臆病者の恋愛歌 | ナノ


きゃるるうがごおおおお

これは定春の唸り声でも怪獣の雄叫びでもない。

神楽ちゃんのお腹の虫の叫び声だ。


「…うがああああ!!もう堪えられないアル!!」

続いて神楽ちゃんも叫びだした。ソファーに寝転んで突っ伏しながらじたばた暴れる。

「お腹空いたアルお腹空いたアルお腹空いたアルゥゥゥ!!」

万事屋はかつてない食料不足だった。ここ二ヶ月、仕事がろくにきてない、プラス、銀ちゃんのパチンコ狂い、プラス銀ちゃんの無駄酒、プラス、神楽ちゃんの食費、プラス、定春のえさ代で、万事屋の家計は火の車だった。節約のため、ここ二週間毎日朝昼晩おにぎりだったのだ。
神楽ちゃんは夜兎だし、成長期だから比較的大きなおにぎりにしたし、たくあんもつけたのだが、彼女のお腹の虫は、やはりあれでおさまる器ではなかったようだ。

「うっせえええ!俺だって我慢してんだよ!パフェ我慢してんだよ!俺の銀色の魂が糖分摂取したがってんのに我慢してんだよ!俺を見習って大人になれ!」

神楽ちゃんの泣き言が、この二週間ろくに甘いものを食べていなかった銀ちゃんの苛々を爆発させてしまったようだ。
ちなみに全然大人じゃないよ。八つ当たりしてる時点で大人の“お”の字もないよ。

「黙れクソ天パァァァァ!お前が甲斐性無しだからわたしと小春が今こんなに苦しんでるアル!」

「てんめえええ!よくも俺のコンプレックス刺激しやがったな!!わざとらしい中華喋りしてキャラ付けすんなこのアル中娘が!!何?アルって何?何?鋼の錬金術師?」

「銀ちゃんこそなんで着物片方脱いでんの?なんでちゃんと着ないの?それカッコイイと思ってんの?」


…ああ…。

もうじき、ここは乱闘になるな…。


と、わたしは悟って、二人が口喧嘩している間にそっと万事屋を抜け出した。
扉を閉めた瞬間に爆発音が響いた。
うん、わたしって危険察知能力は高いよね。
そして、銀ちゃんと神楽ちゃんの喧嘩…怖いよおおおお。


わたしは街中をあてもなくてくてくと歩いた。

銀ちゃんも神楽ちゃんも、可哀相だよなあ…。
わたしはまだおにぎりでなんとかなるけど、銀ちゃんは大人の男の人で、神楽ちゃんは夜兎で成長期だから、足りないだろうし。

二人のことを不憫に思って、ため息をつく。

お金が欲しいなあ…。漠然と、そう思った時だった。


「えー、短期だしー、時給いいしー。超良くね?」

「あ、でもー。ちょっと見てー。ここさあー」

“時給いい”

その言葉は今まさに、わたしが一番欲しているもの。

ルーズソックスを履いた焦げたパンみたいな女の子達が電柱に貼られた紙を見てきゃいきゃい騒いでいる。彼女達の会話を察すると、バイトの広告だろう。

「…あ゛ー。やっぱ、無理ー」

「…うん。だよねー」

「あー、いいバイトないかなー」

女の子達は電柱に背を向け、すたすたと去って行った。

わたしはすかさず電柱に近寄り、その貼紙を見る。

…うん、うん!
え、ここ時給いいし条件いいし最高じゃん!!

貼紙の内容は、簡単な書類の整理のバイト募集だった。内容が簡単なわりに、時給は高い。ここで一ヶ月働いたら万事屋の三ヶ月分の月収だろう。

しかし、わたしは次の文字を目にして愕然とした。


うまい話には、裏がある。

田舎の父ちゃんが、よく言ってたな。ハハ、アハハハハハ…。
やっぱりこのバイトはやめよう、と踵を帰した時。

『お腹すいたアルゥゥゥ』

『糖分んんんん』

と、言いながら路頭に迷う二人が思い浮かんだ。

……あああっ!もう!
やるよ!やればいいんだろコンチクショー!!



***


「総悟ォ!てめーまたサボってやがったなあああ!?」

土方アンチキショーの不快な声が耳に纏わり付き、俺が縁側で昼寝しているのを妨害してきたので思わず眉を潜めた。アイマスクしてるからよくわかんねえだろうけど。

「本当土方さんはおっちょこちょいだな〜。今日は日よ「今日は木曜だァァァァ!!」

ち、みなまで言わせろよ。死ね土方カス土方。

「てめえ本当俺をどこまでもなめくさ…はあ、もういい」

土方さんは手の平で顔を覆い、ため息をつき、怒鳴るのをやめた。

「おら。さっさと起きろ。行くぞ」

と、土方さんは促す。俺は訳がわからず首を傾げた。

「行くって…どこにですかィ?」

「いいから着いてこい」

土方コノヤローに指図されるのは胸糞悪くて仕方ない。

が、“今”はこいつが副長で俺より立場が上なので、不服窮まりないが仕方なく着いていくことにした。


―――ドゴォォォン!!


一発バズーカぶっぱなしてから。


「ありー。手が滑っちまいやした。すいやせん、土方さん」

間一髪で床に伏せた土方さんに棒読みで謝罪を口にする。当たればよかったのに。死ねばよかったのに。

「……総悟ォォォォ!!」

土方さんがこめかみに血管を浮かべ、怒りを露にして抜刀する。

「おおっと。土方さん。局中法度で“頓所での抜刀は非常時以外禁じる”みたいなの、ありやせんでしたかい?」

「バズーカをぶっ放したてめえを粛正する非常事態だからいいんだよ!」

待てコラァァァ!と土方さんが刀を構えながら迫ってくる。俺はひらりと身を交わしながら器用に逃げていく。

しばらく土方コノヤローと遊んでやっていると、

―ゴツン!

頭に拳が振り落とされた。


「お前ら何遊んでんだァァァ!学級閉鎖時のテンションかコノヤロー!!」

頭上で近藤さんががみがみと俺を叱る。土方さんに目を遣ると頭を抱えて悶えているところを見ると、奴も近藤さんに鉄拳を奮われたようだ。ざまあみろ。

「ったく。いやあ、すまんな。小春くん」


―――“小春”?

首を持ち上げると、そこには。

「って、小春くんんん!?なんで涙目!?なんで歯ァがたがた言わせてんの!?足がっくがくじゃん!?」

「ちょっ、ちょっとババババイオレンスな場面わわわわわたし苦手でして…アハ、アハハハハハ。ババババズーカとかかかかかたながあばばばば」

女を宥めようと泡を食っている近藤さんと、今にも恐怖で卒倒しそうな面をしてやがる、あの女がいた。

ずっと女に視線を注いでいると、ふいに女とばちっと目が合った。
女は顔色をさらに青くさせたかと思うと、唐突に頭を下げた。




「こ、ここここれから!少しの間真選組の経理とか事務とかささささささせていただく、山川小春と申します!!ふふふっつか者ですがよろしくお願いいたしますでございまするですます!!」








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ふざけた広告が色鮮やかに、脳裏に浮かんだ。




ファーストコール


「小春くん!挨拶フライングし過ぎ!」

「はっ!すすすみ、すみませんああああのそのわた「…あ゛ー。もういいからさっさと部屋に入れ」

「はははははい!」






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