『小春待ってろよ!!すぐ父ちゃんがいくからな!』
「いやもう退院したし大丈夫だってば…」
「心細いと思うけど!もう少しの辛抱だからな!じゃ、汽車が到着したから切るな!』
ブチッ、ツーツーツー。虚しい機械音が耳に木霊する。
「はあ、もう…人の話全然聞かないし…心配性なんだから…」とぼやくと銀ちゃんがジャンプを寝転がって読みながら「お前とそっくりじゃねーか」と言ってきた。よく言われることなので、はあっとため息をつき、がっくりと肩を落とした。
わたしが誘拐にあい、強烈な薬を嗅がされたため入院したということを銀ちゃんが父ちゃんに知らせると、父ちゃんは驚きと心配のあまりぎっくり腰になってしまい、治って来れるようになったのはわたしが退院したあとだという、なんとも皮肉なことになってしまった。もうお見舞いでもなんでもなくなっている。
「親父さんいつこっち来るんだ?」
「多分明日の午後くらいかな」
「んーりょーかい」
くあ、と大きな欠伸を一つして、銀ちゃんはページを捲る。
そして言った。
まるで日常の些細な出来事を話すように。
「お前、沖田のこと好きだろ」
神経という神経が動きをとめたかと思った。
息はうまくできないし、目は瞬きをすることすらままならない。
言葉を声にのせようとしたら、うまく声がしぼりだせない。
「なに、言って、」
そこまでなんとか声に出せれたものの、あとの言葉は空気に溶けた。
あの人の名前を口に出されるだけで、胸がこんなにも、切なさに覆われて、痛くて痛くてたまらなくなる。
もう、誤魔化すことはできない。
「…ふっ、ふぐっ、ひぐっ」
なんで、なんで、なんで言っちゃうの銀ちゃん。
今まで頑張って目を逸らしてきたのに。
わたしの心の中に巣食っていた感情の名前は薄々気が付いていた。
初めてだった。
誰かの特別になりたいと思ったのは。
怖いと思ったのにそれでも手放したくないと、傍にいたいと思ったのは沖田さんが初めてだった。
こんな体験したことのない感情を表せる唯一の言葉は“恋”だと。
本当は、気付いていたの。
でも、認めたら。
沖田さんは離れていってしまう気がした。
友達という関係を、傍にいられる関係を、壊してしまうなんて、耐えられなかった。
でも、壊れちゃったね。
「新八くんが、なんか言ったの?」
嗚咽混じりに訊くと「お前だって新八が目の前で泣いて『気にしないで』っつったら心配すんだろ。責めんな」とぶっきらぼうにわたしを諭した。
無意識のうちに新八くんを責める口調になっていたのだろう。わたしはごめん、と今ここにいない新八くんに向けて声に出さず謝った。
「っつーか新八がなんか言わなくたってバレバレだっつーの」
「ひぐっ、ぐすっ、わたし、そ、んなっ、わかり、やす、い?」
「毎日毎日、筋肉の抜けきっただらしねえ顔で沖田さんがね沖田さんがね。かと思えば沖田さんに嫌われちゃう沖田さんの傍にいたいとか泣き出して。気付かねえなんててめえらみてえなガキくれえのもんだよ」
「そっ、か」
ついこの間まで、傍にいられた。だからつい、傍にいること以上、あの人にとっての特別な存在になりたいと欲を出してしまった。
それが間違いだったのかなあ。
でも言い訳させて。だってしょうがないじゃんか。
だってだってだって。
わたしは、沖田さんが、好きなんだから。
そう思っちゃうのはしょうがないじゃない。
「銀ちゃん、わたし、沖田さんが、ひぐっ、うぐっ、うえっ」
「おいおい吐きかけてんぞ」
今まで自分の感情から逃げてきたツケを払うつもりで、銀ちゃんに伝えた。伝えたってどうにもならないけど。この感情を口に出さなきゃまた逃げてしまう。そう思った。
沖田さんが、好き。
「好き、好きなの」
「でも、もう近づくなって言われちゃった」
「どうしよう、自業自得だけど、苦しくて仕方ない」
苦しいよ、銀ちゃん。
銀ちゃんは何も言わず、ただ、わたしをじっと見ていた。
その時、小さくドアを閉める音があったのだけど、わたしと銀ちゃんは知る由もない。
私を惑わすその名は
走る、走る、兎は走る
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