臆病者の恋愛歌 | ナノ



目が覚めたら病院にいた。


「小春!小春!!」

「小春さん!!」

起き抜けに耳元で大きな声を出され、頭がくらくらしているわたしにお構いなく神楽ちゃんと新八くんはまだ耳元で何やら叫んでいる。早口だし声大きすぎてなにを言っているのか全く聞き取れない。

「うっせーぞお前らあああああ!ここは病院だああああああ!!」

見かねた銀ちゃんが二人の頭に拳骨を落とす。ありがとう銀ちゃん。でも一番うるさかったのは銀ちゃんです。

「ったくよー。だいたいこいつ怪我もなんもしてねえんだからそんな心配することねえんだよ」

「そんなこと言ってるけど銀さんだってずっと付きっ切りだったじゃないですか」

「ツンデレ気取りアルか。キモいアル」

「銀さんのガラスのハートがきーずつーいたー!」

ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ騒いでると婦長さんが「うっせえんだよてめえらあああ!子孫残せねえような体にしてやろうかこんのガキャアアアア!」と注意してきたので一同そろってすみませんと土下座した。あれ何でわたしまで謝っているんだろう。

「それにしてもお前寝すぎだろ。丸三日寝るってどういうこと」

「しょうがないじゃないですか銀さん!誘拐されてたんですから!」

「疲れるのも当然アル。無神経ネ。だからモテねーんだよクソ天パ」

「銀さんのガラスのハートがきーずつーいたー!」

わたしが嗅がされた薬品はとてつもなく強い睡眠薬らしくなかなか体内から抜けきらなかったらしい。今でも頭がくらくらする。何か体内に異常が起こるとあれなので大事を持ってあと三日入院することになった。正直大げさだと思うけど銀ちゃんがおとなしく寝とけと命令したので渋々従うことにした。

というか。そんなことより。

「真選組のみなさんは大丈夫なの…?」

「あいつらはんなやられるようなタマじゃねーよ。ゴキブリみたいな生命力してっからな」

よかった…。

ほっと胸を撫で下ろす。

わたしの目が覚めたと聞きつけて、たくさんの人がお見舞いに来てくれた。

近藤さんは本当に無事でよかったと泣いてくれたし、土方さんは見舞いだ、とマガジンをくれた。

ご迷惑かけてすみませんと真選組のみなさんに謝ると、近藤さんと土方さんから「なんで君が謝るんだ!」「てねーは悪くねえのに謝んな。謝られたほうがめんどくせえ」と返ってきた。

優しくて、温かい人たち。けど土方さんは少々怖かったのですんまっせんんんんとさらに謝ってしまいだからそれがめんどくせえんだよ!と怒鳴られた。怖かった。

妙ちゃんは綺麗な花束を持ってきてくれた。楽しく話していたら近藤さんと妙ちゃんが鉢合わせしてしまい病室が血まみれになった。ジーザス、近藤さん。

ハム子ちゃんは退院したらケーキバイキングに行こうと誘ってくれた。

山崎さんもミントンしようねと言って下さった。



たくさん来てくれる人たちの中に、沖田さんの姿は、なかった。



「明日で退院かー…」

ぼんやりと背中を起こしたままの状態でベッドで寝た状態のまま、夕焼けを見ながら独り言をつぶやく。


沖田さんはどうされたのですか?と真選組のみなさんに訊いてみたら、どうやら沖田さんは熱を出してしまったらしい。

『あいつよくガキの頃から腹出して寝てんだよ』

がははと豪傑笑いをする近藤さんを思い出し、ぷっと思い出し笑いをする。

心配だな。大丈夫かな。明日退院したら一刻も早く会いに行こう。そして謝ろう。皆さん謝らなくてもいいと言って下さったけど、ご迷惑をおかけしたのは事実だ。ちゃんとそこらへんの礼儀は通さなきゃいけないと父ちゃんも言ってたし!

熱を出してるならなにかお見舞い持って行った方がいいよね。なにがいいかな。アイスとかいいよね。ハーゲンダッツにしなせえとか言いそうだなあ。高いですよ沖田さん。

あれこれお見舞いの品を思案しているとドアが開かれた音がした。

あともう少しで面会時間終わりなのに。誰かな?

振り向いた先には、わたしの予想しなかった人物がいた。


「沖田、さん…?」

瞬きをぱちぱちと繰り返す。見慣れた隊服、茶色の髪の毛、お侍さんにしては華奢な体つき。

間違いない。

沖田さん。沖田さん、だ。


「うわあ…っ!お久しぶりです!あれでも熱は?もう治ったんですか?よかったです…!あ、そこにおかけになってください!」

わたしは舞い上がっていた。後から思い返すと恥ずかしいほどに。

会いたくて会いたくてたまらなかった。

沖田さんの姿を、脳内だけでなく、ちゃんとこの瞳に映したくて、たまらなかった。

だから気付けなかった。

沖田さんの様子が、いつもと違うことに。



「うるせえ」


もっとひどいことを今までたくさん言われた。

うるせえだなんて日常茶飯事のことなのに、わたしの体は氷づいたように固まった。

冷たい声色。

前、拒絶された時よりも深く拒絶する声。


「っとに、能天気女でさァ、お前は」

わたしを射抜く瞳が冷たい怒りで溢れている。

「俺たちに散々迷惑かけといてよくそんな呑気にいられんなァ。図太い神経してらァ」

「す、すみま、」

「謝りゃいいって思ってんだろィ。そういうとこが前から鼻につくんでィ」


沖田さんは、容赦ない言葉をわたしに叩きつける。

「お前ほど鈍感な人間いねえからはっきり言っといてやらァ」


邪魔なんでさァ。

てめーが易々と捕まったせいで、近藤さんの首が飛ぶとこだったんだよ。

あの人は優しいから、そんなことてめえに言わなかっただろうけどよ。

土方さんも甘いとこあっからな。

なら俺が言うしかねえだろィ。



「目障りなんでさァ。もう、真選組に近づくな」



沖田さんはそう言うと、すぐさま踵を返し、去って行った。



胸の中に穴があいたような感覚というのだろうか。

穴があいて、その中に堕ちてしまいそうだ。




「小春さん、頼まれていた君に届けの新刊買ってきましたよ!」

新八くんがひょっこりと顔を出し、漫画をじゃーんと笑顔で掲げた。

「ありがとう」

わたしも笑顔を作る。ダメ。まだ堕ちちゃダメだ。

あともうちょっとで面会時間が終わる。

それまで、持ちこたえろ。

「というかさっき、沖田さんきてましたか?よかったですね!小春さん、ずっと会いたが…って、え!?ど、どうしたんですか!?」

「え?何が?」

「何がって、小春さん泣いてるじゃないですか!」

「え、あ、」

頬に手をやると冷たい雫が手を濡らしていた。









涙は案外重いものですね


落ちたしずくは布団にぽたりと滲んだ。



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