「はあ、はあ…っ」
走りすぎて呼吸が荒くなり、目眩すら感じる。それでも、わたしはこの脚を止める訳にはいかない。もつれそうになる足をしっかりと持ち直し、さらに前へ前へと足を運んでいく。
「待てオラ小娘がァァァァ!!」
「おとなしく捕まれやボケェェェ!!」
「絶対嫌だあああああ!!」
こういう訳です、ハイ。
万事屋は、今まで何回も人を助けてきた。しかし、人を助けるということは誰かの恨みも買いやすいということでもある。
だから、こんなふうに、人相の悪いおじさん達に追い掛けられることも、これが最初というわけではない。
最初じゃないけど、それでも怖いよおおおお!!
わたしは涙と鼻水を垂らしながら、とても十八歳の乙女とは言えない顔面を晒しながら、爆走していた。
妙ちゃんと新八くんに、護身術は一通り教えてもらったけど、大の男二人を相手にするのは、わたしの実力では無理だ。みんなみたいに大の男何十人も相手できる方が異常なの!わたしが普通なの!!
わたしはすみません!と心の中で謝り、見知らぬ人の家の垣根を飛び越えた。わたし、身軽なんですよ。かっこどや顔。
あ、でも、わたしがこの家の垣根を飛び越えたことに気づいて、あのおじさん達も飛び越えてきたら、この家の人達にすごい迷惑がかかる…!どうしよう…!
顔がサアッと青くなっていくのが実感できる。わたしは自分の馬鹿さ加減が、ただただ情けなかった。
「小林!あの娘、ココを飛び越えやがったぽいぜ…!」
ああ、気づかれた!!
わたしは目をギュウッと強く閉じた。
「野郎、考えやがったな…!」
、え?
チッという舌打ちと、ずらかるぞ、という古臭い捨て台詞を残し、バタバタとおじさん達が駆けていく音が聞こえた。
どういうことだろう?と、わたしが首を傾げていると、背中に人の気配を感じた。
なんか、この威圧感…感じたことある…。
わたしは、ゼンマイ仕掛けのロボットのようにぎこちなく、ゆっくりと首を回していくと、
「不法侵入で逮捕してほしいんですかィ」
ニタリと微笑む悪魔がいらっしゃった。
***
「そうか…それは君も災難だったね。それにしても、こんないたいけな少女を追いかけ回すとは、外道な!!」
近藤さんは拳をギュウッと握りしめて、怒りを露にする。
その気持ちはすごく嬉しい。けどね、近藤さん。嫌がる女性を追いかけ回すという行為は外道じゃないんですかね?という突っ込みは匿ってもらってる手前、心の中で留めておく。
「よし、今から万事屋に連絡して迎えに来てもらうか」
「…いや、すみません。それ無理です。今…うちんち…電話代滞納してて…その…止められ、てて…」
「…あ…すまない…。なんか、余計なこと聞いて…」
「いや、全然、いいんですよ…」
電話代滞納してて、電話を止められているという事実を話すことは、予想以上に恥ずかしかった。帰ったら銀ちゃんの湯呑みに、めんつゆをいれてやる。
「…うーん、そうか。それじゃ、誰か暇な隊員に君を万事屋まで送らせよう」
「え、そんな!そこまでしなくてもいいです!そんな迷惑かけるつもりじゃ…」
「もう既にかけてるだろうが」
低いバリトンボイスが部屋に響く。続いて煙草の煙を吐き出す音も。
土方さん。わたしの怖い人ランキングNo.2。そんな人にそう言われたもんだから、すっかりわたしは恐縮しきって「す、すみま、すみませ」と呂律も回らなくなり、謝ることもままならなかった。
「お前をこのまま一人で帰して、それで奴らにお前が拉致されたら、真選組出動になって大事になる。それこそいい迷惑だ。だからお前は黙って送られろ。いいな」
「はははははい。わわわわかりましたそうさせて、いただき、いただきます」
「よし、それでよろしい!」
近藤さんはニカッと歯を見せて大きく笑った。
嗚呼、マイオアシス近藤さん…!今度妙ちゃんに殴られてたら、いち早く介抱してあげよう!(※殴られているのをなんとかしようという気は毛頭ない小春)
近藤さんは小春くん、とわたしを手招きした。
「トシは言い方はきついが、君のことを心配してるんだ。わかってやってくれないか?…全く、不器用な奴だ」
と、近藤さんは困ったような笑みを浮かべて、小声で言ってきた。
なかなか信じがたい話だが、近藤さんが言うからには、きっとそうなんだろう。
それに、土方さんは銀ちゃんと少し似ているから、うん。信憑性は高い。
そう思ったら、急に親近感が沸いて来たので、
「ひ、土方さん」
「あ?」
「あ、ありがとうございます」
怖がりながらも、ぎこちないけれど、笑うことができた。
「何のことだか、わかんねーな」
土方さんは立ち上がって、部屋を出て行った。
…うん、銀ちゃんに、少し似てる。土方さんは、怖いだけの人じゃない、はず!
「んー、誰に送らせようか。山崎とかにするかな」
「あ、山崎さん!」
「ほう。小春くんは山崎と親しいのか?」
「はい。少なくともわたしはそう思っています。山崎さんからはいつもミントンを教わってい、ぐえっ!!」
突然、着物の襟首を、死ぬかと思うくらいに強く捕まれた。
しまった、何もしてこないから、油断してた…!
こんな酷いことをする人物は、この部屋にはただ一人。
「じゃ、行ってきやーす」
「お、沖田さ…首が、首が死に…!」
「あー、聞こえねえなあ?」
わたしは白目を剥き、泡を噴いたまま、沖田さんにズルズルと引っ張られていった。
「…あいつは、トシ以上だなあ」
近藤さんが苦笑しているのを、わたしも沖田さんも、知らないまま。
不器用は罪
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