「遊園地どうだったー!?楽しかったー!?」

休みが恋しくて陰鬱な気分に覆われている月曜日の朝に、耳元で能天気な大声で喚かれるのは、ただでさえ鬱陶しいものを三倍割増で鬱陶しさに磨きする効能を持っていた。私より低い位置にある頭をべしっと叩く。

「あいた!」

「うるさい」

「そんなのいつも通りじゃん!」

「自覚しているのなら治せよ」

頭を抑えながら唇を尖らせて不平を垂れるひろを一瞥してからふわっと欠伸をする。昨日は寝つけなかった。目を閉じる度瞼の裏に鬱陶しい顔が浮かんできたせいだろう。忌々しくて舌を鳴らす。

「いいな〜遊園地。今度私とも一緒に行こうよ」

「あーうん。あんたならお化け屋敷怖がらないから気を遣わないでいけるしね」

「え、森山先輩お化け屋敷怖いの?」

「見栄張って怖くないとか息巻いていたけど、あれはどうみても怖がっているわ。玩具みたいなハリボテにもキャーって悲鳴あげてこんにゃくが当たったぐらいでも悲鳴あげて…ぶっ、あの顔、ほんと、傑作だったわ。写メ撮ればよかった」

あの時の森山先輩の顔を思い出すと、今でも笑いがこみ上がってくる。私がくっくっと喉で笑っているのをひろはじーっと真顔で見たかと思うと、にこっと相好を崩した。

「ほんっとに楽しかったんだね!良かった!」

ひろの嬉しそうな笑顔を見て、はっと我に返って頬に手を当ててみると、頬が緩んでいた。慌てて引き締めて、なんでそうなんの、と返そうとして、やめた。情けない悲鳴、私の服の裾に縋り付くようにして掴む手、確かにどれも愉快で仕方なかった。楽しかったことは楽しかったんだし、取り立てて反論することでもない。最近の私は無駄に気持ちを抑えたり、反論してばかりで、我ながら面倒くさい人間だと思う。私はいつからこんなに面倒くさくなったのだろうか。

「…まあ、うん」

そっけない声色で返してから、なんだか気恥ずかしくなって能天気な笑顔から顔を背ける。色恋沙汰にはあまり興味をもたないタイプだから、森山先輩と私がどうのこうのというより、純粋に私が楽しんできたことが嬉しくて仕方ないのだろう。私を楽しませたいという理由で苦手なお化け屋敷に入った森山先輩と重なった。

「私の周りは馬鹿ばっかり…」

「え。なに?」

「なにも」

「ねえねえ、写真とかないのー!?」

「…」

「おっ、その反応は…あるんだね、よっちゃん!」

「…じゃあ」

「え、よっちゃんー!!」

私を馬鹿でかい声で呼び止めるひろを放置して、私は席を立った。

森山先輩が所構わず口説いて来たりするせいで、私が森山先輩から好かれているということはいつのまにか公然のものになっていた。元々、森山先輩は派手な方だ。顔立ちは整っているし、なんといっても強豪海常バスケ部のスタメン。普通に話をしていると話術がうまいので思わず噴出しかけることもある。絶対に笑ってやらないけど。そんな人物に好かれているということは必然的に少しは名の知れた存在になってしまうのだ。地味なグループに所属しているわけでもないが、派手なグループに所属しているわけでもない。中堅の位置で穏やかに生きてきたのに。

私はこういう色恋沙汰に自分主体で巻き込まれたことがなく、いつも傍観者でいたために、今の状況が非常に痒くて仕方ない。

「…勘弁しろってーの」

ハァッ、と重いため息はどこかへ流れて行った。











「ねえねえ、田中ちゃんって森山と付き合っているんでしょー?」

水飲み場で水を飲んでいると、先輩からふととんでもない言葉を投げかけられた。

「…は?」

目を点にして戸惑っている私に、そのまま先輩は構わず話しかけてくる。

「だって、一緒に遊園地行ったんでしょー?」

先輩は目を輝かせながら私に迫ってくる。先輩につられて別の先輩も「なになにー?」とやってきた。女子特有の“コイバナ”に浮き立つこの感じが、私はとても苦手だ。

「行ったことは行きましたけど」

「きゃー!デート!」

「田中ちゃんやっる〜!」

デートじゃねーし、私なんもしてねーし。と返したいが相手は先輩だ。ぐっとこらえていい子ちゃんスマイルを作る。

「いえ、森山先輩がどうしてもっていうお話だったので私はただ行っただけです。デートでもなんでもありません」

頑なに。一分の隙もなく冷静に応対すると、先輩達はつまらなさそうに「ええー…」と唇を尖らせる。これでなんとかなったか、と胸を撫で下ろした時。

「ちょっとドキッてすることとかなかったのー?」

そう聞かれて。即座に否定すればよかったのに。何故だか、私は。

「…」

言葉に詰まってしまった。

「え…!?」

「あれ、あれあれあれー!?」

先輩達の声色が途端に高いものとなったということに気付いてから、自分の失態にようやく気付いた。はっと我に返った時はもう既に遅かった。ああ時間を巻き戻したい。

「あったんだー!田中ちゃん、お姉さんに言ってみ!」

「っていうか満更じゃないんじゃん!うっわー、森山良かったねー!」

「これはあれじゃん?両片思いってやつ!」

きゃっきゃっと盛り上がっていく先輩達の声を聞きつけてか、低い声が割って入ってきた。

「何かあったのか?」

のほほんとした笑顔を浮かべながら、小堀先輩が訊いてくる。楽しそうだな〜とほんわかとしたムードに私はいつも少し癒されているが、今は何で貴様そこにいると八つ当たりに近い感情を小堀先輩に向けていた。

「あっ、こーぼーり、聞いてよ!森山に言っといて!田中ちゃん脈ありだって!」

は?

「これはもうくっつくのは時間の問題だね〜!」

ちょっと。

「いや、そういうのは当人同士に任せておいた方がいいんじゃ…」

「もーっ、小堀わかってないなー!田中ちゃんツンツンツンだから、ほっといたら何もしないの!」

私を放置して、盛りあがっていく先輩方。

ぶちぶちっと自分の中の何かが切れていく。

知らない人間から、『へえ〜あれが…』と珍種を見るような物珍しい目つきでしげしげと見られたり、『もう少し森山先輩に優しくしてあげればいいのに〜』とか知らない人間にこそこそと聞こえるように話されたり。

「違います」

うんざりだ。

私ははっきりと冷たい声で否定した。

「私は森山先輩のことを一ミクロンたりとも、好きじゃありません。どっちかというと、無理です。嫌です。私は軽薄を絵に描いたようなあの人が嫌いです。生理的に受け付けません。遊園地に一緒に行ったのだって、先輩だからです。同級生もしくは年下ならば、絶対に一緒に行っていません。あんな人、だいっきらいです」

一気によどみなくまくし立てたせいで、疲れた。ふうっと息を吐く。

「え、えっと…」

先輩達がしどろもどろになっている。何か言いたいことがあるなら言えよ、と先輩達を睨むと、先輩達は私の後ろに憐れむような視線を向けていた。怪訝に思いながら振り向いた先には、茫然としている森山先輩が立っていた。

…え。

目を見開きながら、森山先輩を見る。森山先輩は茫然とした顔つきから、次第に真剣な面持ちに変わり、私に向かって歩いてきた。

え。ヤバイ、これ。

森山先輩が私の目の前にたって、びくりと足がすくんでしまった。

「今まで、ごめん」

森山先輩は私に頭を下げた。

…は?

なんで、この人謝っているの?

目を白黒させながら森山先輩を見ていると、森山先輩は頭を上げた。眉を下げて、困ったように笑っている。

「マジで俺のこと、嫌だったんだな。ごめんな、ほんと。もう二度と、近づかないから。こういうこと気付かないから、俺ってモテないんだろうな〜」

ははっと軽快な口どりで自嘲する森山先輩。

「あー、俺、またフラれたわ!よし、小堀!ヤケ酒…ヤケコーラ!ヤケコーラに付き合え!!」

森山先輩は小堀先輩の肩に腕を回して、不自然な笑い声をあげながら去っていく。

私はその背中をただ見ることしかできなかった。

「え、ええっと…」

「田中ちゃん、ごめん…」

申し訳なさそうに謝る先輩達。お節介が激しかったが、善意が元になってのこと。それだけに厄介と言えば厄介だが、この先輩達にはいつもお世話になっている。

それに、今のは、どう考えても私が一番悪かった。

「平気ですよ、全然。本当の事ですし」

仏頂面でにべもなく返す私は、世界で一番可愛くない女だ。






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