お願いです!どうしても人が足りないんです!

妙ちゃんに手を合わせてお願いをされた。どんなお願いかというと、一日スナックすまいるを手伝えとのこと。神楽はまだ幼いから駄目、九ちゃんはこの前のでこりごりらしいし、さっちゃんには何が何でもお願いしたくないらしい妙ちゃんのプライドにかけて、月詠に頼んだら自分の地位を脅かされそうだから嫌だ、とのことで、成人済みで、妙ちゃんと友好な関係を築いていて、ブサイクではないが絶世の美人ではない私に白羽の矢が刺さったということ。うん。嬉しくない選出方法だ。

ま、時給高いしいいか。と、思って引き受けたものの、人手が足りないからと頼まれただけあって本当に人手が足りなく、私は先程からあちこちを左右を行ったり来たり大忙しだ。

「え〜、そうなんですか〜?」

「すご〜い!」

この二つを甲高い声で交互に言っておけば会話は成立するからと言われたけど、まさか本当にその通りとは。男は、特にオジサンは自慢話が大好きなのだということを改めて確認した。松平さんわかりました。あなたが栗子ちゃんをかっこよくうんこから助けた話はわかりました。ん?うんこじゃない?ソフトクリーム?あれ?

まあいいや、と思い、私はまた口元で手を結び、絶妙のタイミングで答えた。

「すご〜い!」

「何してんでさァ」

そしてこれまた絶妙のタイミングで聞きなれた声が耳に飛び込んできた。

「…お、沖田くん」

振り向くと、私が普段弟のように可愛がっている沖田くんが背後に立っていた。とても白い目で私を射抜いてくる。松平さんが「おーう、沖田ァ、ここに座れェ。お前も呑めェ」と回らない舌で言う。

「わりィ、とっつあん。俺ァ、仕事があるんでねィ」

ガシャンッ

え。

私はぱちぱちと瞬きをした。

「気色悪ィもんを俺に見せた罰でさァ」

えええええええええええ!!

私の両手首には銀色に光る手錠がしっかりがっしりかけられていた。

「んじゃ、そういうことで。おら、立て」

「ちょおおおおお!?沖田くん!?落ち着いて!!落ち着こうか!!」

必死の抵抗も虚しく、私は沖田くんに問答無用で連行されてしまった。




私はパトカーの中で愛想笑いを浮かべ、猫撫で声で運転席でむすっと腕を組んでいる沖田くんに話し続けた。

「沖田くーん、これ、そろそろ外してくれない?もうそろそろ店に戻らないと」

「嫌でさァ」

沖田くんは簡潔にきっぱりと拒否する。無実の人間を手錠で拘束って…職権乱用ですかコノヤロー。

なんでこんなことになったのだろう…。私は沖田くんと比較的友好な関係だ。大の仲良しというわけではないが、道端で会ったら「おう、名前さん」「あ、沖田くん」と会釈をして、数分間立ち話をするぐらいの仲だ。このような嫌がらせを受けたのは初めてのことなのでどう対応すればいいかわからない。

「なんか、嫌なんでィ」

「なにが?」

「…あんたがそういう露出した格好で、色んな男に愛想ふってんのかと思うと、イライラするんでィ」

沖田くんは唐突にぽつりとそう漏らし、

「なんか、嫌なんでさァ」

訳わかんねーけど。

最後にそう締め括って、ハンドルに突っ伏す。

沖田くんがなんで私がキャバクラで働くのを嫌がるのか、私には皆目見当がつかない。当の本人だって何故なのかわかってないのだから、沖田くんじゃない私が沖田くんの気もちを理解することはできないけど。

沖田くんが嫌がっていることだけはわかった。

「わかった。私、もう働かない」

突っ伏していた顔が上がり、顔を私に向ける。亜麻色の髪の毛から見えた、少しだけ不安定に揺れている空色の瞳に、安心させるかのようにニッコリと穏やかに微笑んでいる私の姿が映っていた。

「大事な友達の沖田くんがこんなに嫌がっているんだもん。友達を傷つけてまでやることじゃないし」

ね?ともう一度微笑んでみせると、沖田くんがぽつりと口を開いた。

「ラーメン」

「ん?」

「ラーメン、食いにいきやせんか。この前俺の行きつけのとこ、あんた食ってみたいっつってただろィ」

照れ臭さを隠すかのように、いつもよりさらにぶっきらぼうな口ぶりで沖田くんは言う。

そういえば。一昨日、かな?

『ここ俺の行きつけのラーメン屋の味噌ラーメンなんでさァ』

『わー!美味しそう!!チャーシューでか!』

そうだ。一昨日だ。一昨日道端で偶然会った時、ラーメンの話になって、味噌ラーメンの写メを見せてくれたんだ。

食べてみたいな、と言ったことを覚えていてくれたんだ。

沖田くんは我が儘で他人のことなんてお構いなしなドS王子と世間には思われているし、実際にまあ、そうだけど。友達がラーメン食べたいと言った一言をきちんと覚えていてくれて、連れて行ってくれようとする。そういう優しい男の子でもあるのだ。

「うん、連れて行ってくれる?」

「おう、了解しやした」

と、言うと沖田くんはキーを回そうとした。が、その直前。何故か隊服を脱いだ。

「ほい」

パサッと上から露出を隠すように胸元に隊服を被せられる。ふわりと、鼻孔に沖田くんの匂いが舞い込む。

子供のように駄々をこねたかと思うと、こんな気遣いもできるんだから。


変な子。

不思議な子。


「んじゃ、出発しんこー」

間延びしたやる気のない声が続いたあとに、キーを回す音がして。私は少し熱い頬を隠すように被せられた隊服で口元を覆った。



されどきみは人にやさしい


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