臆病者の恋愛歌 | ナノ


欲しいと手を伸ばすことが昔から怖くて怖くて仕方なかった。

拒絶されて傷つくのが怖くて仕方なかった。

欲しいと手を伸ばすことすらしないのに手に入らなかったら腹が立って悲しくて仕方なくて。

これはそんな臆病なガキが欲しいと手を伸ばして駄々をこねた、なんてことのない一日の話。


携帯がポケットの中で震えた。安眠をむさぼっていたところの電話だったので無視しようかと思ったが一向に鳴りやむ気配もなかったので舌打ちをして通話ボタンを押す。ワンギリしてやろうと思ったところでだらしのない声が聞こえた。

『もしもーし。総一郎くーん?』

「…なんでィ、旦那。つーか俺の電話番号どこで知ったんさァ」

『細けえことは気にしなさんな。あれ?寝てた感じ?おいおいお巡りさんちゃんと市民の安全守ってくれよ。だから税金泥棒言われるんだぜ?』

「ハイジのように夢遊病になりながら市民の安全を守ってんでさァ。っつーわけでそろそろクララに心配されんでさいな『小春見合いするってさ』

今一番聞きたくなくて聞きたい名前が、結びつかない単語と結びついた。

「、は?見合い?」

『わっかりやすいくらいに慌ててんなァ』

嫌らしいニタニタ笑いが電話越しから伝わる。が、そんなことに腹立っている余裕さえなかった。

『今駅に俺らいてよ。帰るんだとよ。実家に。まあ相手のおと、』

あとの言葉を聞く余裕も今はなかった。電源ボタンを乱暴に押し、隊服の上着を羽織る。パトカーの鍵を引っ掴み、あとはもう無我夢中で。






欲しいと、手を伸ばすことが怖かった。





















「っはあ、はあっ、何を…なにをするんですか沖田さんんんんんんんんんん!!」

目の前には真っ赤な顔で自分の首元の首輪を指さして泣きながら抗議する山川の姿。どうしてこうなったのか、いやどうしてこうしたのか自分でもよくわからねえ。


ただ。こいつが見合いするのかと思うと。

こいつの幸せだとか安全だとかを願う気持ちとか、俺が傍にいたら危険だとか、そんな理性は軽く吹っ飛んで。

以前、こいつから聞いた故郷の話を頼りに山川が乗るであろう汽車を無心で死にもの狂いで探して、山川の姿を見つけて。なんか気が付いたら(ド)エスコート用の首輪をこいつにつけて、こんな人気のないくさっぱらまで強制連行していた。

「何してんだ俺」

「いやそれはこっちの台詞ですと言わさせていただきますね…!」

息切れしながら抗議をする山川を、ただ、ぼうっと眺める。

山川はああもう汽車代無駄になっちゃった…ううあれで何買えただろう…と頭を抱えてぶつくさ言っている。

僅かな期間しか会ってないだけなのに、長い期間会ってないように感じる。黒い右で一つに纏めたくせ毛が風に揺れている。白い肌は走ってきたため風呂上りみたいに真っ赤になっていて。

こいつを作る、ひとつひとつが、とても。

「悪ィ」

、え?と山川が目を見開く。俺は山川の肩に額を載せた。山川が息を呑んだ音が聞こえた。

悪ィ。本当に。悪ィ。




知っていたけど、認めたくなかった感情。

だって癪じゃねえか。

俺の中に俺に何の断りもなく居座って、かき乱して。

でももう限界で。これ以上拒み続けるのは、ちときつい。




コップにこれ以上水は入らない。



するりとコップから水が、あふれ出た。







「好きだ」



言葉にしたらとても簡単な単純な想いだった。




今更、何を言っているんだろうと、我ながら呆れる。

あれだけひどいこと言って傷つけて泣かせて。

幸せのひとつも願うことができねえくせに。


「俺ァ、何もアンタにできねえ。甘い言葉っつーのもかけてやれねえ。おもしれえことを言って笑かすこともできねえ。安全を約束するなんてことも、できねえ」

淡々と思いを零していく。

もう水は溢れるだけだった。


「何もしてやれねえけど、傍に、いてほしいんでィ」


ムンクのように怯える顔。

怖がりながらもぎこちなく笑った顔。

好物をとられて泣きそうになっている顔。

俺の髪をきれいだと言ったうっとりとした顔。

焼き芋をリスのように頬張っている顔。

俺を心底恐れて恐怖におののいた顔。

仲良くしてくださいと懇願した顔。

姉上を思って、俺を思って、泣いた顔。

俺を見て安心したようにふっと笑った、顔。

数え出したらきりがないくらい、いろんなお前の表情を見ているのに、もっともっと、違う表情も見たいと、願ってしまう。

ああ言っちまった。後悔が襲ってくる。額を山川の肩から離し、顔を上げて、山川の顔を見る。

答えはもうわかっていた。

「タコみてぇ」

ふはっと笑いが漏れる。山川はタコのように顔を茹で上がらせ、今にも泣きだしそうな顔をしていて、潤んだ瞳は俺のことを見ていて。

ぽろぽろ涙と一緒に不満を滝のように流していった。




ひどい、ひどいです沖田さん。

近づくなって言われてわたしがどれだけ悲しくて辛かったと思っているんですか。

心臓がちぎれそうなくらいだったんですよ。

甘い言葉とか安全とか、なんですか。

わたしが、いつそんなことしてほしいって言いましたか?


「わたしは沖田さんの傍にいたいって前からずっと、ずっと…っ言ってるじゃないれすかああああああ」


嗚咽混じりに必死に紡がれた言葉は滑舌が悪くて何言っているのか聞き取りづらい。そのうえわんわんガキのように泣き始めたからうるさくって仕方ない。

「うっせえよ。しょうがねえだろィ。俺ァ頭わりーんだから、んなことわかんねえよ」

ハンカチなんてもん俺は持ってないから隊服のスカーフを抜いて、乱暴に山川の顔を拭く。ふぐっとかむぐっとか色気のない声が漏れる。

こいつの気持ちはもうわかっていた。俺ァそんな鈍感な方じゃねえ。薄々気が付いていた。確信したのは、謹慎処分を受けたのにもかかわらず隙を見て山川に絶縁宣言しに行った時だ。

山川は俺のせいであんな危険な目にあったというのに、俺の姿を見て目を輝かせて嬉しそうに俺の名前を呼んで。

こんなことになっても、まだ俺を受け入れてくれる。

嬉しいという感情よりも怒りのが勝った。

馬鹿じゃねえのか。お前は俺のせいで、お前の大嫌いな“危険な目”にあったつうのに。なんでまだ俺を慕うんだよ。ああ、なんで。

なんで俺は惚れた女ひとり守れねえんだよ。

こんな男に惚れている山川が不憫に思えて、こんな男に惚れていたら山川はいつまで経っても幸せになれねえと思ったのに。あの糞チャイナに誰もお前が小春を守れるなんて期待ハナからしてないと怒鳴られて。…あのクソガキひでえ言いようだな。次会ったら今度こそ決着つけてやらァ。

でも、まあ、今回かぎりはちょっとくらい感謝してやらなくも、ねえ。

そらそうだ。こんな我が儘男に、この能天気な女はハナから何も期待してねえや。

ただいっしょにオセロしてほしい、とか、そんなの。ガキかてめえは。

そんなガキみたいな女なのに、他の男のモンになると知った瞬間色んな感情が吹っ飛びやがった。ビビりの俺が初めて何も考えず正面から欲しいと、手を伸ばしてしまった。

俺をこんなんにしたのはお前でさァ。

だから、観念しなせェ。

ちっとくらい怖いことにあっても、まあ、我慢しなせェ。

今度こそ、俺が守るから。

これは決して山川を想っての感情じゃねえ。

“俺”が山川を守りたいっつーただのエゴだ。

他の野郎にこの役目を渡すつもりはさらさらねェ。すいやせん姉上。俺我が儘なところ一生治せません。

でも、まあ。

こんな我が儘男に惚れるっつー奇遇な女もいるんで。

山川なら姉上も喜んでくれますよね?

「おっ、沖田さん。擦りすぎです痛い、痛いですうう!」

「わりーわりー」

「棒読み!!」

「っつーか、それよりも」

俺は山川に鼻と鼻がくっつきそうなくらいに顔を寄せた。山川はへっ!?と抜けた声を漏らし顔をまたタコのように茹で上がらせる。

「俺、お前から好きって聞いてねえ」

山川は…と黙りこくったあとぼんっとさらに顔を赤くさせ(まだ赤くなるのかと感心した)とうとう頭から湯気があがりはじめた。

「そっ、それはっ、もっもうわかってるからいいじゃないですか!」

手遊びをしながら目を泳がせ忙しないこった。

俺は山川の手遊びをする両手を片手で取り押さえた。小さな手だから簡単に取り押さえることができた。

「無理。言ってくれねえとわかんねェ」

「わっ、わかっているじゃないですか…!」

「あーそっか。惚れてんのは俺だけか。あーあー。ふられやしたー」

「わ、わかりました!言います言いますから!!」

山川は大きく深呼吸をし、えーとかあーとか呻いたあと。真っ赤な顔になって、目をぎゅうっと瞑って、耳を澄ませないと聞こえないような掠れた声で呟いた。






ピッ。






「やーいい動画が撮れた撮れた」

俺は“録画完了”の画面を見て満足する。山川はしばらくポカンと口を開けていたが、だんだん状況を理解したようでサァッと顔から血の気が引いていった。

「ちょっ、沖田さんんん!なにっ、なにして、えっ!?何を…!?」

「お前の俺への熱い愛の告白を録画したんでさァ」

「ちょっとおおおおおお!?あなた本当に最低ですよ!?」

「さーてと。笑顔動画に投稿してきまさァ」

「いやああああああああああああ」


懸命にジャンプを繰り返して携帯電話を奪い取ろうとする山川をひょいひょい躱す。


馬鹿じゃねえのか。

潤んだ瞳。赤く染まった頬。熱を帯びた声。

お前のこんな姿他の奴に見せられるわけねえだろィ。

お前が誰かに好きだと伝える時の顔は、俺だけしか知らなくて、いいんでさァ。


「お願いします!それだけは!それだけはあああああああああ」

「見合いなんかしようとするお前が悪ィ」

山川はえっと目を見開き、ジャンプをするのをやめ、首を傾げる。

「なんで知ってるんですか?」

惚れられている野郎に見合いをするということを知られているのにもかかわらず能天気な物言いにイラつき「お前んとこの馬鹿旦那がわざわざ教えてきたんでさァ」とつっけんどんに返す。

「いやあ、確かにするっちゃあするんですけどォ。父ちゃんがせっかく縁談組んでくれたんだからでないと父ちゃんの体裁が悪くなりますし」

山川はぽりぽりと頬をく。こいつ俺をおちょくってんのか?とさらにイライラが増したところで山川はさらりと言いのけた。

「でもお断りさせていただくつもりでしたよ?失礼じゃないですか。他に好きな人がいるのに婚約するなんて」



…あ゛ー。

このアマ、っとに。



俺は力が抜けてへなへなと顔をうずめてしゃがみこんだ。


「おっ沖田さん大丈夫ですか!?体調崩されたんですか!?」

「旦那ぜってえ殺す」

「え!?ちょっ銀ちゃんと何があったんですか!?」










ほら、これはただの。


臆病者が臆病者に惚れた惚れられたっつーだけの、とりとめのねえ話。














「好きです。好き。大好き。沖田さん」


臆病者の恋愛歌

fin.

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