わたしは鼻歌を鳴らしながら頬の筋肉が全てなくなったのではないかというくらいの笑顔で帰り支度をしていた。明後日はわたしの誕生日なのである。その日、総悟くんと二人で出かけるのだ。それがもう心の底から湧き上がるほど楽しみで。明日、わたしは真選組のお仕事はお休みだから、明後日の着物を明日一日かけてじっくり考えとこう。

お付き合いを始めてから、初めて総悟くんに祝われる。楽しみだなあ。嬉しいなあ。

「ふふふ〜」

口から勝手に気持ち悪い笑いが漏れる。すると、後ろでガラッと襖が開く音がして、びくっと肩が跳ねてしまった。

「あ、よかった。まだ帰ってなかった」

「笑ってませんよ!?」

「え?」

「え?」

慌てふためきながら振り向いた先にはぱちくりと瞬きをしている山崎さんの姿があった。何言っているのこの子、という顔をしている。本当にわたしは何を言っているのだろう。

「あ、え、いや、今のはですね…!ははっ、あはははっ!!」

誤魔化そうとして笑うが、それが更にわたしの怪しさを増していくことになって、事態はさらに泥沼化する。山崎さんがつられるようにして笑っているが、引いた笑い声だもの。乾いた笑い声だもの。

「えっとね、沖田隊長から伝言があるんだ」

「? はい、なんですか?」

何なのだろう、と首を傾げていると、山崎さんが言いにくそうに、んー、と口をもごつかせてから、言った。












「いっただきまーす。…ゴファッ!?味噌が…味噌が溶けきってねえぞ!?固形だよ!?味噌汁じゃなくて、味噌だよ!?」

「これ何アルか?刺身?ものすごく生臭いアル」

「魚が生きているんですけど!?皿の上でぴちぴちぴっちなんですけど!?」

三人のぎゃあぎゃあ喚く声が耳から耳を素通りしていく。わたしはボーッと天井を虚ろな瞳で見ていた。

『沖田隊長、さっき突然幕府のおえらいさんの警備にあたることになっちゃってさー…。明後日は無理だって』

悪ィって、ものすごく申し訳なさそうに言っていたから許してあげてくれないかな。と、申し訳なさそうに言う山崎さんが、脳裏に浮かぶ。

許さないとかそういうことを思っている訳じゃない。お仕事だもの。しょうがない。

ただ、さびしい。

総悟くんに会えると思っていたら会えなかった、なんでもない日だって、さびしさを感じるのに、会えるはずだった誕生日に会えなくなったことが、さびしい。

会って、おめでとうって言われたかった。

素直に言ってくれないと思うけど、皮肉を交えながら言ってくるのだろうだけど、それでもいいの。

総悟くんに、おめでとうって言ってもらいたかった。



「名前お前これはちょっと失敗っつーレベルじゃ…ってなんで泣いてんだよ!?」

「やーいやーい。銀ちゃんなーかせたー」

「泣かせてねーよ!!」

「ひぐっ、ぐすっ、これはごごろ゛の゛あ゛ぜだ゛も゛ん゛」

「スラダンのゴリかお前は!!」

「俺たちは強いアル!!」

「便乗するな神楽めんどくせェ!!」

「あーもうあんたらめんどくせェ!!何があったんですか、名前さん?」

新八くんは喚く銀ちゃんと神楽ちゃんを叱り飛ばしてから、わたしを優しくいたわるような声で問い掛けてくれた。

鼻をぐすぐす鳴らしながら事の次第を話した。

「ま、しょうがねえな。そういうこともあんだろな、真選組なら」

「ブラック会社アル」

「神楽ちゃん覚えたての言葉使いたかっただけでしょ」

「沖田と付き合っていくっつーことは、そういうことだぞ。クリスマスだのバレンタインだのブッチされる可能性が普通にあるってこった。いちいち泣いていたら心臓もたねーぞ」

銀ちゃんが鼻くそをほじくりながらいつも通りのぬぼーっとした口調で厳しい真実を突きつけてくる。

もしも、総悟くんが真選組に所属していない、普通の男の子だったら。
誕生日もクリスマスもバレンタインもそのほかのことも、いっしょに簡単に楽しめたのだろう。

でも、わたしは。真選組一番隊隊長の沖田総悟を好きになったのだから。

たくさんの人を守る、真選組一番隊隊長の総悟くんが誇らしくて、愛おしいのだから。

だから、しょうがないね。

「銀さんって本当にデリカシーないですね…」

「だからモテないネ」

「おいコラ銀さんのハートはな、繊細なんだぞ。Sはガラスの剣なんだぞ」

「ううん、銀ちゃん、ありがとう。わたし、もう泣かない」

涙を丸めた手でぬぐって、毅然とした顔つきをするように努めて銀ちゃんを見ると、銀ちゃんは呆けた顔つきをしたあと、ふっと笑って、

「お前、いい女になったな」

とクシャッとわたしの頭を撫でつけた。

「名前は昔からいい子アル!!ほんっとなんであんなクソサドと…」

「誕生日、僕達が沖田さんの分まで祝います!!」

…わたしってしあわせものだなあ。

わいわいと盛り上げて、わたしを元気づけてくれようとするみんなの心遣いを感じて、嬉しくて、自然と綻んでしまった。














暇だ。

陽はすっかり沈んでしまって、黒く塗りつぶされた空には満月が顔を出している。何時間突っ立っているのかわからない。

っとに、攘夷志士から脅迫状きたのかよ。何にも仕掛けてこねえじゃねえか。

「土方さーん、帰っていいですかィ?」

「駄目に決まっているだろうが。馬鹿か」

ニコチンマヨラーに馬鹿と言われた。この上ない屈辱だ。殺してやりてェ。

ふわァっと欠伸をかましてから、空を見上げる。

「明日、苗字の誕生日なんだってな」

「よく知ってやしたね」

「近藤さんがお前に悪いことした悪いことしたってウッセーから訳を聞いたら、明日苗字の誕生日なのにお前にこんなでけぇ山を押し付けて悪ィって言われてよ」

土方さんはライターをポケットから出して、煙草に火を点ける。紫煙が空へ昇っていって、消える。

「まァ、しょうがねェよ。誕生日に会えなくなるなんて、まだマシでィ。一生会えなくなる可能性だって、俺には、俺たちにはあるんでさァ」

土方さんは、姉上のことを想っていた。

想っていたからこそ、突き放した。

いつくたばるかわからねェ男といっしょになっても、幸せになれねェから、と。

っとに、気に食わねェ野郎だ。

俺には一生できそうにもない芸当を、やらかす。

俺じゃ守れねェと、一度思って、突き放した。けど、俺は。いざアイツが他の奴のモンになると知った瞬間、理性なんて軽く吹っ飛んで、自分のモンにしに飛び出した。

俺のモンになってくれて、

惚れた奴が自分の一番近くにいてくれることの幸せを、味わうことができるようになった。

でも、斬り合いをしている時に時々思う。

いつくたばるかわかんねェ男と、誕生日もいっしょに過ごしてくれねェ男といっしょにいられて、

アイツは本当のしあわせを手に入れられているのか、と。

「お前俺の真似二度とすんなよ」

「は?」

突然、土方さんに突拍子もないことを言われて、何言ってんだコイツという眼差しを土方さんに向ける。が、土方さんはそんな俺に構わず、俺の方も見ようとせずに、月を見上げながら言った。

「俺の真似して、苗字にわざときついこと言った時あっただろ。万事屋からその話聞いた時マジ引いたわ。え、なにアイツ。俺のこと殺す殺すっつっといていて、真似してきてんの?キモ。ないわーって思ったね」

今すぐに殺してやろうか。

「俺は俺。お前はお前だろ。俺なりのアイツを幸せにする方法はアレだった。けど、お前の苗字を幸せにする方法は、突き放すことじゃねェだろ。傍にいられる時は傍にいることだろ。あと純粋に真似すんな。気色が悪ィ。鳥肌立つ」

月を見上げるのをやめて、心底嫌そうに顔を歪めて俺を見る。

「土方さん」

「あ?」

「あんた、自分がいつくたばるかわかんねェから、姉上を振りやがったんだよな」

そう訊くと、ふーっと煙を吐き出した。肯定と捉えていいだろう。

「じゃあ、俺は大丈夫ですねィ」

「なにがだ」

俺はにやっと笑った。

「真選組随一の剣の使い手、沖田総悟は、誰かに殺られるようなタマじゃねえからな」

次の瞬間、俺は振り向いて抜刀して、斬りかかってこようとした攘夷志士を斬りつけた。

「おいでなすったぜィ、土方さん。待ちくたびれやした」


頬に付着した血を隊服で拭いながら言う。土方さんは冷静に襲い掛かってくる敵を見据えながら、俺に言った。

「俺はあの古狸んとこ見に行ってくるわ。近藤さんや原田がいるから大丈夫だろうけどな。お前はアイツら、よろしく」

「りょーかい。くたばってくださいね、土方さん」

「てめーがくたばりやがれ」

「あー、それは無理でさァ。俺、強いから」

そう言って、俺は向かいかかってくる敵数名に向かって、走り出した。

走り出しながら、何故か、突然付き合う前の名前の声が頭の中で響いた。

『はァ〜。少女漫画っていいなァ…。ロマンチック…』

『なんでィこれ。こんなんする男いねェだろィ。ないない。お前男と付き合ったことねェだろ』

『ギャアアア!!び、びっくりした…!ないですけど…!で、でも素敵なものは素敵じゃないですか…!』

『気色悪ィとしか思えねェ』

『え、ええ〜。そうですか…』

『されてェの、こういうこと?』

『はい!!すっごく、憧れます!!』

満面の笑顔を俺に向ける、名前の顔がやけに忘れられなくて。

さっさと終わらせなきゃなんねぇな、と思いながら、敵の懐に飛び込んだ。













「あと一分でかー…」

ちっちっちと動く時計の針を見上げながら、ぽつりとつぶやく。

銀ちゃんも神楽ちゃんももう寝ていて、今起きているのはわたしひとり。

あと一分で、わたしは十八歳になるのか。

十八歳になったら、本当にもう泣かないようにしよう。しっかりしよう。どっしりとした大人の女性になろう。

「総悟くんは今何しているのかなァ…」

警護をしているということは知っていたけど、そんな言葉がするりと出てくる。

すると、どんどんと扉が叩かれる音は、した。

ひっ!?と情けない声を上げる。

び、びっくりしたー…。って、ていうかこんな時間に…誰?

銀ちゃんと神楽ちゃんは深く眠っているらしく、起きる気配が全くない。ぐうぐう鼾が襖越しに聞こえてくる。

銀ちゃんと神楽ちゃんをわざわざ起こして行かせるのもアレだし…怖いけど、仕方ない。

ひたひたと足の裏の冷たい感触を感じながら、玄関に向かった。

「も、もしもーし…誰ですかー?」

恐る恐る声をかけると。

「俺でさァ」

聞きなれた声がドア越しに聞こえた。

へ…!?

驚きで目を見張る。わたしは慌てて引手に手をかけた。

だって、今日は警護って…!!

驚きで胸がいっぱいになる。

「どう、し…」

途中で声がなくなった。

目の前の総悟くんは、隊服をところどころ血で濡らしていていた。血と埃の匂いが総悟くんからする。何がなんだかわからなくなって、頭が真っ白になる。そして、ようやく、小さな子供でも分かるようなことに気付いた。

総悟くんは今日警護に出掛けていたんだ。
警護、ということは襲い掛かってくる人たちから、誰かを守らねばならないということ。
ただ、傍にいるだけではないのだ。私は勝手に、安全な仕事だと勘違いしていた。

総悟くんが死線をかいくぐっている間、わたしは誕生日に会えなくてさびしいとかそんなことを想っていたのか。

もしかしたら。

一歩間違えたら。


「なんでィ、もっと喜びなせェ」

むぎゅっと鼻をつままれた。

「わ!?」

「会いたかったんだろィ。ザキから聞いた。すっげーショックそうな顔してたって」

総悟くんはむぎゅむぎゅ鼻をつまみながら、疲れをにじませた顔で、ニヤリとあくどく口角を上げる。

「う、嬉しいけど…っ」

「けど、ってなんでィ」

「総悟くんさっきまで戦っていたんだよね!?」

「おう。あー疲れた」

腕をぐるぐる回しながら、さくっと走ってきた、みたいに言う総悟くん。

「ケガとか、してないの!?すっごく疲れているんじゃ…!ていうか…!」

さらに言葉を連ねようとしたその時。
遮るように、目の前に何かを突き出された。

何という名前なのかは知らないけど、目の前に、可愛らしい花束がわたしの前に表れる。

「誕生日、おめっとさん」

視線を上にずらすと、いつもみたいに、感情が読めにくい表情の総悟くん。でも。いつもより、少し早い口調で手短に言う、総悟くん。

「へ…」

「おら。さっさと受け取りやがれ」

総悟くんは早く取れ、と言うようにずいっとさらにお花を突き出してくる。わたしは「え、あ、えと」と、意味のない言葉をおぼつかなく漏らして、受け取る。

「花屋のオッサンたたき起こして買ってきたんでさァ。感謝しろィ」

「総悟くん」

「なんでィ」

「…っ、ごっ、ごめんなさいッ!!」

わたしは総悟くんのほっぺたをぎゅーっと掴んだ。

「…何すんでィ」

「ヒィッ!!す、すみません…!い、いや、本当に総悟くんなのかと心配になりまして…!!」

「俺に決まってんだろィ。馬鹿かテメーは」

「だ、だって…!!た、誕生日に花束とかっ、総悟くんらしくないっていうか…、そっ、そうだ!総悟くん昔ものすごく馬鹿にしてきたよね!?誕生日に花束貰えて喜んでいる主人公にいいな〜ってわたしが言っていたら!!ものすごく馬鹿にしてきたよね!?」

「した」

「ほら!!」

「したけど。てめーがいいなっつったから、わざわざ戦いのあとに買ってきたんだろうが」


え。

目を点にして、総悟くんを見ると、やっぱりいつも通りの表情。

無表情な顔つきで、無愛想な物言い。

どんな人が好きなの?って訊かれたら、優しい人と答える。

そしたらわたしは『あんたの彼氏全然優しくなくね?』とい目で見られる。

ううん。違うよ。
総悟くんは、とっても優しいんだよ。

命のやり取りをした後なのに、ぼろぼろの体を引きずって、わたしが会いたいからって、わたしを祝うためだけに、会いに来てくれた。

わたしが言った些細な言葉を、覚えてくれた。絶対にやりたくないことだろうに、花束をくれた。

ずっと、ずっと、憧れていた。

誕生日に、好きな人と会って、花束を貰うということに。

薔薇でも、コスモスでも、ヒマワリでも、雑草でも、なんでもいいの。

馬鹿みたいな少女趣味だって、自分でも思うけど、憧れていたの。

好きな人から、総悟くんからもらえたら、素敵なことだろうな、って。

あなたのことを好きになった時から、わたしは、総悟くんから、貰いたがっていた。

十八歳になっても、わたしは性懲りもなく涙もろくて、「う、うえ、ひっ…、うう〜〜…っ」と、涙をぼろぼろ零してしまった。

「あー、また泣くのかよ」

「ごめぇん…」

ぐすぐす鼻を鳴らしながら、必死に涙を堪えようとする。けど、止まらない。総悟くんは「よく泣きやがるな、テメーはほんとに」と呆れ口調。

「じゅ、じゅう、十八歳になっだじ、なおずねごんどごぞ」

「無理だろィ」

「が、がんばるがら!!」

「へいへい。期待しとく」

棒読みで言いながら総悟くんはゴシゴシと隊服の袖でわたしの涙を拭う。

汗と、埃と、泥の匂いの中に、総悟くんの匂いがする。

花束をもらいたかった。ものすごくもらいたかった。

叶えてもらって、とてもしあわせ。

けど、それ以上に叶えてもらって、しあわせなことがある。

「…総悟くん」

鼻をすすって、必死で涙をとめて。

何でィ、と総悟くんが返事をする前に、行動に移した。

わたしは総悟くんの胸の中にぽすっと小さく飛び込んだ。

密着する。

わたしの体温と、総悟くんの体温が、重なり合う。

総悟くんの背中に手を回して、さらに密着させた。

総悟くんの胸板に、頬をすりっと寄せる。

誕生日だから、これぐらい、いいよね。

「花束、泣いちゃうくらい嬉しかったけど。いや、わたし結構泣くけど、でも、本当に本当に嬉しくて、でもね。それより、もっともっと嬉しいことがあるの」

総悟くんの匂いをめいっぱいに吸い込む。

総悟くんの感触をめいっぱいに感じる。

「生きて、わたしの元に帰ってきてくれたことが、本当に嬉しい。ありがとう」

わたしがもらって一番嬉しいプレゼントは、沖田総悟くん。

あなたです。

少し経っても、総悟くんから何の言葉も返ってこなくて、不安に思って顔を上げる。

見上げた先には。

初めて見る、頬を赤く染めた総悟くんの顔が、あった。









きみの空へ飛びこんで

手に入れたものは、思いがけないプレゼント



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