「寒くねえか?毛布いるか?」
「そ、そそそそんなお構いなく…!大丈夫です!気になさらないでください!」
「そっか」
にっと笑った様が超爽やかです。どうしよう。鼻血出るかもしれません。
…ん?
でも、ここにいるっていうことは…。
「あのう、貴方が私を攫ったお方ですかね…?」
と、恐る恐る質問すると彼は神妙そうに眉を顰め、
「ああ。…手荒な真似して悪かった」
と頭を下げた。
…え、ええええええ。
こんな爽やか好青年が私を誘拐しただなんて信じられないけど彼は認めているし、というか状況的に彼以外犯人は考えられないし。
きっと、何か理由があるに違いない。
家が極貧でお金がほしくてしょうがなく、だとか…!
「あの…なんでわたしを誘拐したのですか?わたしの今の家も実家もお金ないのですが…」
そう問いかけると、彼の表情に鋭利な冷たさが過ぎり、にこやかな笑みが消えた。
空気が、変わった。
びくりと震えるわたしの体。
しかしそれは一瞬のことであって、彼はまた人畜無害な笑顔を浮かべ、口を開いた。
「お嬢さん。あんたさ、真選組の沖田総悟と親しくしているだろ」
先ほどの彼の冷たい顔が忘れられず、恐怖に竦んでいるわたしはこくこくと首を縦に動かすことしかできなかった。
「それが、理由」
「…へ?」
「あんたが捕まったとなれば真選組は動く。絶対ここに来る」
嫌な汗が背中を伝っていく。
生ぬるくて、じめじめしていて、嫌な汗。
気持ち悪い。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
「つまり、あんたは俺が真選組を潰すための、餌だ」
嫌だ。
「あんたには絶対手を出さねえ」
なんで。
「生きて帰す」
なんで。
「だから、安心しな」
なんで。
なんで、わたしは、また迷惑をかけてしまうのだろう。
「…てください」
蚊が鳴いたような小さな声で呟いたものだから、彼には聞こえなかったようだ。
すまねえ?今なんか言ったか?と問われた。
ぶちっとわたしの中でなにかが切れた。
「帰してください!!」
お腹の底から出たような大声を彼にぶつける。
手錠をがちゃがちゃ動かしてはずそうと試みるけど一向に外れない。
足枷も同じく。
ただ、わたしの皮膚が削られていくだけ。
なんなのわたし。
守りたいって思ったくせに。
こんな手錠すらはずせなくて。
弱くて。
みなさんに迷惑かけて。
どこまで駄目なやつなの。
弱くて情けなくて人に頼ってばっかりなわたしに、わたしですらあきあきしてる。
こんなんじゃ、こんなんじゃ。
沖田さんにも。
「…やめとけ。女の力じゃ外せねえよ」
血が出てもやめないわたしを見かねて、彼が冷静に言った。
その冷静さが腹立たしい。
真選組に迷惑をかけさせようとしているこの人が腹立たしい。
「…っなんで、こんなことするんですか!?皆さんが何をしたというんですか!?」
彼に怒声を浴びせると、彼の顔がいっぺんにして能面のような無表情なものになった。
気が弱いわたしはそれを見てびくっと動く。
怒っている時ですら気が弱いとか、本当に、情けない。
「何をしたか…?」
ぷるぷると固く握りしめられてるであろう拳が震えている。
彼はわたしの胸倉を掴んで、乱暴に起き上がらせた。
ぞくりと鳥肌が立つほど冷たい顔。
彼はドスの効いた低い声で話した。
じゃあ教えてやる。あいつらが何したか。
俺の父親は攘夷志士でなあ。
これだけでわかるだろ?
あんたの大好きな真選組は、沖田総悟はなあ、ただ国を変えたいと思っただけの人間を切り殺したんだよ。
別に俺の親父は過激派みたく誰も殺しちゃいねえ。
なのに、ただ、攘夷志士ってだけで殺したんだ。
なのに奴は大手を振って歩いてる。
あまつさえ、笑顔なんか浮かべて。
私の胸ぐらを掴む彼の手はかすかに震えていた。
怒りと悲しみが伝わってくる。
この人はいたずらに誰かを傷つけるような人ではない。
私を生かして帰してくれると言ったのもきっと本当のことだ。
自分がしてることは誰も幸せになれない。彼はそんなことに気付かないほど愚かな人間ではない。
覚悟の上で、お父さんの仇をとろうと決心したのだろう。
それでも。
「やめてください」
「…は?」
「沖田さんを殺そうとするのはやめてください」
「あんた、俺の話聞いてた?」
「聞きました。
貴方の怒りや悲しみ、ちゃんと伝わってきました。
大切な人が殺される。
想像を絶するくらい悲しいことだと、思います。
だから、私はそんな思いしたくないんです」
彼が瞬きをぱちぱちと数回繰り返す。
そりゃあそうだろう。なに言ってんのこの女?彼の瞳はそう物語っている。
「私は沖田さんに死んでほしくないんです」
沖田さんのためを思って言ってるんじゃない。
これは、ただのわたしのエゴ。
沖田さんが死んでしまったら悲しいなんで言葉じゃ表せられないくらいぐちゃぐちゃになって苦しくて辛くなってしまうだろうから。
そんな辛い世界、想像するだけでも嫌だから。
わたしは嗚咽混じりに懇願した。
お願いします。沖田さんを殺さないで。
「…お願い…っ」
そう言った時、バン!と破壊音が響き渡り、
開いたドアの先には瞳孔を開かせて、怒りや焦りなどの感情を浮かべた沖田さんがいて。
ああ、来ちゃダメです沖田さん。
そう思うのと同時に。
どこかほっとして、安心に包まれたわたしもいて。
こんな状況なのに、あなたに会えたことが、ただ、嬉しくて。
薬の成分がまだ残っていたのか、緊張が途切れたのかよくわからないけど。
わたしはまたもやそこで、意識を手放した。
ただただひとり、ただただ貴方を
目が覚めたら、君が傍にいますように
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