臆病者の恋愛歌 | ナノ



「あの…父ちゃんもうそろそろ離して…」

「ごめんよ…っ!来るの遅くなって本当にごめんよ…っ!」

わんわん泣きながらわたしを抱きしめる父ちゃん。気持ちは嬉しいけれども、もうこの状態が二十分も続いている。わたしは父ちゃんに気づかれないように小さくため息をついた。

それから少し経って、ようやく父ちゃんはわたしを解放してくれた。父ちゃんの顔を見たら涙と鼻水ですごく不細工になっていて思わず後ずさりした。

「ごめんね、見苦しいところ見せちゃって」

振り返って、みんなに笑いかける。みんな(銀ちゃんと神楽ちゃん)は勝手にお土産の栗饅頭をうまいうまい言いながら頬張っていた。うっわあ、腹立つ。

「坂田さん、この度はほんっとうにウチの娘が迷惑かけてすみませんでした」

「いやいつももっと迷惑かけられているんで全然平気です」

おい。

と、思いつつもわたしは知っている。電話で銀ちゃんが慣れない敬語でアンタの大事な娘を危険な目に遭わせて、すまなかった。いや、すみませんでした、と。謝っていたことを。
父ちゃんも銀ちゃんのひねくれっぷりをわたしの話から知っているのでハハハと笑っている。

父ちゃんからは泣くほど心配されて、銀ちゃんからもこんなに大切にしてもらって。

不満なことなんて、悲しいことなんて、あるはずがないのに。

「小春−?小春―?」

父ちゃんがわたしの目の前で手をひらひらとしていたので、はっと気が付いた。

「ごっごめん」

茶色い髪の毛の男の子が、また心の中に浮かんで、心が痛いのを必死に隠す。

もうこれ以上父ちゃんに心配はかけられない。かけたくない。

父ちゃんは何か感じ取ったのであろう、怪訝そうにわたしの顔を見る。なに父ちゃん?と笑顔で話を促すとそうそうと話を始めた。

「お前ももう18だろう」

「…?まあ、そうだけど」

頭の上にハテナマークが陳列する。わざわざ年齢を確認するってなに?と首をかしげている暇もなく、父ちゃんは言った。

「お見合いしないか?」

…と静寂が万事屋を包んだ。

「エ、イマナンテ…?」

思わず片言で訊き返してしまった。父ちゃんはもう一度お見合いしないか?と言った。

お見合いしないかお見合いしないかお見合いしないかお見合いしないかお見合いしないかお見合いしないか以下エンドレスがわたしの頭の中を駆け巡った。

「えええええええ!はやくないアルか小春のパピー!」

「そうですよまだ十八歳ですよ!?」

「新一くん神楽坂ちゃん、ウチの田舎では18は普通なんだよ」

「ものすごくナチュラルに人の名前間違えたよこの人!」

「誰が神楽坂アルかァァァ!」

ギャアギャアギャアギャア。静寂の次の喧騒は、混乱のため耳を素通りしていった。
そうなのだ。わたしの田舎では18で結婚するなんて普通のことだ。しかしいくら普通のことだと言われても…ねえ!?

「これを機に田舎に帰ってこないか?こんなこと、誘拐に遭うなんて…江戸はやっぱりいろいろ危険だよ…メガロポリス・江戸だよ…」

「父ちゃんメガロポリスの云々絶対誰かの受け売りでしょ」

「そうとも言う…」

「…とにかく、わたし結婚とかまだ考えられない」

わたしはきっぱりと言った。しかし、父ちゃんは「これを見ても同じことが言えるかな…?」とニタリと笑って、わたしにお見合い写真を手渡してきた。

ふん、どうせイケメンを見せたらあっさりわたしが食いつくと思っているんだろうね。おあいにく様、わたしはそんなに安っぽい女じゃちょーかっけええええええええ!

白い歯にほどよく焼けた肌。趣味は野球です!といった感じの体育会系イケメンの写真を二度見、いや三度見四度見する。どうしようものすごくタイプだ。ごめんなさいわたしものすごく安っぽい女です。

「小春の好みにどんぴしゃネ」

「さすがお父さんですね…」

「おいアイツの顔見てみろ。発情期のサルと同じ顔してんぞ」

やいのやいのみんなが茶々を入れてくる。が、わたしの眼球は写真の体育会系イケメンから目を離してくれない。あああこんな安っぽくていいのだろうかわたし。我ながら引く。

「見た目だけじゃない。中身もお前のタイプだ。趣味は野球と釣り。子供と動物が大好きで休日には自発的にボランティアに参加している。腕っぷしも強くそして誰にでも分け隔てなく優しい」

なにからなにまでわたしのタイプ過ぎて、なんかもう、笑いそうだ。すごいよ父ちゃん。

この人と結婚生活したら幸せになれるんだろうなあ。

この人との結婚生活を、思い描いてみたら。

わたしの大好きな漫画を貶したりしないし、子供相手に大人げないことしないだろうし、女の子に平気でひどいこともしないだろうし、些細なことで機嫌も悪くならなくて。
人のコンプレックスをあげつらうどころか、その天然パーマ可愛いよと褒めてくれたりしてくれそう。

この人と結婚したら、絶対幸せになれると、思うのに。

なんでわたしの頭には、無愛想で乱暴者でサディストなあの人が思い浮かぶのだろう。

あれだけ拒絶されたのに。それでもまだわたしはあの人を追い求めていて。

自分がこれだけ欲望に取りつかれやすい人間だとは思っていなかった。もう少し分別を弁えた人間だと思っていた。

いや、違う。

分別を弁えなくなってしまったのだ。


恋愛感情なんて厄介なものを人間に備え付けた神様を、わたしは恨む。

こんな、感情、なくなってしまえば、なくしてしまえば、いいのに。

無表情で黙りこくったわたしの顔を父ちゃんが恐る恐る覗き込み、わたしの名前を恐々と呼ぶ。

わたしは父ちゃんに向かって、にっこりと笑みを作った。



「わたし、このお見合い受けるよ」









まったくもってクソ野郎ですね


なにもかも、いっそ、わすれられたら





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