井はバス通学だ。まだ大丈夫だが、そろそろ帰る準備をしないとバスに間に合わないはずだ。

「ちょっとだけ、話したいことが、あって」

少しだけ震えている声で、懇願するように言われたら。

断れるはずがなかった。

「…わかった」

そう言って、電源ボタンを押す。

…話したいこと、か。

嫌な予感が頭の中に過った。





制服に着替えて、教室に向かった。教室に入ると、吉井は夕焼けをぼうっと見ていた。

…綺麗になったな。

一年の頃は、本当に地味だった。野暮ったかった。意見を求められて、やっとそこでおずおずと何か言う女子だった。目が離せなくて、妹またはペットのような友人だと思っていた。けど、最近は。あどけなさが抜けてきて、大人っぽい表情をすることも増えてきた。体つきもどんどん女っぽくなっているのが服の上からでもわかる。

「吉井」

びくっと、吉井の体が震えた。恐る恐る、と言った感じにオレの方を振り向いて、曖昧に笑った。

「ご、ごめんね。疲れてるところ、呼び出しちゃって」

「いい。話って、なんだ」

声が固いものになる。ぎゅうっと丸めた掌から手汗が染み出てくる。

「ごめん、なさい」

吉井は頭をオレに下げてきた。

「…なんで謝ってるんだ」

「…東堂が、怒ってるから」

「怒っていない。だから、謝るな」

吉井は頭を上げないで、ぶんぶん首を振る。

「怒ってるよ。だって、今日、ずっと、目合わしてくれない」

「本当に怒ってない。だから、顔上げろ」

吉井は、おずおずと顔を上げた。オレをちらっと見たあと、視線を下に向ける。

「そろそろ、帰った方がいいだろ。バス停まで送っていく」

踵を返した時だった。背中に暖かくて柔らかい感触がした。

「待って…!」

振り向くと、潤んだ瞳でオレを見上げている吉井がいた。どこか扇情的で、唾を飲み込む。吉井は、オレから離れたかと思うと、信じられない行動に出た。

腕を交差させて、セーターを一気に脱いだ。

驚きのあまり、声も出ない。吉井は続いて、リボンを外して、制服のボタンに手をかけた。ぷち、ぷち、という音と伴に、中のキャミソールが見えてくる。ここではっと我に返った。

「ちょっ、待て!何して…!」

手首を掴んで、やめさせる。簡単に掴める細い手首に吃驚した。

「と、東堂は、したくないの?」

吉井は作った笑顔で、ぎこちなく笑いかけてくる。言っている意味が分からない。

「だって、謝っても、許してくれないじゃん。ずっと怒ってる。だから、その、え、えっち、して、機嫌なおしてもらおうって、思って」

…は?

言いようのない怒りが湧いてきた。ぎゅうっと手首を掴む手に自然と力が入った。

「お前、オレのこと馬鹿にしてんのか…?」

「ば、馬鹿になんてして、」

「ふざけるな!!オレのこと下半身でしか物事考えてないとでも思ってるんじゃないのか!!」

久しぶりに、吉井に怒鳴った。吉井がびくっと震えあがった。

大切にしてきたつもりだった。何回か暴走したけど、それでも、オレなりに大切にしてきた。今度する時があったら、一回目の時以上に大切にしよう、もっと優しくしよう、もっと気持ちよくさせようって心の中で勝手に誓ったのに。

「…全然、伝わっていなかったんだな」

虚しすぎて、ふっと、笑ってしまった。

「と、東堂…?」

オレの目線からだと、乱れた胸元から見えるキャミソールの中にある下着と白くて大きな胸が見える。それに反応している自分が嫌だ。結局のところ、下半身で物を考えている。

「ご、めん、なさい」

必死に、震えながら謝ってくる吉井。もう、いいんじゃないか。どれだけ大切にしても、本人に伝わってないみたいだし、今、ここで、適当に。

吉井の眼から、ぽろぽろと涙が零れ落ちて、崩れた。

「…っ、ふ、ら、な、いで…っ」

…え。

吉井の顔にきちんと焦点を合わせると、吉井は、どばーっと滝のように涙を流した。そんな風に泣く吉井の姿を見るのは初めてで、ぎょっとした。

「ど、どうした!?あ、手首、痛かったか!?それとも怒鳴ったからか!?」

あたふたしながら理由を訊く。なんで泣いているのか、心当たりがありすぎてわからない。朝の冷たい態度か、手首を強く握り過ぎたことか。怒鳴ったことか。そこまで泣き虫でもない吉井の号泣している姿にオレは焦りに焦った。

「うう〜っ」

へなへなと足から崩れ落ちるようにして、ぺたりと座り込む吉井に合わせて、オレもしゃがみこむ。

「悪い!本当に悪かった!!」

さっきまでの邪な考えはすっかり遠くへ飛んでいた。吉井が泣いている、なんとかせねば、それだけが頭の中にあった。

吉井はしきりにさっきから同じ言葉を繰り返している。よく聞き取れない。根気よく聞いていって、やっとわかった。

“ふらないで”

やっとわかって、目を見張った。何がどうしてそうしてそうなった。少しずつ、はっきり喋れるようになってきた吉井が、つっかえつっかえになりながら喋る。

「振らないでえ、ごめんなさい、なんでもするから、振らないでえ、お願い」

「ちょっ、吉井」

「わたし、嫌そうな顔してた?あの子に、嫌な態度、もしかして、とってた?それ、東堂見てた?」

「吉井、」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

うっうっと顔を覆って泣いている吉井。

振らないでって、そんなの。

力が抜けた。

吉井の手首を掴んで、無理矢理顔からどけさせる。涙と鼻水ですごいことになっていた。恥ずかしそうに顔を逸らす吉井の顎を掴んで、無理矢理真正面を向かせて、キスをした。オレも吉井も目を開いていたので、視線がぶつかる。吉井は驚いていた。唇を離した後、背中に手を回して、オレの胸に寄せた。

「振るか、馬鹿」

ぎゅうっと抱きしめる。

「やっと付き合えたのに、なんで振らなきゃいけねえんだよ」

吉井の小さくて柔らかくて暖かい体を、ぎゅうっと抱きしめる。

「だって、わたし、東堂を幻滅させたんじゃ、」

「幻滅はしていない。怒ったが。あんなふうに自分を安売りするな」

「ご、ごめん」

「わかればいい。…でも、オレも、ごめん」

「…へ?」

「ヤキモチ妬いてくれないからって拗ねた。吉井は正論を言っていたのに、拗ねた。子供だった。…悪かった。すまない」

そう謝罪すると。吉井がくぐもった声で言った。

「…違うよ」

「え?」

「わたし、ヤキモチ妬いた。あの子が、東堂にキスしたって聞いて、頭真っ白になって、家に帰ってから、なんでそんなことするのって、あの子に怒った。あの子のこと、嫌いって、思った。キスされて黙ってた東堂にも腹立った」

吉井の肩を掴んで、ゆっくりと体を離して、顔を見た。吉井は、泣きそうな顔で笑った。

「わたし、東堂が思うほど、良い子じゃないんだよ、ほんとは」

吉井は小さく自嘲した。

「フラれるって思ったら、ドラマとか漫画の子みたいに、あんなふうにみっともなくすがりついちゃって、ほんと、自分が情けなくて、」

「オレも、縋り付こうと思ってた」

「…え?」

吉井の言葉に、自分の言葉を重ねた。

「あんな冷たい態度とって、別れ話されるかもしれない、どうしよう、って思った。吉井が別れたいと言うなら別れるべきなんだろうがオレは別れたくない。嫌だって思った。でも、そうじゃなくて。だから、今、オレは、安心して、」

これを言うのは躊躇った。ダサすぎる。かっこ悪すぎる。吉井が不思議そうに首を傾げた。

「腰が抜けて、たてない」

…と静寂が流れた。吉井はポカンとした後、俯いて、肩を震わせて、声をあげて笑った。

「あはは、あははは!」

「わ、笑うな!しょうがないだろ!話があるとか別れ話フラグだろーが!!」

「ご、ごめ…ははっ、あはは!」

「吉井〜!」

「あはは、はは、ふっ、はは…」

「…吉井?」

「ふっ、ひぐっ、う〜っ」

吉井が笑顔から泣き顔に変わった。また、ぽろぽろと涙を零している。そして、オレに抱き着いた。オレの首の裏に腕を回しながら、

「よかったあ…」

心底安心したように、そう言った。

「…心配させて、悪かった」

髪の毛を梳くように撫でながらそう言うと。吉井はふるふると首を振った。柔らかい髪の毛が頬に当たって気持ちいい。

…胸が押し付けられて、嬉しいような、苦しいような…嬉しいような…。

再び現れそうな天使と悪魔をしっしと追い払い、オレ達は陽がどっぷり暮れるまで、その状態でいた。




陽がどっぷり暮れるまで。

それが、間違いだった。

「バ、バス…全部…出ちゃった…」

バスの停留所で吉井が「あ、あはは」と頭に手をやりながら笑った。

「お、お母さんに電話とか」

「お母さん、単身赴任しているお父さんの所に行ってて…。…ど、どうしよう…」

他にも色々方法はあった。タクシーを呼ぶとか。まだだれか教師は残っているだろうから、頼んで送ってもらうとか。色々、方法はあった。けど、オレは、あえて、言った。

「わたし、職員室、」

「寮、来るか」

「へ」

「オレの部屋に、泊まるか」

恥ずかしい。顔から火が出そうだ。吉井はぽかんとした後、ぼんっと顔を赤くした。

「か、隠れながらになるから不便だし、い、嫌だったら、」

「い、嫌じゃない!」

吉井がオレの言葉にかぶさるようにして、声を張り上げた。慌てて口を手で抑えている。恥ずかしそうに何度もオレをちらっと見たあと。蚊の鳴くような声で言った。

「嫌じゃない、です…」

しゅう〜と何かが焼ける音が吉井からした。

ごくっと唾を飲み込む。

「じゃ、じゃあ、こっちだ」

「う、うん」

「…」

「…」

「…し、しりとりでもするか!」

「そ、そうだね!」





(つづく)


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