わたしはほとほと疲れていた。
銀ちゃんとともに変な世界に飛ばされて銀ちゃんのお墓を見て北斗の銀的な展開になったら新八くんが某死神漫画の某クインシーみたいになっているし神楽ちゃんはダイナマイトボディになって色香を漂わせ中の人を最大限に有効活用しているし。他にももう何から何までツッコミどころが多すぎてわたしと銀ちゃんはツッコミ疲れていた。新八くん仕事しよう、お願い。わたしと銀ちゃんだけじゃ無理だよ。と、お願いしたいが今の新八くんには怖くてそのようなことを頼めない。
そして、これだ。これだけツッコミが人手不足なのに。
すっかり伸びた亜麻色の髪の毛を一つに括り、葉っぱを咥えて不敵に笑っている、わたしがよく知る人物。
「どこの人斬り抜刀斎ィィィィィィィィィ!?」
ツッコミ疲れがものすごいはずなのに、あまりの総悟くんの変貌にまたもや突っ込まざるを得なかった。
なんやかんやで近藤さん、桂さんを救出することができて、かつてはあんなにも敵対していた真選組(じゃないらしいけど)と桂さんが率いる攘夷組が仲良く宴会をしている。もう突っ込まない。わたしはもう疲れた。
銀ちゃんは先ほどわたしに背を向けてひらひらと手を振りながらどこかへ行ってしまった。わたしも行く、と後をついて行こうとしたら。
『あー、お前はここにいろ』
『え、な、なんで?』
『アイツがなんでああなったのか気になるんだろ』
銀ちゃんは気づかれないように、こっそり総悟くんにちらりと視線を走らせてから言った。
新八くんがなんであんなにも怒ったのか、神楽ちゃんはどこへ行ったのか、妙ちゃんは今どこにいるのか。そして、五年後のわたしの姿がどこにも見当たらない。新八くんも神楽ちゃんもわたしのことを全く会話に出さない。色々と気になることがあった。でも、今どうしても気になって、それを片づけてからでないと、何も手につかないことがわたしにはあるということを銀ちゃんはお見通しだった。
『やっぱり銀ちゃんにはかなわないなァ…』
『たりめーだろ』
ぽんっと頭に大きなてのひらをのせられ、わしゃわしゃと髪の毛を乱暴に撫でられた。そして、そのまま背中を向けて、そのまま。
それからわたしは。総悟くんの隣に恐る恐る腰を下ろした。
一見、髪の長さと抜刀斎の恰好をしていること以外何も変わってないように見える。あ、でも少し背が伸び…た?ちらりと視線を走らせると、総悟くんもわたしの方を見た。
ギッと睨まれて、びくっと肩がはずむ。
威嚇するようにわたしを睨むと総悟くんはわたしから視線を外し、ちっと舌打ちを鳴らして、御猪口に入ったお酒を一気に飲む。
この調子なのだ、出会った時から。今わたしは時間泥棒さんがつけた機械(鼻くそということを認めたくない)のため、わたしをわたしとして認識されない。銀ちゃんのような首と胴体が一体化していて髪型もマッシュルームカットで小太りの女の人として周囲から認識されている。新八くんと神楽ちゃんに銀ちゃん同様なんで名前さんと同じ格好をしているんですか!そうよ!言っとくけどあんたに全然似合ってないわよ!と糾弾され、銀ちゃん同様わたしも、いやァ、わたし名前さんとは古い知り合いで!と答えた。
総悟くんはわたしを見て、はっと目を見開いたかと思うと、次の瞬間、睨んできた。
初めてだった。総悟くんから“憎しみ”を受け取るのは。そして思い知った。
わたしは総悟くんにとても優しい瞳を向けられてきたのだと。
「あ、あの」
ぎゅうっと膝の上で手を丸めて、総悟くんに声をかける。
総悟くんから憎しみを受け取ることは怖い。怖いけど気になる。だから、訊かなければならない。探らなければならない。
今日、憎しみを受け取ってわかった。
総悟くんがわたしを見る瞳は優しさとか暖かさに満ちていて。
わたしにかける声は、とても柔らかくて。
自惚れだと笑われるかもしれない。自意識過剰だと、自分でも思う。
ミツバさんはもう既に五年前亡くなった。近藤さんも無事に生きてらっしゃる。土方さんや、山崎さん、他の隊士のみなさんも五年前と同じ顔触れだ。
それならば。
「名前さんは、どうされたんですか?」
この人をここまで変えることのできる人物と言えば、わたし、なのではないだろうか。
そう問いかけた瞬間、総悟くんがわたしの胸倉を掴んで引き寄せた。
「その名前を気安く言うんじゃねェ」
鼻と鼻がくっつきそうなほど、顔を近づけられ、総悟くんの蘇芳色の瞳がよく見える。目は口ほどに物を言うと言うけど、その通りだった。
総悟くんの瞳は雄弁に語っていた。
悲しくて、さびしくて、仕方ない。怒りをどこにぶつけたらいいかわからない。
助けて、と叫んでいた。
「おい、総悟!何をしている!!」
近藤さんが慌ててわたしと総悟くんの間に入って、仲裁をする。総悟くんは乱暴にわたしから手を離した。その反動でわたしはしりもちをつく。総悟くんは立ち上がって、わたしを怒りの眼差しで射抜いた。
「アイツと同じ格好をしやがって、人の神経を逆なでするようなことして、そっからアイツの名前出すとはいい度胸してやがんなァ」
ハッと小馬鹿にしたような笑いを漏らす総悟くんを、わたしはただ茫然と見ていた。
「口調もアイツの真似しやがって、なんでィ。手の込んだ嫌がらせだなァ」
「総悟!いい加減にしろ!!」
「…総悟」
わたしに容赦なく怒りをぶつける総悟くんを近藤さんは一喝し、土方さんは厳かな口調で嗜めるように総悟くんの名前を呼んだ。総悟くんはチッと舌打ちをして、襖を閉めずに出ていった。
総悟くんに憎しみをぶつけられ、胸倉を掴まれ、わたしは思考回路がとまっていた。いつも意地悪だと思っていた。わかりやすい優しさはなかなか与えてくれない人だと思っていた。
そんなことなかったんだね。
記憶の中の総悟くんの、わたしへの態度を思い浮かべながら、そう思った。
「大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫、です」
わたしはよろよろと体勢を戻し、正座をする。そして、目の前の近藤さんと土方さんを見据えた。
「あの、この五年間。…沖田さんと名前さんに何があったんですか?」
口に出してから、違和感を覚える。
沖田さんって、久しぶりに呼んだなあ…。
名前で呼ぶなんて恥ずかしくてできなかったはず、なのに。
いつからか、あなたの名前を名前で呼べるこの瞬間が、恥ずかしいよりも嬉しいという感情の方が勝つようになっていた。
土方さんが煙草に火を点け、咥え、フーッと煙を出す。
「白詛だ」
そわたしをしっかりと見据えて、よどみなく言った。
「三年前、苗字は白詛にかかって死んだ」
自分が死んだことを、人の口から聞くなんて、人類では銀ちゃんに続いてわたしが最後だろう。
皆さん、わたしの話を避けるようにしていたのはこういうことだったのか。新八くんも神楽ちゃんも、わたしの名前を出した後、気まずそうに顔を伏せていた。銀ちゃんはまだ生きている可能性がある。神楽ちゃんだって、銀ちゃんは帰ってくると言い聞かせるようにだけど、言っていた。
でも、この様子だと、わたしは本当に死んでしまったのだろう。
「そう、なんですか」
死んだ。わたしは死んだ。今のこの状態のわたしは二年後死ぬ運命にあるということ。
怖いとも言えないし悲しいとも言えない。
実感がわかない。
「総悟は苗字が白詛だとわかってから、寝る間も惜しんで、毎日毎日白詛について調べていた。白詛をもたらした奴を死にもの狂いで探していた。…普段寝てばっかだったのによォ」
ふっと馬鹿にしたように口元を緩める土方さん。
ずっと黙っていた近藤さんがゆっくりと口を開いた。
「名前くんが白詛になってから、焦りからくる苛立ちが手に取るようわかったが…、名前くんといる時だけは、穏やかだったなァ」
近藤さんは当時を思い出してか、少し眉を下げて、優しい微笑みを浮かべる。
「毎日五分は名前くんのお見舞いに行って、ぬいぐるみやら、菓子やら、着物やら、年頃の女の子が欲しがりそうなモンを毎回大量においてったな。それが終わったら白詛の調査だ。あの頃の総悟が一番働き者だったよ」
近藤さんは、がははっと笑った。
空気が少し暖かいものになる。
だが次の瞬間、土方さんの一言で空気は凍りついた。
「ほどなくして、苗字は死んだ」
葬式で総悟は泣かなかった。ぼうっと能面のような顔で、ただ、空を見上げていた。一か月はそんな感じだったな。なんか変なコスプレまがいみてェなこと始めやがって、俺たちとも普通に話すようになって、飄々としだすようになって、一見普通だけどな。全然普通じゃねえんだ。いつだって、苗字の影を追っている。さっきのが、その証拠だ。
土方さんは淡々とそう語った。近藤さんは悲しそうに、痛ましそうに目を伏せていた。
わたしは。
「…沖田さんッ」
総悟くんは河原で寝転がって寝ていた。総悟くんを走りながら探していたわたしは息を切らしながら、昔呼んでいた呼び名で総悟くんを呼ぶ。わたしの姿を見て、嫌悪の眼差しをわたしにぶつける。煙たがられているのはわかっていた。大好きな人に嫌われているということは、心がちぎれそうなくらい辛いことだけど、それでも、この言葉を口にしたかった。
「さっきはぶしつけなことをして、申し訳ありませんでした…!」
ぺこりと勢いよく頭を下げる。
わたしは今まで自分が着ていた袴をやめた。昔、お登勢さんが若いころ着ていたという着物を借りてきた。袴より動きにくくて、走るのが難しかった。
でもそんなのどうだっていい。
あなたがわたしのことを思い出すのが辛いと言うのなら、あなたが辛いのなら、着物ぐらい変える。なんだって、する。
知らないからと言って、知りたいからって、さっきはあなたを辛くさせる、ひどいことを言って、ごめんね。
ごめんね、ごめんね、ごめんね。
置いていかれることに、ひとりぼっちになることが怖くて仕方ないあなたを、寂しがり屋なあなたを置いて、逝ってしまって、ごめんね。
ぽろぽろと涙がこぼれるわたしを見て、総悟くんは「なんで泣いてんでィ」と低い声で訊いてきた。
「ひぐっ、ぐすっ」
耐え切れずしゃがみこんで、ぐすぐす鼻を鳴らす。初対面の嫌な気持ちにさせられた女の子に泣かれて、総悟くんはさぞ不快な気持ちだろう。案の定、総悟くんは舌を鳴らした。
「うっぜえんだよ」
「すびばっせ、ん」
「そういう、アイツみてえな泣き方とか喋り方、やめろ」
きつい口調で脅すように言ってきたけれど、その声色は掠れていて、懇願されているように感じた。
わたしのことを思い出すのが辛いみたいだし、もしかしたら、総悟くんは。
「名前さん、と、交際したことを、出会えたこど、を、後悔、しで、いまず、が?」
涙声でつっかえつっかえになりながら問いかける。ビビリなのに、よく訊けたなあと頭の隅っこで、自分で自分に感心する。後悔している、と言われたらどうするつもりなのかは全く考えていない。ただ、言われたら、それはとても悲しいことだろうなあ、ということは、わかる。
少しの間、黙ってから、総悟くんは口を開いた。
「…テメェに、んなこと教える義理はねェ」
吐き捨てるように出された言葉は、肯定するものでもなかったけど、否定するものではなくて。
ああ、少し、後悔しているのかな。
そりゃあ、そうか。総悟くんは、これで身近な人を病気で亡くすのは二回目か。慣れろというのが無理な話だ。責任感がないように見えて、意外とちゃんと考えている総悟くんは、また何もできなかっただなんて、そんなことを考えたのかもしれない。あの時、わたしをホームから連れ出さなかったら、とか、新鮮な空気のある田舎に帰しとけばよかったとか、そんなことを、考えちゃう人なの。そんな人だから、わたしは。
「名前さんは沖田さんと交際して、出会えて、とてもしあわせそうでしたよ」
しあわせ“そう”じゃない。
しあわせ、だったよ。ううん、しあわせ、なんだよ。
「勝手な憶測でモノを言うんじゃ、」
「勝手じゃないです。他のことは何も信じてくれなくていいです、だから、それだけは、お願いします」
信じてください。
震える声を振り絞ってようやく出てきた情けない掠れ声を、まっすぐ総悟くんの顔を見ながら、届ける。
未来のわたしは総悟くんにお見舞いに来てもらうと、どんな辛い治療だって吹っ飛びそうになるくらい嬉しかったはずだ。憎まれ口を叩きながらお見舞いを渡してくれる総悟くんに、心の底から、大好きだと思ったはずだ。だって、それがわたしだもの。
二年後の、この時代からは三年前のわたし。
あなたも、そうだよね?
総悟くんは何を考えているかわからない瞳でわたしをじいっと見る。そして、つぶやいた。
「きもちわりィ顔」
憎まれ口を叩く総悟くんの口元は、少しだけ上がっているような気がした。
***
魘魅との戦いが終わった。曇天に覆われていた空にお天道さんが昇っていて、俺たちを照らす。
少し離れたところから、情けない声が聞こえた。
「こ、こ、怖かったァ…!!」
っとに、情けねェ声でさァ。
声の持ち主は、それを合図に、へなへなと地面に腰を下ろした。
俺はソイツに近づいて、声をかけた。
「よォ、久しぶり」
爽やかな笑顔を浮かべて、近づく。
「そ、そご、くん」
なのに、目の前のコイツは俺の姿を見てぎょっとしている。口元をひくつかせ、目ん玉からは今にも涙が零れそうだ。魘魅と戦っている時よりも怖そうじゃねえか。
小動物は弱い故に、生命を脅かす危険を察知する能力に長けているらしい。
危険を察知したのか。こんなに爽やかに笑っているのに。すげえなァ、旦那とはひとつ屋根の下で寝ていても、ザキや眼鏡と二人でどっか行っても働かねェ能力も、こういう時には反応しやがるのか。へーえ。
俺は目線を合わせるため、名前同様に腰を地面に下ろし、胡坐をかいた。
名前がヒイイイと小さく悲鳴を上げている。
「よくも騙してくれやがったなァ」
にっこりと笑って、そう言うと、俺は名前の頭を思い切り叩いた。
「ぬおおおおおお!!い、い、い…っ」
名前は叩かれた部分を両手で抑えて悶絶している。あまりの痛さでろくに声も出ないらしい。
「だ、騙すつもりは、っ」
言い訳を聞くつもりはなかった。そんな余裕はなかった。もう成人済みだろ、余裕を持てよ。冷静になれよ。とか、そんな言葉クソくらえだ。
名前の左手首を左手で掴み、右手を名前の後頭部に回す。
惚れた女の前じゃ、男はいつまでたっても、中二なんでさァ。
ちょっ、とか、待っ、とか色気ない声が名前の口から漏れるのもお構いなしだ。声ごと飲み込むようにして、名前の唇に齧り付く。酸欠で苦しいのか、目尻に涙が浮かんでいて苦しそうだ。わりィな。俺、そういう苦しそうな顔好きなやっかいな性癖だから、そんな顔見たら余計止まらなくなんでィ。まあ、大目にみてくれや。
三年ぶりなんだ。
お前は俺に毎日のように会っていたかもしれねえが、俺は、お前のままの姿のお前に会うのは、三年ぶりなんだ。
声も、匂いも、頬の柔らかさも、髪の感触も、舌の味も、とことん、しゃぶりつかせろィ。
俺を騙したり、俺を勝手に置いていったりした、お前が悪いんでさァ。
解放してやると、名前はものすごく息切れをして、ふらつきながら俺から少し距離を取る。真っ赤な顔はまるでタコのよう。タコ焼き食いたくなってきた。
「体力ねェな。俺より五歳若いんだろィ」
「そう、ゆう、もんだ…い、じゃ…っ」
「あー、確かにこれは年齢は関係ねェかもな。二十のお前はもうちょい、まあほんのちょいとだけど、ついてこれていたからなァ。まあこれから精進しろィ。あんなことやこんなこともしなきゃならなくなんだからよ」
「へ…へ!?はい!?え!?それ!?え…!?」
赤い顔がさらに赤くなって、名前は慌てふためく。それを見て、俺はブーッと噴出した。
んぎゃあ!きたな!と言って戦いで埃塗れになった唾つきの顔面を埃塗れの着物で拭く名前は滑稽で。
ああ、名前に出会えてよかったと、心底思った。
名前が死んだ時、頭が真っ白になり、そして、しばらく経つと、しくじったと思った。
なんで、白詛をもたらした奴を見つけられなかっただとか、どうせ無理だったのなら、もっと一緒にいればよかったとか、くだらねェことばかり思い浮かんで、次は、なにもかも、最初から間違いだったのではないかと思うようになった。
やっぱり俺は、壊すことはできても、守ることはできない人間で、そんな人間が、自分のエゴで、今度は守ってみせるから、と無理矢理ホームから連れ出した。それが、間違いだったのではないかと思った。
俺は幸せだった。名前と一緒にいられて。団子を食っただとかミントンをしただとか、そんな他愛もないことが、泣きたくなるくらいに、幸せだった。
でも、名前は?
俺と一緒にいなくたって、気立てのいいコイツなら、人並みの幸せを掴めたはずだ。それどころか、あの時空気のきれいな田舎に帰っておけば、白詛なんてならずにすんだかもしれない。
自責の念は、八つ当たりも含むようになっていった。
勝手にさっさと死ぬんじゃねえよ。ふざけんな。死なないよ、なんて言ったくせに。嘘ついてんじゃねえよ馬鹿女。お前が死んだせいで、眼鏡とチャイナの分裂をとめる人間もいなくなって、俺は、また。
肩の抜ける居場所というのは、すごい効力だと、名前が死んだあとで、知った。
姉上が亡くなったあと、アイツはずっと一緒にいてくれたから、気付かなかった。おかえりなさいと、穏やかな笑顔で迎えてくれる存在が、この世界にあるということが、とてつもない幸福だということを、気付いた。
アイツも俺に出会ったせいで死ぬ羽目になったかもしんねえ。
俺も、アイツに出会って、アイツのぬくもりを知って、変なしあわせを知ったから、こんなに苦しんでいるんじゃねえか。
馬鹿なことを考えるのはやめろ、と打ち消した。だが、一度生まれた考えは消える気配がなかった。
喪失感、自責、八つ当たりを繰り返し繰り返しなぞっていって、お前があのふざけた姿で現れた時、おちょくってんのかと本気でキレている俺に、お前は、
『名前さんは沖田さんと交際して、出会えて、とてもしあわせそうでしたよ』
と言って。
信じてくださいと泣きながら懇願してきたお前の一言でバカみたいに救われて、
今、お前が目の前にいて、お前の感触を確かめて、声をきけて、会話して。
それだけのことで、今までの悩みなんかどこか遠くへ飛んでいった。
偽りでもなんでもない。
出会えてよかった。
どんなに辛い思いをしようが、お前に出会えてよかった。
どんなに辛くても、お前に出会えたしあわせだけは、他の何にも埋められやしねえから。
「名前」
名前の名前を呼ぶ時の俺の声は、多分、少しだけ柔らかくなっているはずだ。宝物にさわるようにして、大事に、呼んでいるから。
名前を呼んで、頬に手を携える。名前の黒い瞳が俺を映す。
「十五年後、またな」
俺がそう言うと、名前の瞳が細くなって、
「…うん!」
ぽろっと涙を一つ零してから、大きく笑った。
世界が終わりそうな頃、あなたを迎えに行くわ
「やったあ!わたしの勝、えええええ!?」
「おおっと、手が滑ってひっくり返しちまった。まあ今回のオセロは引き分けで」