わたしの彼氏さんは、いつも忙しい。

『近藤さーん…ってまたあの人、女んとこ行ってんのか…。ハァ…』

上司のストーカーっぷりに頭を悩ませたり。

『土方さんお疲れのようですねィ。いっちょ肩揉んでやらァ』

『なんで斬りかかってんだァァァ!!』

『肩なくなったら肩の疲れ自体なくなるでしょう?』

部下から命を狙われたり。

上にも下にも問題児を抱えて、頭を悩ませている中間管理職。そんな彼を少しでも癒してあげたくて、わたしは。


「さあ、今日は思う存分くつろいでください!」

自分の家に招きました。

「今日はお鍋にしたんです。最近ちょっと寒いですからね。あ、わたしが掬います。土方さんは何もしないでください、今日は一日中、わたしが土方さんにご奉仕します!」

笑顔を浮かべながら、お皿に大根やニンジンをよそっていく。土方さんはぶっと噴出した。

「どうしたんですか?」

「…なんもねえよ」

お皿をわたしから受け取りながら、やりきれなさそうにため息を吐く。やっぱり、土方さんはお疲れのようだ。今日はたっぷり休んでもらおう。マヨネーズを大根にかけて、犬のえさに昇華させている愛しの恋人を見ながら、固く誓った。

今度のお休みの日、わたしの家に来てください、と言ったら。何故か土方さんは目を丸くした。そして、ぽろっと口から煙草を落とした。嫌なのかな、と心配になって『嫌なんですか?』と訊いたら『いやお前別に嫌ってことはねーけどよ』と早口で言いながら、もう一度咥えた煙草に火を灯そうとして、何度も失敗していた。ああ、疲れている…とあの時も思ったものだ。

お鍋を二人で平らげたあと、片づけをした。土方さんは胡坐をかきながら腕組みをしたまま、微動だにしない。もっと寛いでくれていいのに…。わたしはタオルで手を拭き終わったあと、「土方さん」と呼んだ。

「…なんだ」

わたしは土方さんの隣に腰をおろした。正座をしたあと、太ももをポンポンと叩きながら、土方さんに微笑んだ。

「良かったら、この膝使ってください」

「…は?」

「枕にしちゃってください」

キキィィィィィッと。ブレーキ音が響いた。え、どこかで事故!?と、ぎょっとしながらきょろきょろ振り向くが、人の叫び声やパトカーのサイレンの音も聞こえない。どうやら空耳だったようだ。なんだったんでしょうかねえ、と土方さんに言おうとした時、土方さんは顔を片手で覆っていた。

「どうしたんですか?頭、痛いんですか?」

「…ある意味な」

「ええっ、それじゃ、猶更膝どうぞ!」

「えっ、おまっ、オイ!」

わたしは土方さんの頭を無理矢理掴んで、膝の上に置かせた。膝の上が温かくなる。

「耳掃除もしてあげますね。わたし、耳掃除うまいんですよ」

えっへんと鼻を伸ばしてから、耳かきを土方さんの耳にそろりと突っ込む。土方さんは「もうどうにでもしてくれ…」とぼやいていたのだけど、耳糞を探すことに一生懸命になっていたわたしの耳には届かなかった。

「うわー、でっかいですね!なかなかですよ!」

「そーかよ」

「耳掃除する暇もないくらい忙しいんですよね、土方さん。ほんといつもご苦労様です」

「そりゃどーも」

どこか感情が伴っていない返事。返事をするのも面倒くさいと思うほどに疲れているのだろう。可哀想に…。

「…土方さん、返事しないでいいから聞いてください」

そっと。言葉を紡ぐ。土方さんの負担にならないように、やんわりと。土方さんは返事をしなかった。わたしの言う事をきいてくれたことが嬉しくて、微笑みが零れる。

「わたし、こうやって、耳掃除したり膝枕したり、お鍋作ることしかできませんけど、苦しい事とか悲しい事とかあったら、いつでもわたしに言ってくださいね」

耳かきで、耳糞を掬いとっていく。こんなに格好いい顔立ちの人にでも、耳糞は生まれる。不思議だ。世の中は不思議で満ちている。悪名高い真選組の副長さんとわたしが付き合っているなんて、去年のわたしが知ったら吃驚して腰を抜かすことだろう。

「土方さんは、優しいから。ご自分のことを性格が悪いと仰っていましたけど、わたしは貴方ほど優しい人、他に知りません。少なくとも、わたしにとっては、あなたが一番優しいです」

土方さんとは鉄ちゃん経由で知り合った。鉄ちゃんはわたしの幼馴染。一族の誰もが見放していた、鉄ちゃんを、何の縁もゆかりもない、この人は、見放さなかった。

綺麗な白よりも、埃塗れの真っ黒な隊服が、輝いて見えた。自分といても幸せになれない、とわたしの告白を突っぱねられたとき、あなたにわたしの幸せを決めつける権利はない、とりあえず、三か月だけでもいいから付き合ってみてください、と啖呵を切ってみて、良かった。

「土方さん、とても、お慕い申し上げています」

もう何度目かわからない告白を、土方さんに届ける。土方さんの切れ長の瞳と目が合う。どきりと上にもちあげられる心臓に気を取られていると、後頭部に手を回された。優しく押される。土方さんの顔がどんどん近づいていく。

苦い味が、口いっぱいに広がった。

「…はい?」

唇が離れたあと、目を点にして、間抜けな声を漏らす。土方さんは、少しだけ口角を上げて、言った。

「返事しなくてもいいから、つったのお前だろ」

その笑顔は、少しあくどいもので。沖田さんよりは幾分マシだけど、この人も性格悪いのかもしれない。なんせ、バラガキと呼ばれていたくらいなのだから。真っ黒な瞳の中に、真っ赤になっているわたしを見て楽しげに目を細める土方さんを見て、そう思った。




ごっくん、げぼり


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