コーヒーをくるくるスプーンで回しながら彼女は言った。
「あんたさ、彼氏できた?」
ハム子ちゃんが気怠そうに言った一言に、私は飲んでいたオレンジジュースをブーッと噴出した。ハム子ちゃんの顔面に直撃した。
「な、なななな…!そんなわけないじゃん!か、彼氏だなんてそんな高尚な生き物…!」
「否定するよりもまず謝れよ。あとお前いつまでハム子呼ばわりするつもり?マジで腹立つんですけど」
「な、なななんでそんなこと急に…!」
「おい。無視か。無視かコノヤロー」
ハム子ちゃんは、はあっと大きくため息をついて「別に」といった。別にってあなた…ハム子様なの?エ○カ様なの?もうそのネタ古いよ?
「この前あんたが茶髪のイケメンと一緒にいるのを見たのよ」
どくんっと心臓が唸った。
あ、やばい。
「その時のあんた、」
「ハム子ちゃんもう時間じゃない?」
少し大きめの声を出してハム子ちゃんの言葉に覆いかぶさる。
ハム子ちゃんは話を邪魔されてむっと不服そうに顔をむくれたが腕時計に目を走らせると、「あ、本当だ。やばっ」と目を大きくして焦り始めた。
「じゃ私帰るわ。あんたはどうすんの?」
「私はもうちょっとここでぼうっとしていく」
「そ」
私はにこやかな笑顔でハム子ちゃんが出ていくまで手を振り続けた。ハム子ちゃんの姿が見えなくなった瞬間、肩の力がどっと抜け、ふうっと息を吐いた。
だめ。
それは絶対に、だめ。
だめなんだよ。
自分の気持ちを深く深く、底の沈めていく。
だめ。だめ。だめ。
お客様お冷のおかわりはいかがですか?と可愛らしい笑顔で聞いてきた店員さんにお願いしますと返し、お水をぐっと喉に押し込んだ。
十分ほど物思いに耽り、私はファミレスをあとにした。
もうすぐで冬も終わりだなあ。
桜の木を見ながら漠然とそう思う。
桜の木に蕾がちょくちょく芽吹いている。満開になる前のこういう状態もいじらしくて私は好きだ。
…沖田さんはどうなのだろう。
桜は満開がすきなのかな。
咲く前かな。
それとも、散り際かな。
沖田さんは、どんな桜が好きなのかな。
そう思った時だった。
横から音も立てず手が伸びてきて。口元を手ぬぐいで覆われて。
意識が吹っ飛ぶのなんて、簡単で、一瞬の出来事だった。
***
「…ん」
うっすら目を開けるとコンクリートの天井が目に入った。
体が重い。怠い。
…何か薬品を嗅がされちゃったみたいだな…。
起き上がろうとしたら手錠と足枷をされていてうまく起き上がれなかった。
…これは…間違いなく…。
ごくりと唾を飲み込む。
誘拐されたああああああああああああああああああ!!
今、私の顔はムンクそのものになっているだろう。よく銀ちゃんにお前のビビり顔の方が怖いと言われますはい。
ああああどうしよおおおおおとのた打ち回っていると。
キィッと扉が開かれ「お。起きたか」と男の人が姿を現した。
ヅラさん顔負けの綺麗な長い髪の毛を後ろで束ね、長身のすらりとした大人の香りが漂う美男子さんだった。
「気分はどうだ?」
ニカッと八重歯を覗かせて笑う姿はなんとも爽やかで。爽やか万太郎で。
やばい。
ものすごくタイプです、この兄ちゃん。
あなたもヒロインになってみませんか?
「寒くねえか?なんなら毛布いるか?」
「い、いえいえお構いなく!」
「遠慮なんてすんなよ?わりいな。そんな恰好させて」
「いいんですいいんです!」
誘拐犯のが警察官よりも優しいってどういうこと。
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