ファミレスでパフェをつっつきながら、なにげなく訊いた。インハイで東堂くんどうだったの?と。
「すごかったよ!巻ちゃんと最後のレースでね、あ、巻ちゃんっていうのは東堂のライバルでね、ライバルっていっても仲悪いとかそういうのじゃなくて、すごく熱い関係でね…!」
あ、始まった。
幸子ちゃんに、東堂くんのレースどうだった?と訊くと、たいていこうなる。いつも大人しくにこにこ笑いながらわたし達の話を聞いてくれる幸子ちゃんが珍しく話し手になる。
「わたしゴールの方で待っていたから知らなかったんだけど、巻ちゃん東堂と走れなくなりそうだったんだって。それ聞いた時、ほんと血の気が引いてね…!巻ちゃんと走れて良かったね、ってなんかわたしが泣けてきちゃって…」
「…本当に、すごかった」
ほう、と恍惚混じりにため息を吐く幸子ちゃんをしげしげと見てから、わたしは言った。
「…幸子ちゃんって、ほんと東堂くんのこと好きだよねー」
わたしの隣で依里ちゃんがウンウンと腕を組みながら頷いた。
「へ…っ!?」
「いつから好きだったの?二年の春の時にはもう好きだったよね?」
「東堂くんの話になると、ちょっと早口になっていたもんね」
「え、ええ、ええっと」
顔を赤くしてしどろもどろになる幸子ちゃん。目を泳がせながらジュースをストローでかきまわしている。
「ね、この機会にガールズトークってやつをしようよ!いつもわたし達は色気のない話をしすぎ!」
「しよしよ〜!と、言っても」
依里ちゃんがちらっと幸子ちゃんに視線を走らせた。
「ピンク色な話題を持っているのは幸子ちゃんだけだけどね〜」
「あ〜わたしも彼氏欲しい、もう二年もいない…」
「わたしは一年半か…ふっ」
はあ…とため息を吐きながら肩を落とすわたしと依里ちゃん。わたしは一応付き合ったことはあるけど、あれは、付き合ったと言えるものなのかどうかわからない。気が合って、じゃあ付き合おうかとなって、時々遊んで。高校別れて自然と音信不通になって…。手も繋がなかったし、今となってみればあれは彼氏というよりも友達だった…。
「幸子ちゃんいつから東堂くんのこと好きだったのー?」
とりあえず、再度、前々から思っていた疑問をぶつけてみる。
「え、えっと…よくわかんないけど…、高1の時にはもう好きだったんじゃないかなあ…」
「えっ!?そんな前から!?」
「た、多分だよ!?」
「…いやー、そうだよ。幸子ちゃん、自分では気づいてなかったかもしれないけど、よく東堂くんのこと見ていたよ?一年の時から」
「えっ」
吃驚して声を上げる幸子ちゃんを呆れたように見ながらジュースをストローで吸う依里ちゃん。そういえば依里ちゃんは一年の時から幸子ちゃんと東堂くんと同じクラスだったんだ…。ていうかこの三人三年間同じクラス?単純にすごい。…幸子ちゃんと三年でも同じクラスだってわかった時の東堂くんの喜びようすごかったなー…。
「憧れかなーとも思ったけど。東堂くんって言い方臭いけど輝いてんじゃん?イケメンで、自転車競技部でも一年の時から別格扱いで、性格も良いし、目立っているし、わたし達からしたら雲の上の存在っていうか。だから、憧れてんのかなーって思ったけど、二年になってから、あー違うなーって確信した」
「ち、違うって?」
幸子ちゃんが恐る恐る問いかけた。依里ちゃんがスプーンを幸子ちゃんにびしっと突き付けるように向けながら言った。
「あーんな乙女って顔しながら東堂くんのこと見ていたら、わかるよ」
幸子ちゃんの顔がぼんっと赤くなった。わたしはほほーっと息を吐く。流石元カレの数三人…。この中で一番恋愛経験があるだけのことはある…。ちなみにわたしは彼氏なのか彼氏じゃなかったのかよくわからない元カレ?が一人だけです。この中で一番経験がない。
「二年になってから東堂くんへの好きって気持ちが表面化していったみたいな?わたし何でこの二人カップル(仮)とかやっているんだろう、馬鹿なのかなあって五百回くらい思っていた」
「うおお、依里ちゃんのナチュラルな毒舌が出た…」
「毒舌っていうか正論だよ。美紀ちゃんも思わなかったの?」
「まあねえ…。なんていうんだろう…なっ、なんだこの甘酸っぱい空間は!?と苦しくなった」
わたしと依里ちゃんの会話を、顔を俯けながら聞いている幸子ちゃんの肩はぷるぷると震えていた。恥ずかしくて聞いてられないのだろう。
「ていうか、さあ、幸子ちゃん」
「…なんでございましょう…」
まだぷるぷる震えている…。耳真っ赤だし…。
「東堂くんと、した?」
…なにを?
間抜け面でハテナマークを浮かべるわたし。けど、幸子ちゃんはそう訊かれて少し経ってから、ばっと顔を上げた。目を大きく見開いて、依里ちゃんを凝視している。そして、徐々に赤くなる顔。依里ちゃんはそれを冷静に観察してから「やっぱ、そうか」と呟いた。
…ドウイウコトデスカ?
「な、なんでわかったの?」
「さーこーつ」
「…っ」
「更衣室で着替えの時、幸子ちゃん頑張ってはやく着替えていたけど、見えちゃった。そういうことになったら教えてって言ったのに」
「ご、ごめん。恥ずかしくて言い出せなかった」
「まあ、気持ちはわからなくもないけど」
何のことを言っているのか、さっぱりわからない。
「何の話しているの?」
わたしがそう訊くと、依里ちゃんはじとっとした目でわたしを見てきた。察してよ、という顔をしている。
「東堂くんと幸子ちゃんがエッチしたっていう話」
へ、とわたしの間抜け面はいっそうひどいものになった。幸子ちゃんの顔が茹蛸のように赤い。頭から湯気が出ている。エッチ。エービーシーディーイーエフジー…じゃなくて。
理解した瞬間、「はい…!?」と変な声をあげてしまった。
「半年以上は付き合っているんだし、おかしくはないでしょ」
「そ、そうかもしれないけど」
目の前の幸子ちゃんをまじまじと見る。わたし達の中で一番恋愛経験がなかった幸子ちゃんだ。恋は幼稚園の時以来していないと言っていて、クラスのペット的存在で、男友達は東堂くん関連でしかいなくて。この子は二十六歳ごろにとりたててかっこよくないけど優しい人と結婚するんだろうなあって勝手に未来予想図も描いていて…。あ、でも胸おっきい…そうか東堂くんはこれを揉んで…。
「東堂くんがもう無理限界的な感じで押し倒してきたの?」
「へ」
「それで幸子ちゃんがいいよ〜ってそのままでしょ〜。幸子ちゃん、あのね、前から思っていたんだけど、幸子ちゃん嫌なときは嫌って言わなきゃだめだよ?大学生になってサークルの先輩から無理矢理飲まされそうになったら嫌です、って」
「ち、違うよ!」
俯いてぷるぷる震えていた幸子ちゃんが顔を上げた。声を張り上げて言った発言はわたしと依里ちゃんを固まらせるのに十分な効力を持っていた。
「わ、わたしが、したいって、言った」
絞り出すようにして震える声を出した幸子ちゃんは、そう言うと、また顔を俯けた。
「…幸子ちゃんから、したい、って…?」
信じられなくて、もう一度問いかけると、幸子ちゃんはこくりと頷いた。
意外すぎて、なんと言えばいいかわからない。依里ちゃんもぽかんと口を開けている。
男子がそういう気分になるというのは、普通にわたしも知っている。エロ本とかAVとか、そういうものを嗜んでいることも知っている。性欲というものは男子にしかないもので、女子にはないと思っていた。けど。目の前のそういうことに無縁そうなわたしの友達は、自分からしたいと言ったそうな。
幸子ちゃんが「あのね、二人とも、東堂についてちょっと誤解している」と、少し震えた声で話し始めた。
「東堂は、無理矢理なんかしないよ。あんなに優しい男の子、いないよ、ほんと。いちいち、大丈夫かって気遣ってくれて。わたしが嫌って言ったら、東堂は絶対なにもしないよ」
だって、優しいもん。
そう呟いて、幸子ちゃんはまた黙った。
からん、とジュースの氷が解ける音がした。
「…ごめんね?」
「あ、や、わたしこそ、なんか、ごめん」
「わたし達も東堂くんが優しいことは知っているよ?でも、あの人、幸子ちゃんのこと大好きだからさあ。キスマークつけるぐらい、独占欲あるし。だから、もう無理!的な感じでヤッちゃったのかなーとか思っちゃって…」
「実際は、幸子ちゃんからかあ…。痛かった?」
「…うん」
「ど、どれくらい?」
「…体が裂けるかと思った」
「う、うええ…」
思わずのけぞった。前々から思っていたけど、なんで女子だけ痛い思いをしなきゃいけないんだ。不公平だ。
そう思っていると、幸子ちゃんの顔がふんわりと緩んだ。
「でもね、嬉しかったよ」
「え」
「嬉しかったし、幸せだった」
そう微笑む幸子ちゃんの言っている内容は露ほども理解できなかった。痛いのに、嬉しい?幸せ?
「一回、途中までしたことがあって。っていうか、その前から、触られたり、キスされると、嬉しくて。気付いたら、今度はいつしてくれるのかなあ、ってそんなことばかり考えていて。だから、ほんと…嬉しかった」
そう言ったあと、照れ臭いのか、幸子ちゃんは「あはは」と笑った。
なんだろう、なんか、幸子ちゃんが、すごく“女の人”に見える。
「…よかったね」
依里ちゃんが優しく目を細める。幸子ちゃんは一瞬呆けたあと「引かないの?」と訊いてきた。
「なんで引くの?」
「だって、女子からそういう気持ちになったら引く人多いって」
「好きなんだからえっちなことしたいって思うのは当たり前だよ」
依里ちゃんの発言にわたしは感動で「お、おおー…」と息を吐いた。
わたしには、そういうことをしたいと思った人が今まで一人もいない。かっこいいから付き合いたいと思うことはあっても、デートできたらわたしはそれで満足するだろう。
好きな人ができて、付き合って、そういうことをする。そういうことをしたいと思うようになる。
…なんか、いいなあ。
「幸子ちゃんって、東堂くんのこと、好きだね、ほんと」
実感をこめて言うと、幸子ちゃんは恥ずかしそうに視線を落としたあと、にこっと照れ臭そうに笑いながら、言った。
「うん、大好き」
あー、東堂くんにも聞かせてあげたい。
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