見上げると、空はどんより曇り空。しとしと降る雨。気分が沈む。だけど、私の気分が沈んでいるのは、雨のせいではない。

「この雨…まるで、俺が昨夜君を想って泣いた雫に似ている…」

うぜえ今すぐ立ち去れ私の前から。

そう怒鳴り散らしたい衝動をぐっとこらえ、「先輩、なんでこんなところにいるんですか」と苛立ちを抑えた冷静な声で問い掛ける。

「何故って…君を迎えに来たんだよ!」

心外だな、と言いたげな顔から一変して決め顔を作る森山先輩。意味わかんねーよ。彼氏面すんな、うぜえんだよ。

「傘持ってないだろ?」

「持ってます」

「そうだろ、そうだ―――え?」

「では」

「まままま待って!!そんな!!何で!?今日天気予報で雨降るって言ってなかったのになんで持ってきてんの!?」

「こういうこともあろうかと、毎日折りたたみ持ってきているんです」

「流石俺のエンジェル!!なんて用意周到なんだ!!…じゃない!待って!待って!!これじゃ俺何のために黄瀬から傘をパクってきたのか…!!」

黄瀬くん、これ怒っていいと思うよ。盛大に怒っていいと思うよ。つーか怒れ。

私はふうっとため息をついて、折りたたみ傘を広げ始めた。

「は、林野ちゃんは傘持ってないんだろ!?その傘林野ちゃんに置いていくのはどうかな!黄瀬も傘ないから、二人とも濡れることになってしまうだろうし…!」

黄瀬も傘ないって。
お前がパクったんだろーが。

あわあわと、必死に私に食いついてくる森山先輩の姿は先輩としての威厳が微塵も感じられず、あわれだった。

ひろは女バスで、黄瀬くんは男バスの体育館で、自主練をしてから、一緒に帰ろうという約束をしている。

WCの予選の決勝戦も近づいてきて、バスケを教える教えられるという時間の余裕がなくなってきたから、別々に練習している、ということなのだが。
黄瀬くんによると、確かにそれもあるが一緒にいるとドキドキして練習どころじゃなくなってしまうからだとか。本当に死ねばいいのに。なるべく苦しんで死ねばいいのに。

用意周到なんて文字を脳内辞書に載せてなさそうな友人の顔を思い出す。絶対に傘なんて持ってきていない。空を見上げる。どんより曇り空。どんどん強くなる雨音。観念したように、私はため息を吐いた。

「…この傘、ちょっと貸してきます」

そう言うと、森山先輩の表情は天気に似つかわしくないほどパアッと晴れ渡った。キモいウザい。

傘をひろに渡してきて、私は天気のようにどんよりした顔で、今。森山先輩がさしている傘の中にいる。この雨の中傘をささないで帰るというのは馬鹿げているし、森山先輩の傘に入るという苦渋の決断をせざるを得なかったのだ。森山先輩の傘っていうか、黄瀬くんのだけど。

森山先輩はさっきからピーチクパーチク私に俺と君の出会いは運命だとか神様の悪戯だとか訳のわからないことをわざとらしくかっこつけたような作った声で囁き続ける。そしてその言葉たちは私の耳から耳へと素通りしていく。

「よくそんなに次から次へと色んな口説き文句が出ますね…」

思いっきり皮肉を言ったつもりなのだが、森山先輩は何故かそれを褒め言葉として受け取り、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。馬鹿じゃねーの、この人。

「君を見ていると、どんどん気持ちが溢れだして、それが言葉となって、君に…君だけに言いたくなるんだ…」

決め顔うぜえ。グーパンしてえ。

怨念をこめて睨みを効かす。そこで、私は今日初めてまともに森山先輩の顔を見上げたことに気付いた。顔の位置が高い。私より二十センチは高い。今までも黄瀬くんや他の男バスの人といるところしか見たことなかったし、顔を見るだけでイラついたからろくに見上げたことなかったんだ。だから、あまり気付かなかったんだけど、この人、身長高いんだ。顔立ちも整っているし。スタメンだし。完璧に見える。

「好美ちゃん…?そ、そんな見つめて…。ようやく俺の魅力に気がつい、」

「な訳ないでしょう」

本当、完璧に“見える”。

決め顔の森山先輩をばっさりと切り捨てると、森山先輩はがっくりと肩を落とした。

って、あ。

視界の隅に私の近くにある右肩ではなく、左の肩が入る。ブレザーの色が変わるほどに濡れていた。視線を少し上げると、私の方に傘が傾いている。

…小癪な真似を。

ハァッとため息を吐いた。

「…先輩。かっこつけなくていいですから、傘、自分の方にも向けてください」

「え!?ち、違う!これは確かに『わあ、森山先輩私を気遣ってくれている!かっこいい!』と思ってほしくてやったことでもあるけど君に」

「はいはい自白はいいから、傘、ちゃんと自分の方にもさしてください。これで先輩が風邪でも引いてきたら、私目覚めが悪いじゃないですか。予選の決勝も近いんだし。ちゃんと自分の体も大事にしてください」

睨みを効かせながら、ぐい、と傘の柄を掴んで先輩の方に向ける。

森山先輩はただ私にされるがままで、ぼけっとしていた。ぽかんと口を開いている呆けた顔で私をじいっと見ているので「なんですか」とつっけんどんに訊く。

「いや…、その…。素敵な子だなあ、と思って…」

今度は私がぽかんと口を開ける番だった。首をこてんと落とし、今日何度目かわからないため息を吐く。

「なっ、なんでため息をつくんだそこで!?」

「…どんな時でも口説くのを忘れない先輩のスタンスに呆れたんですよ…。もういいですって…」

はあ、と大きくて深いため息をこれみよがしに吐く。

ああ、はやく駅につかないかな。この人と一緒にいると疲れる。

薄っぺらな甘い口説き文句を耳にタコができるほど聞かされて、心なしか頭痛を起こしているような気がして、額を抑える。

「っていうか、森山先輩スタメンなら、」

「違う」

せっかくだし、さらに毒を吐いて二度と私に近寄れないくらいのダメージを食らわせてやろうとして口を開いたら、森山先輩の真剣な声色に邪魔された。

遮られたことを不快に思い、むっと眉間に皺を寄せて、森山先輩を見ると、いつもの私の前で作っているかっこつけた顔ではなく、まるで試合の時みたいに真剣な顔をしている森山先輩が、私の顔から約二十センチ高いところにあった。

「本当に、普通に、素敵な子だな、って思ったんだ。口説くとか、そういうのじゃなくて」

試合している時の森山先輩の顔なんて、見たことないけど。

多分、こういう顔をしているんだろうなって思った。

「森山先輩。鼻水垂れていますよ」

一点を除いて。

「…え。え!?は!?」

きょとんとした後、驚愕に目を見開き、次に手の甲で鼻の下をぐいぐい拭ってから、手の甲を驚愕の眼差しで見てから「マ、マジかよ…!」と情けない声を上げる森山先輩に、私は白い眼を向ける。

「ちょ、ちょちょちょっと!今のやり直しさせて!?それか忘れてくれないかな!?」

「無理です。私人の恥ずかしい行動とかはよく覚えている性質なので」

「やめて!!お願い!!マジで今のは忘れて!!忘れよう!?」

必死の形相で片手で「この通り!」と軽く頭を下げて拝んでくる森山先輩は不憫で哀れで情けなくて。

だから。

「…まあ、努力はしておきます」

私はちょっと、口元を緩ませる程度にはおかしくて、笑ってしまった。










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