あの日、あの時、あの場所で。

君に会えなかったら。


「僕らはいつまでも…いつまでも…あれ、なんだっけ、いつまでも…いつまでも…」

「ではさようなら、森山先輩」

ぺこりと頭を下げて、うん?と首を傾げて考え込んでいる森山先輩の横を通り過ぎてから少し時間が経ったころ、ハッと息を吸う声が背中に届いた。

「ま、待って!待ってくれ好美ちゃああああん!!」

気安く下の名前で呼ぶんじゃねえよ。

ちっと舌打ちを鳴らしてから、私はわざと大きな音をたてて扉をぴしゃりと閉めた。




私は、一週間前から軽いストーカー被害にあっている。

男バスの水飲み場のところを通りかかった時、私は黄瀬涼太に呼び止められた。

「田中さん、だよね?」

「…そうだけど?」

「ちょっと、頼みごとがあるんスけど」

と、口火を切って、黄瀬くんは私に頼みごとをした。要約すると、ひろに告るから、その手伝いをしろ、ということ。自分が話あるから待っていてと言ったら逃げるだろうから、ひろを帰らせないように一緒に体育館にいて、見張っていてくれ、ということ。

黄瀬くんにあまりいい感情を持ってなくて、お世辞にも性格がいいと言えない私は、わざと意地悪なことを言ってやった。

「いやだ、って言ったら?」

「…それじゃ、しょうがないッス。逃げられないように、頑張る」

少し視線を地面に落としてから、再び私に視線を合わせて、ふっと大人びた微笑を浮かべる。

黄瀬くんの表情なんて、もちろん全て知っている訳じゃないから、当たり前っちゃあ、当たり前かもしれないけれど。

モデルの時の笑顔でも、あの生意気な笑顔でも、試合に勝って喜んでいる時の笑顔でもないその笑顔は、初めて見るものだった。

「ねえ。なんで、ひろなの?」

腕を組んで、挑むような視線で、黄瀬くんを見上げる。

黄瀬くんは、えっ?と言いたげな瞳で、ひとつ瞬きをした。

「黄瀬くんとひろ。あんま、合わないと思うんだけど。それに、今ひろは黄瀬くんを避けているんだよね?それって嫌われたってことなんじゃないの?告っても、困らせるだけなんじゃないの?」

「…すっげーずばずば言うね、田中さん」

「で。どうなの」

「考える隙も与えないんスね」

黄瀬くんは苦笑してから、そーだなー…と首裏に手を回した。

「合うか合わないかつったら、ぶっちゃけよくわかんないッス。ああいうタイプの子と、長い期間喋ったりするの、初めてだったし。でも、俺は、楽しかった」

黄瀬くんは、嬉しそうに、目元と口元を、緩ませた。

「楽しかった。一緒にアイス食ったり、バスケしたり、明日の数学やばいとか、そんな会話が、すっげー楽しかった。…少なくとも、俺は」

ぐっと手を丸めて、拳に力を入れてから、黄瀬くんは決意するように、声を少し張り上げた。

「迷惑かもしれないってのは、わかっている。けど、俺は林野さんがなんで泣いているのかわかんねえまま、終わるのは嫌だ。
いつもいつも、貰ってばっかりで、何も返せないまま、終わるのは嫌だ。
俺だって、返したい。
林野さんはいつも俺にお礼言っていたけど、本当は言うの、俺なんスよ。
俺よりも、ずっと前から、俺のバスケを大切にしてくれて。
俺のバスケが、好きだって言ってくれて。
だから、今回は俺が返したい。
俺のバスケを大切にしてくれて、好きになってくれて、ありがとう、って。
そんで…、これはもう、俺の我が儘ッスけど、好きだ、とも、言いたい」

キセキの世代で、モデル。

そんな肩書き、今、私の目の前にいる男子には似つかわしくなかった。

ただの、情けない顔した、そこらへんの男子。


私は短く息を吐いた。


「いいよ。手伝ってあげる」

「え…、マ、マジ!?」

「マジ。でも、これだけは言わせて」

「なんスか?」

きょとんと首を傾げる黄瀬くん。世の大半の女子はこの顔を見たら卒倒するのだろう。

だけど、私は違う。

だって、私は。

にっこりと綺麗な微笑みを、私は作った。

「あんたみたいに生意気な調子づいた奴、私、だいっきらいなんだ」

語尾にハートマークがつくような口調で、そう言ってやった。










と、いう出来事があったのだが。
私と黄瀬くんの会話だけではなく、その後の私とひろの会話まで一部始終見ていたという男バスの三年生の森山先輩が私の前に現れて、

『君こそ俺が求めてきた運命の女神!!』

と、頭わいてんのかコイツと思うようなことを、私に言ってきたのだった。


「まず黄瀬を前にして全然キャピキャピしない好美ちゃんの毅然とした態度は凛々しく美しく、さーらーに、嫌いとまで言いのけた!素晴らしい!!」

「…」

「そんな君の姿にやられて、女バスの体育館にまでついていったら、好美ちゃんの林野ちゃんを思う厳しくも優しい友情に溢れた台詞の数々に、俺は胸をうたれた…。そして胸に広がる波紋…。なんだ、これは…なんだこの甘酸っぱく胸を巣食う感情は…!?そう、まさしくこれが…!」

「先輩うるさいんで黙ってださい」

食堂でひろと伴に昼食を摂っていると、私の横に森山先輩が座ってきて、何回目かわからない口説き文句をつかってきた。無視をきめこんでいた私だがあまりにも煩わしかったので、とうとう文句が声に出してしまった。この人何回私に惚れた経緯を言ってくんの。うぜえ。ただただうぜえ。

「好美ちゃん…!やっと俺に話しかけてくれた…!」

なんでこんなポジティブシンキングなんだよ。

「森山先輩はよっちゃんのことがマジで好きなんですね〜」

もっさもっさとコロッケパンを頬張るひろの口周りはソースまみれ。汚い。前には汚い顔した友人と横にストーカーの気がある先輩。なにこれ。

「好き、だなんて。そんな簡単な言葉でこの感情を済ませていいのだろうか…」

うっぜえええええええええええええええ。

「ごちそうさま。ひろ適当にそい…先輩の話に付き合ってあげて」

「ラジャー!」

「えっ、ちょっ、好美ちゃん!?あと今そいつって言いかけたよね!?」

森山先輩を無視して私は立ち上がり、トレーを持って返し口に向かう。慌てて席を立とうとする気配を感じたが、まあ大丈夫。

「森山先輩なんで林野さんと一緒に飯食っているんスか!?」

ほらね。さっき黄瀬くんの姿見つけたんだ。アイツ、ひろを溺愛してっから。最初あんなに冷たかったのにねえ。うけるー。リア充爆発しろ死ね。

そんな溺愛している彼女が他の男と昼食食べていたら嫉妬の炎を燃やすことは火を見るよりも明らか。

「おー、黄瀬くん!今森山先輩と楽しく話していた…いや話そうとしていたんだー!森山先輩好きなんだってー!」

「は!?森山先輩どういうことッスか!?」

「ちょっ、落ち着け黄瀬!!」

その火に油を無自覚で注ぐ馬鹿と、なんか勝手に勘違いしている馬鹿(私がそう仕向けたんだけど)と、うざいを極めた馬鹿。

「馬鹿しかいないのか、ここは」

ハァッと軽いため息を吐いた。








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