「…あ、」
何気なく時計に視線を走らせると自然に声が漏れた。
時計の針は十二時ちょっと過ぎを指していた。
もうこんな時間かあ。どうりでお腹が減ったはずだよ。と納得する。
わたしは桜柄の風呂敷を開けてお弁当を取り出した。
仕事机も兼ねている火燵の上に置き、蓋を開けるとから揚げの良い臭いが鼻をくすぐり、だらしのない笑顔が顔面に広がる。
ああ…久しぶりの…肉!鳥だけど、肉!!
頓所の食堂のおばちゃんから余った食料をもらって作ったお弁当だから家計にも優しい。今頃銀ちゃん新八くん神楽ちゃんも久しぶりの肉で喜んでるんだろうなあ。
※その頃の万事屋
「肉ぅぅ!肉ぅぅ!」
「小春が真撰組(カス)で働くのは嫌だけど小春が真選組で働いてくれてよかったアル!」
「小春さんんん!お通ちゃんの次に素敵な女性ですぅぅ!!」
けど、から揚げは最後に食べようっと!
わたしは好きな食べ物は最後まで取っておく主義なので、から揚げを端っこに大事に寄せて置いて、とりあえず卵焼きを食べることにした。我ながら絶妙の甘さの卵焼きだわ〜と自画自賛しながら卵焼きをもぐもぐと食べていると、突然襖が開いた。そして目にも留まらぬ速さで火燵の中に何者かが入る。
「へ、え、な」
「黙ってろィ」
何がなんだかわからずうろたえていると火燵の中から、くぐもった聞き慣れた声が聞こえた。
「お、おきたさ「黙ってろっつってんのがわかんねェのか?」
すみませんいますぐ黙りますなんなら生涯喋りませんだから殺さないでェェェ。
ちょっと立つとどたばたと走る音が近づいてきた。
「隊長ォォォォ!どこですかァァァァ!?」
「またサボりやがったな隊長ォォォォ!」
一番隊隊員らしき人が廊下を駆け回って沖田さんを探している、らしい。
その中の一人の人と目が合ってしまい、わたしは「小春ちゃん、沖田隊長知らない?」と聞かれてしまった。
もちろんわたしが言うべきことは決まっている。
「知りません」
こう言わなきゃわたしは天国へのチケットを手にしてしまう。
隊員さん達は肩を落として、また沖田隊長ォォォォと叫びながら去って行った。
「やれやれ、やっと行きやがったか」
やっと火燵から出てきた沖田さんは、肩をポキポキと鳴らしたりぐるぐると腕を回したりしていた。
「あーあったけェや」
そして火燵の机の部分に頭を乗せた。
なんかこの人、かんっぺきにくつろぎ始めてるんだけど。
いっこうに出ていく気配ないんですけどォォォォ!
沖田さん恐怖症のわたしはさっさと沖田さんに出ていってもらい、のどかなお弁当タイムを再開したいのだが、彼はわたしの意に反してくつろぎ始めている。
沖田さんと一緒に火燵とか何の罰ゲームなの怖いよ怖すぎるよォォォォ。
「それ」
「はははははい!」
「それ、お前が作ったのかって、聞いてるんでィ」
それ、って…。
沖田さんの視線の先に、わたしのお弁当があった。
「え、あ、はい。そうです」
「へーえ」
…と訪れる沈黙。
なんか…前もこんなことあった気が…!デジャヴュ!?
「なんで食べないんでィ」
「あ、は!そそそそうですね!」
ハハハと乾いた笑い声を上げ、わたしはお弁当を食べ始めた。
最初は緊張でなかなか喉を通らなかったが、食べること大好きなわたしは緊張すらも忘れて、しだいに食事を楽しみ始めた。
おいひい…。しゃーわせえ…。
「お前って幸せそうに食うな」
「よく言われます」
「好きなモン、最後まで残す派かィ?」
「はい」
緊張感がなくなったので、いつものように挙動不審になることもなくわたしはスムーズに質問に答えることができた。
さーて。次はお楽しみのからあ――――。
お箸でから揚げを取ろうとした瞬間、長い指がから揚げを掠めとった。剣ダコが痛そうだなあ…ってえ!?
目ん玉がこぼれ落ちそうな勢いで目を見開いたわたしの先には、もぐもぐとから揚げを頬張る沖田さんの姿が。
あ、あ、あ、あ。
口をぱくぱくと動かし、声すらも出すことができない。
沖田さんはげふっとこれみよがしにげっぷをし、
「ごちそーさん」
と無表情で言って部屋を出ていった。
心なしか、ほくそ笑んでいる気がした。
しあわせって世界の端っこにあるのね
イジメ、ダメ、ゼッタイ。
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