きっかけはとても些細なこと。征十郎くんと電話していたら、彼の言い分に同意することができなくて少し反論したら、弁の立つ彼はもっともらしい正論並べてきて、なんだかそれが無性に腹立ってさらに反論して、糸がもつれるように会話がぐちゃぐちゃになっていって。

決めてはこれだった。

『…ハァ』

何を言ってもわからないのか、という諦めめいた、私を馬鹿にするようなそんなため息がスマホから聞こえてきて。

ぷちんっと糸が切れる音がした。

『…だから、』

『もういい』

すうっと声を張り上げて、大きく怒鳴った。

『もういい!!征十郎くんの馬鹿!!バーカッ!!』

私が逆立ちしたって勝てるはずのない頭脳を持っている彼氏に向かって、電話越しに私は子供じみた怒鳴り声を向けて、荒々しく電源ボタンを押した。










「と、いうわけで。私絶対に!ぜーったいに私からは謝らないから!!征十郎くんから謝るまで誕生日もクリスマスも何もしてあげないから!!ってことを伝えておいてくれる!?」

きゃんきゃんとチワワのようにまくし立てる私に、玲央ちゃんの苦笑が電話越しに聞こえてきた。

「いいけど…。でも、征ちゃんの言うことは最もだと思うわよ?誕生日とクリスマスに京都に来るなんて…。来なくていいと言ったのは征ちゃんの優しさだと思うわよ?ていうか、」

「それは、わかる…けど。…でもォ〜!!聞いてよ玲央ちゃん!!あのね、征十郎くんったら…!!」

「…人の話を…まあいいわ。続けて、どうぞ」


『来なくていい。そんな短期間の間に二回も京都にくるなんて体力使うだろう。それに授業はどうする。ただでさえお前は勉学を疎かにしがちなのに授業を休んでさらに疎かにするつもりか?それに費用はどうする。僕は絶対に出さないぞ。というか、だいたい、』

『べ、勉強は大丈夫、この前の期末赤点一個だけだったし!体力も私あるし!お金は…お年玉があるし!大丈夫大丈夫!』

ね?と同意を求める私に、征十郎くんは聞き訳がない子供を諭すように、さらに正論を並べる。それに私が反論する。正論を並べられる。私が見苦しい反論する。という鼬ごっこが続いて、征十郎くんはそれはそれは深いため息をついたのだった。


「そりゃ確かに征十郎くんの言っていることは正しいけどォ〜!!でも!!好きな人にはたくさん会いたいっていう乙女心じゃん!?それをさ〜そんな無駄なこととか面倒くさいこととかいちいち言うの征十郎くん!!ほんっと、ほんっとありえない!!」

「うーん。まあ、名前の言い分もわかるっちゃあ、わかるわね」

「でっしょー!?さすが玲央ちゃん!乙女の味方!!」

「でも、征ちゃんはやっぱりあなたを思って言ったことよ」

諭すような、玲央ちゃんの口振り。
玲央ちゃん以外にも色んな人に征十郎くんの愚痴を言った。
でも、みんなみんな、征十郎くんは悪くない、と言う。私も理性ではそう思っている。

征十郎くんの言うことはいつだって正しい。

けど。

「…間違って、ほしいんだよ」

ぽつり、と私は消え入りそうな声で言った。でも、玲央ちゃんはそれを掬い取って「…どういうこと?」と間を空けてから問いかけてきた。

「私の都合なんか、お構いなしにしてほしいの。いつだって征十郎くんは優しくて、間違ってない。私のことを考えてくれてる。けど、たまには考えないでほしい。いつも会いたいって言いだすのは私の方で、部活が忙しいから私から会いに行くねって言うと無理しなくていいぞとか、そんなんばっかで」

ずっと貯まっていた不安がぽろぽろと零れていく。
玲央ちゃんはただ、黙って聞いてくれた。

これだから女は、と思われているかもしれない。征十郎くんは間違ったことを一つも言ってないのに、謝れって言われてさぞかし意味がわからないだろう、私はこれを機にとうとうフラれてしまうのかもしれない。天才と謳われる征十郎くんと、平凡の見本みたいな私。初めから不釣り合いだった。

征十郎くんに楯突くなんて、烏滸がましいにもほどがあるかもしれないけれど、私の“征十郎くんに会いたい”という想いをため息で終わらされることは、許せなかった。それが、たとえ征十郎くんでも。

「絶対に、謝らない。私が悪いってわかってるけど、謝らない、謝らないもん」

膝を抱えて額を太ももにあてて、縮こまる。呼応するように、声も小さくなっていく。

玲央ちゃんがくすっと笑い声を漏らした。

「名前。今日ね、征ちゃん部活休んだのよ」

「…へ!?なんで!?病気!?」

「敵情視察。…顧問と部員には言っとけっていう嘘をつかせられたわ」

ピンポーン、とインターホンの音が耳に飛び込んできた。

「それじゃあ、存分にディスカッションタイムを楽しんでね」

色っぽい声色で、茶目っ気たっぷりに言い残して、玲央ちゃんは電話を切った。口をポカンと開けて、唖然とする私。

ドアが開いて、玄関口でお母さんが「まあ〜!」と声を上げてから誰かと話している声が聞こえる。階段を誰かが昇ってくる音が聞こえる。トントン、とドアがノックされている音が、聞こえる。

「僕だ」

電話越しではない、征十郎くんの声が聞こえる。

どうしたらいいか私はわからず、えっ、えっ、と首を左右に振って慌てふためく。すると、「入るぞ」とドア越しに征十郎くんが言ってきて、心の準備をする暇もなく、ドアが開かれた。

冷たい空気が征十郎くんと伴に部屋の中に入ってきた。夏休みぶりに見る征十郎くんは、前髪が少し伸びていた。いつものように優雅な仕草で私の前に腰を下ろす。

綺麗な瞳に射抜かれるようにして見据えられて、不覚にもどきっとときめいてしまう。

の、飲み込まれるな私…!!

「な、なに?」

そっぽを向いてつっけんどんに言う。

「お前の間違いを正してやろうと、京都からはるばるやってきたわけだが」

「ふ、ふうん。ご苦労様!でも私は絶対に謝らないから!私が悪いけど、謝らないから!」

「二十日と二十四日、僕は東京にいる」

「ふ、ふーん!そうなんだ!東京にいるからってそれが…ハイ?」

そっぽを向いていた顔を、征十郎くんに向けた。征十郎くんは淡々と口にする。

「ウィンターカップが二十一日から始まる。洛山はその前日から東京にいる。二十四日は試合あるが、夜はあいている。だから、名前は京都に来なくていいんだ」

ぽっかーんと、私は人生で一番間抜けな顔をしているだろう。

え…それって…。

カァァッと顔に熱が集まっていく。

「いっ、言ってよ!!」

「何回も言おうとしたのにお前がそれを遮るからだろう。最後に言おうとした時ももういいと喚きだして電話を切って着信拒否して」

「う…ッ!!」

反論できる余地がない。というか、普通に私が悪い。

なにこれ、私勝手に勘違いして怒って謝るまで許さないとか言って…!!

「名前」

高圧的に、威厳をもって、名前を呼ばれる。

「は、はい…」

か細い声を震わせて返事をすると、にっこりと、征十郎くん整った顔に微笑みが浮かべられた。

それは、とてもとても綺麗で。

「僕は今、怒っている」

怖い微笑みだった。

デスヨネー。

はははは…と乾いた笑い声を上げて、頬をぽりぽり掻くと、その手を払いのけて、征十郎くんは私の頬を両手で包み込んできた。

左右で色の違う瞳が、私の目の前にある。

「悪いことをしたら、間違ったら、言うべきことがあるだろう?」

怖い怖い怖い怖い。目が笑ってない。怖い怖い怖い怖い。

ヒィィとおののいている私に「ん?」とさらに詰め寄ってくる征十郎くん。

「ご、ごめんな、さい…!」

あまりの怖さに目をぎゅうっと閉じて謝る。

ふっと、征十郎くんの空気が柔らかくなった気がした。

「ん。いい子だ」

先ほどまでの重苦しい声から一変して、今度は優しい声になった。角がとれて丸みを帯びた声は、私を包み込んで、恐る恐る目を開けると、視界に入ってきたのは、征十郎くんの喉仏。ちゅっと額に唇を落とされた。

額を両手でおさえて、口をぱくぱくしている私に、征十郎くんは目を緩ませたまま、平然として言う。

「でも、お仕置きは必要だな。二十日はいろいろとやるべきことがある。だから、会えるのは午後九時くらいになるだろう。そのくらいまで、待っていてくれ。いいね?」

目を、私は見張った。

初めての、征十郎くんからの、“我が儘”。

私は嬉しさをかみしめてぷるぷる震えた。

自然と、頬が上がる。

「うん!」

こっくりと大きくうなずくと、征十郎くんが一瞬ぽかんと呆けたような顔になった。

いつでも完璧な征十郎くんには似つかわしくない、少し気の抜けた顔。

「…やっぱり、生身は駄目だな…」

「どういう、」

続きの言葉は、言えなかった。

征十郎くんの唇に、呑みこまれてしまったから。






傲慢な唇
(会ったら抑えきれなくなる)



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