知っていると思うけどね、わたしは、バカなの。
今思えばね。沖田さんは近藤さんが危険な目に遭っても、それを人のせいにするような人間ではないの。たとえ実際にその人のせいだとしても自分のせいだと思い込むような不器用な人なの。
そのことに気付けなかったのは沖田さんからの拒絶にショックを受けすぎていたからなんだろうけどさあ。ああ、わたしはバカだ大馬鹿だ。いやでも言い訳させて。好きな男の子に、たとえ建前でも拒絶をされたんだよ?パニックになったって仕方ない、よね?
そしてわたしはバカなうえにものすごく欲深いんだ。
あれだけ拒絶されたのに、実は、また沖田さんと仲良しの関係に戻りたいって思っていたんだ。謝りたいと思った。わたしのせいで迷惑かけてしまってごめんなさい、って。確かに謝罪をしたかったのは本当。でも、それだけじゃなかったの。
謝って、許してもらって、また傍にいさせてもらおうと、心の隅っこで考えていた。
臆病でバカで欲深い。こりゃもう非の打ちどころがありすぎるね。
でもね、銀ちゃん。
だから、嬉しかったの。本当に。
最初は嘘だって思ったの。わたしのこと好きだって。でもね、すぐわかったの。沖田さんの声を反芻したらすぐにわかった。声で気持ちがわかるなんて半信半疑だった。だって嘘くさいじゃん?でもね、あの時の沖田さんの声がね、すっごくね、泣き出しそうだったの。
それで、思い出したんだ。沖田さんは自分を嫌わせてでもね、人の身を案じてくれる人だって。でも、わたしそんなのいらない。わたしの身なんか案じなくていいから、わたしを欲しがってほしい。わたしのこと好きでいてほしい。
怖いことにあうことが今でも嫌で仕方ないのは本当。でも、もっと嫌なことができたの。
沖田さんが、わたしの傍からいなくなっちゃうこと。
銀ちゃん内緒だよ。今わたしが言ったこと。
「だ、そうで。よかったなァ」
気づいてやがったか。チッと盛大な舌打ちを鳴らし、襖を乱暴に開ける。が、山川は全く起きる気配なしだ。山川は真っ赤な顔を旦那の膝に置いて呑気に寝ている。鼻の穴にポッキーぶちこんでやろうか。
今日は真選組の忘年会だった。忘年会という名の酒をかっくらうだけの日だが。
『お酒ってそんなに美味しいんですか?なんだかんだでお酒呑んだことないんですよ、わたし』
と山川に訊かれ、見るからに弱そうだが俺と同い年だし興味津々そうだし、一杯くらいなら…と思って、呑むか?と訊いた。山川ははいっと笑顔で頷いた。
それが、間違いっつーか、あれだった。
気づいたら、山川は一杯飲みほしていた。空になったコップを両手で持ってひっくとしゃっくりを上げている。一杯でよくそんな赤くなれんな…と驚いていたら、山川は俺の方を向いた。そして、次の瞬間。
ふんわりとした石鹸の匂いが俺を包み込んでいた。
ぎゅっと首に回される細い腕。頬にかかる黒い髪の毛がくすぐったい。
『沖田さ〜ん。でっへっへ〜』
おい。ちょっと待て。こいつ。
『沖田さ〜ん』
一杯で酔ったのか。
俺と山川はあれから恋人同士という関係になったが、あまり前と変わっていない。一緒に昼飯食って、ゲームして…。この前チャイナと出くわした時『小春になんか変なことしてねえアルな?』と凄まれたので健全なおつきあいの内容を話してやったら『ぷっぷー!だっせー!だっさいアル!!中学生日記アル!だっせー!』としこたま笑われた。殺そうかと思った。
チャイナみたいなガキにバカにされるようなお付き合いを、していたのに。
山川は今俺の膝にすとんと座り、首に腕を回している。俺の胸に頭を猫みたいに押し付けている様は猫みたいだ。髪の毛から“女”の匂いがする。
『おい、ちょっと、落ち着きなせェ』
山川の肩を持ち、軽く揺する。それにともなって細い首がぐらぐら揺れる。
『目がまわりゅ〜。楽しい〜』
山川は俺の膝の上で体制を変え、膝をたてる。山川の膝小僧が俺の膝にすこし食い込んで痛くて、目を遣ると、なげえ足袋(ニーハイの足袋バージョン)と袴(ミニ)の間から少しだけ覗く白い太ももが、視界に飛び込んでくる。酒とは違う熱が俺を支配する。
これ以上はマジでやべえ、と言おうとした時、はあっと耳元に息をかけられた。酒臭くて、生温かい。
『たのひいですねえ、沖田ひゃん』
こみあげてくる本能と戦って、俺はかろうじて勝った。
無言で山川の腕を首からはずし、すくっと立ち上がった。ぼんやりと俺を見上げる山川の頭を軽く叩き、頭冷やしにいくぞ、と無理やり立たせた。足元がおぼつかずふらふらしていて危なっかしかったので背中と太ももの裏に手を回し、抱きかかえる。ふざけた名称で言うといわゆるお姫様抱っこっつー痒くなる抱き方。…おえ。襖を乱暴に足で開けた。どんちゃん騒ぎで隊員の誰も気づかなかったのが、幸いだった。
こんな姿、他の奴に見せて、たまるか。
それから自室に運び込んで水飲ませて旦那を呼んで。これ以上山川の傍にいると、自分が何しでかすかわかんねえから襖の外で、いろんな熱を冷ましていたら。
これだから、っとに。
今ほど自分が感情の出にくい部類人種でよかったと感謝したことない。
ずかずかと部屋に入り込み、山川に近づいて、
「ばればれでさァ、バーカ」
と吐き捨てて、ぺしっと額をたたいてやった。
「っつーかなんでこいつ旦那の膝で寝てんでさァ」
「あれ?苛々してる?嫉妬しちゃってる沖田くん?」
ガシャンッ。
「お巡りさんを苛々させたっつー公務執行妨害で逮捕でさァ」
「ちょおおおおおおおおお!?」
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