「うっわ〜!!美味しい!!なんじゃこりゃ!!サクサク!!チーズとろとろ!うっわー!!わー!!」
本日。久々の部活が丸一日休み!ということで、俺は林野さんを連れて、美味いオニオングラタンスープがある店に連れてきた。
林野さんは店内をきょろきょろ見渡して「すげー、おしゃれー!」としみじみと頷いていたあと、オニオングラタンスープが運ばれてきて、しげしげと見つめて「おおー!こ、これが噂のたまねぎグラタンスープ…!」と感嘆の声を上げ、一口食べて、目を輝かせてから「おいし〜!」と歓声をあげた。
大きな目をきらきらさせて、ん〜!としあわせそうに綻ぶその姿は。
ヤバイ。超絶可愛い。
ボキャ貧な俺は、可愛いものを可愛いとしか表現できない。
しかも、今日の林野さんはいつもと違っておめかしをしている。なんか今日いつもと違う恰好ッスね、と可愛さのあまり悶絶しそうになる気持ちを必死に抑え平静を装って訊いたら、いつもの恰好で行こうとしたらよっちゃんにとめられてさー。こんな女子っぽい服着るの初めてだから変な感じ!とニカッと歯を見せて笑って、もう、それが。ああああああ。
白色のオフタートルニットは少し大きくて、林野さんのお尻を半分隠している。ベージュのショートパンツがニットから少しだけはみ出すようにして履かれていて、首元には小さなハートのネックレスがきらりと輝いている。足元は黒色のブーティで、センスよくまとめられている。髪型は文化祭の時とはちょっと違って、全部内側に巻かれていて、片耳だけ出している。
可愛いコーデだ。センスもいい。
これなら大抵の子が可愛くなるだろう。
そんな可愛い恰好を、さ。
林野さんがしているという…!!
「でしょ?それにしても林野さんってマジで嬉しそうに飯食うッスよねー」
今すぐ抱きしめてなんでそんな可愛いんッスかああああと叫びだしたい気持ちを堪え、冷静な態度で接する。出会った頃のあのつんけんした態度の俺すげえ。林野さんにあの態度するとかすげェ。
「うん、それよく言われるー!ああ〜美味し〜幸せェ〜!!頬っぺたが落ちちゃいそうなほど美味しいとは、まさしくこのことだね!!」
今にも落ちそうな頬っぺたを上にあげるかのようにして、頬っぺたを両手で包み込んで目を細ませる林野さん。
俺の動きは一時停止した。
は?今の?今のなに?何スか?何なんスかこの可愛い生き物?
可愛いという単語が頭の中を埋め尽くしていく。
そんな俺を不審に思ったのか林野さんが「ん?」と首を傾げた。それで俺は我に戻り、鞄をごそごそ漁りだして「えーっと、今何時ッスかねー」と早口で言いながらケータイを取り出した。
「今十三時ッスね!!」
「あ、そうなんだー。ていうか黄瀬くん、腕時計しているのに手首見ないの?」
「あ!ほんとッスね!ははは!!」
後頭部に手を回して作った笑い声をけたましく上げる。
「黄瀬くん。なんか顔あかくない?」
「照明のせいッスよ!林野さんも今顔赤く見えるッスよ〜!」
「え、そーなの?」
「うん、そう!」
強く言い切ると、林野さんは納得したようで「そうなのか〜」と言いながら、再びオニオングラタンスープに手をつけ始めた。
気付かれないようにして、こっそりと、ふうっと小さな息を吐く。
あー。もう。
笠松先輩や森山先輩にとってはくだらない悩みなのかもしれないが、俺にとって、林野さんが可愛すぎるということは大問題なのだ。
あー、もう、勘弁してよ。マジで。
ハムスターのように頬張る林野さんは、やっぱり可愛くて、可愛すぎて、俺はここでも気づかれないようにして、恨めし気な眼差しで見つめた。
「あー、おーいしかったー!あのとろっとろ…ああ思い出すだけで涎が…!!」
「そんなに気に行ってくれたんスか。また、こよっか」
さりげなく冷静に次のデートの約束をする俺。我ながら抜け目ないと思う。
林野さんは俺の方を見て、目を見張らせたあと、「うん!」と嬉しそうに目を細ませて大きくうなずいた。
「へっへへ〜」
「マジで気に入ったんスね。連れてきた甲斐があったッス」
「へへ、それもあるけどー」
にっこり、と子供のように無垢な笑顔を、俺に向けて言う。
「黄瀬くんとまた食べに来られるってことが、嬉しくってさ!」
ほら。この子。
こういうことを、臆面もなく、恥ずかしげもなく、言う。
付き合ったことが、ないわけじゃない。
みんな顔は上々だったし、性格は良いのから悪いのまでいた。
束縛してくる子はすぐに切ったけど、そうでもない子とはまあまあ長く続いた。長くっつっても、四か月とかそこらだけど。
抱きしめもしたし、キスもしたし、セックスだってした。
まあ、多感な時期の男の子だし?そういうことに興味あるわけだ。
手を出せるのなら手を出しとく。それが俺の信条。サイッテーと罵られるような信条。
それが、林野さんには、手を出せそうなタイミングでも、出すことが憚られる。
押し倒して、キスをして、服の中に手を入れて、声をあげてよがる林野さんの姿を見たくないといえば大嘘になる。
見たくて見たくて仕方ない。
ふれたい。キスしたい。
けど、それ以上に、大切にしたい。
ボーイッシュな印象が強い林野さんだけど、ガサツで口も悪いけど。
背は小さくて、腕は細くて、乱暴に扱ったら簡単に壊れそうで。
大切にしたいんだ。
腕を掴んで引き寄せて、抱きしめたい衝動を必死に抑える。丸めた手に食い込む爪が痛い。今、顔は赤いだろうから、顔を俯けて、隠す。
平静を装って、何か返したいのに息が詰まって、何も言えなくなる。
あー、ダッセェ。ハツカノって訳でもねーのに。
「黄瀬くん?」
林野さんが俺を呼んだ、その次の瞬間。
「あれ?ひろじゃね?」
知らない男の声で、林野さんの名前を呼ばれた。
「え…。あー!祐樹!わ、太一もいる!春樹もー!!」
顔を上げると、見慣れない男子が三人前方にいた。林野さんがワー!と嬉しそうに声をあげてはしゃぐ。
「久しぶり!!卒業式以来だよね!?」
「おー、そーだよ!お前背ェ全然伸びてねーな!」
「うっせーバーカ!!これから伸びるんだよ!!」
「説得力ねえ〜」
「なにをー!?」
ワイワイと盛り上がる林野さんと中学の同級生らしき三人の男子。
「あ、黄瀬くん!こいつら同中だった友達〜!」
にこにこと友達を紹介してくる林野さん。
女の子なら営業スマイル作ったら喜ばれるから作るけど、男だし、特に興味も持てないし「どーも」と軽く頭を下げる。
男子三人はぽかんと俺を見上げてから、林野さんに向かって次々に、勢いよくまくし立てた。
「え…!き、黄瀬涼太じゃん!!すっげー!あ、お前海常だもんな!!」
「よかったじゃねーか!!あんだけ黄瀬くんヤッベー!!って騒いでいて…!よかったな!!一緒に遊ぶほど仲良くなれて!!」
どうやら、俺と林野さんが付き合っているという考えには至ってないようだ。俺と林野さんの関係は友達、なのだと思っている様子。
二人は特に何とも思ってない顔。
一人は、こんな顔をしていた。
『あ、黄瀬涼太か。じゃあひろと付き合うはずねーな。よかった』
と安心しきっている顔。
「え、なに。黄瀬くん、コイツとどういう経緯で仲良くなったの〜?」
その顔が、なれなれしく話しかけてくる。
「付き合っているんスよ」
「へ」
「俺と林野さん、付き合っているんスよ」
にっこりと、カメラマンから一発オッケーを貰えそうな営業スマイルを貼り付ける。
ぼんっと林野さんの顔が一気に赤く染まり上がる。
「じゃ、俺達、これから行くところあるんで」
林野さんの手を取って、指と指を絡ませて、林野さんの“友達”たちの横を通り抜ける。
林野さんの手は小さくて、俺の手の中にすっぽりとおさまった。
後方で、「どんまい、春樹…」といたわるような小さい声が聞こえたような、聞こえなかったような。
「き、黄瀬くん。どこいくの?」
林野さんの質問には答えず、人気のない路地に引っ張るようにして、連れ込む。
「黄瀬く、」
林野さんの脇の下に手を入れて、ひょいとブロックの上に持ち上げる。身長差が四十センチ以上だったのが二十センチ弱になる。
これなら、キスしやすくなる。
右手で顎を持ち上げて、頬を左手に添える。
「んっ」
突然、キスされて動揺している林野さんの声が漏れる。
大切にしたいって、ものすごく、思っている。
けど、駄目だ。
こうやって、他の奴に好かれている林野さんを見ると、駄目だ。
俺のモンだって、世界中に知らせたくなる。
この子にこんなことできるのは、世界中で俺だけ。
だから、あんたらに望みなんてないんだよ。あきらめてくれる?
世界中に宣言したくなる。
舌で無理矢理口を開けると、びくっと林野さんの肩が跳ね上がった。及び腰になる林野さんを逃がさないように、支えるように、左手を頬から腰に移動させる。林野さんの腰は細くて、林野さんの体は、中身が入ってないのではないかというくらいに軽かった。
うっすら目を開けると、鼻に皺が寄るくらいぎゅうっと目を閉じている林野さんが見えた。閉じた瞼から、生理的な涙が頬をつたっている。時折、隙を見て息苦しそうに呼吸をしている。すぐに俺が口を塞いでしまうから、ほんの一瞬だけど。
大切にしたい。
けど、林野さんを、こんなふうにできるのは俺だけなんだと思うと。
加虐心が、くすぐられる。
キスするのをやめる。この隙にとでも言わんばかりにハァッと大きく息を吸い込んだ林野さんの耳朶を食んだ。
「ひゃあ!?」
もう終わったと安堵していたのだろう、キスの時だって声をあげなかったのに、不意を突かれて可愛らしい叫び声をあげる林野さん。
あんまりにも可愛くて、ぷっと噴出してしまった。
「可愛い」
食むのをやめて、からかうように本心を告げると、林野さんが息を呑んだのがわかった。キスの時から硬直していた体がさらに固くなる。
「なん、か、黄瀬くん。おかし、わあっ」
もう一度、林野さんの耳朶を食んだ。唇で挟むようにして、はむ、はむ、と甘噛みすると、林野さんが俺の服をぎゅうっと掴んできた。ハァッと小さく甘くて少し艶やかさを含んでいる息を吐く。
こんな声、あいつらは聞いたことないんだろうな。
こんな顔、あいつらは見たことないんだろうな。
普段元気少女な林野さんが、こんな“女”の顔をするのは、俺の前だけ。
俺しか、引き出せない。
そう思って、優越感に浸る。
と言っても、今日俺も初めて見たから、ヤバイ。思った以上に、制御できない。
気付いたら右腕は林野さんの太ももをまさぐっていた。
どんどん上にのぼっていき、ニットの中に滑り込ませた。さらにのぼっていくと、僅かなふくらみがあって。
もみっと揉んだ瞬間。
「お…おっぱいィィィィィ!?」
色気もへったくれもない大声が路地裏に轟いて、俺は胸板を押された。突き飛ばされた。えっと思った時にはもう既に遅し。俺はドッシーンという派手な音と伴に、尻もちをついていた。
「わああああ!?き、黄瀬くん大丈夫!?」
「は、はは、えっと、なんとか」
心配して駆け寄ってきた林野さんに、気にしないでと言いながら笑顔を作る。実際は超痛い。すっげー痛い。コンクリート固すぎだろ超痛い。尻餅をついたままの情けない状態をやめて、あぐらをかく。
「マジでごめんね!?えっと、その、お、おっぱいを揉まれて、びびびっくりして」
ハハハと照れ隠しのように大きく笑う林野さん。
けど、その肩は、俺が大切にしたいと思った小さな肩は、微かに震えていた。
怖かったんだ。
それを見て、ようやく、俺は気づいた。
初めて男と付き合ったんだ。しかも、初めてのデート。初めてなのに、こんな路地裏に連れ込まれて、ヤる一歩手前みたいなのされて。
ハードすぎる。
大切にしたいとか思っているくせに、なんなんだよ。口だけかよ。林野さんのこと好きなやつと林野さんが仲良く喋っているの見ただけで、これかよ。
自分の余裕のなさに、情けなくなる。腹が立つ。
全然、大切にできてないじゃん、俺。
「…ごめん!」
俺は、林野さんがよくやるように頭をバッと下げた。
「こんなん、急にして、その、なんか。…ごめん。俺、林野さんのことになると、余裕なくなって、でも、マジで大切にしたくて…!」
顔をあげて、必死に伝える。
林野さんは大きな瞳をぱちぱちと瞬きさせて、俺に圧倒されている。
「こんなこと急にしといた奴が言っても何の説得力もないのわかっているけど、林野さんのこと、大切にしたいって気持ちはマジだから!すっげー大切だから!!もうしない!!ごめん!!こんなオーバーヒートはもうしない!!」
ごめん!!
もう一度、大きな声で謝る。
謝ることしか、俺にはできない。
謝って、頭を下げることしか。
頭を下げていると、小さくて暖かい掌が、俺の髪の毛を撫でつける感触がした。
ゆっくりと頭を上げると、林野さんが俺との距離を縮めて、俺の頭を撫でていた。
ゆっくりと掌が頭から離されて、名残惜しく思う。けど、その名残惜しさはすぐに消えた。
林野さんの両手が俺の右腕を優しく包み込んだからだ。
「えっと、ぶっちゃけ、柄にもないけど、怖かった。なんか、自分じゃなくなっちゃうっていうか変な感覚で、初めて味わう感覚ってゆーか…。でも、その、黄瀬くん。私、嫌、じゃなかったよ」
「へ」
「うん。嫌じゃなかった。怖かったけど、黄瀬くんにチューされて、嬉しかったよ」
へへっと照れ臭そうに笑う林野さん。
大切にしたいという考えよりも、自分の欲望を優先させた俺に、林野さんはそんな優しい笑顔を向けてくれる。
ああ、もう。
「林野さん」
「ん?っわぁ!?」
ぐいっと腕を引っ張って、胸の中に飛び込ませる。ぎゅうっと小さな背中に腕を回す。
「黄瀬くん!?」
「それ、やだ」
「へ!?」
「涼太って呼んでよ、ひろ」
この子、可愛すぎて、やだ。
ハグしたらキスしたらその後は