どこにでもいそうな女。
それが初めて山川を見た時に思ったことだ。多分。
池田屋で初めて会ったはずなんだが、山川に関する記憶はほとんどない。なにやら万事屋で爆弾をたらい回しにしてぴいぴい泣いていた気がする。そんな程度の記憶しかない。
万事屋はよく面倒臭ェことに巻き込まれている。それも下手したら命を落しかねないほどの面倒臭ェ事件に。
眼鏡やチャイナは大丈夫だろう。けど、あの女はダメだ。あんなへたれた平凡な女すぐ辞めていくに決まってらァ。
そう、思っていた。
けれど、山川はいつまでもいつまでも、万事屋の中で、何も悩みがなさそうなマヌケ面で、笑っていた。
弔い合戦の時も、柳生の所に喧嘩売りに行った時も、ぎゃあぎゃあ喚きながらでも、絶対逃げないで、怖かったと後からガキみたいにわんわん泣くくせに、万事屋に囲まれたら、すぐに、笑う。
その笑った顔が、何か知らねえが、俺の頭に焼き付いて、声をかけてみたら。
『なあ、アンタ』
『…!!』
さあっと顔が青ざめて、眼球をひんむいて、ぶっ倒れやがった。
何で倒れたのか全く理解できない俺に、旦那は『あーあ』と頭をがりがり掻きながら、言った。
『コイツなあ、お前のことが怖いんだよ』
『…は?』
『今までの自分の行動ちょっとよく思い出してみ?バズーカぶっ放すわ巨大カブトムシ飼ってるわ神楽と死闘繰り返すわ…。こいつはうちの中でナンバーワンのビビりちゃんでよォ、そういうの、怖がるんだわ』
“うちの中”という発言がカンに障る。
『…よく危険な目に遭ってんじゃねえか。それよりも俺が怖ェのかよ、このアマは』
苛々が隠せねェ。
なんでィ、それ。
『んー、それは、まあ。俺らが傍についてっからなあ。俺らが傍にいたら、お前に話し掛けられても、卒倒はしなかったんじゃね?』
んじゃーな、沖田クン。
旦那はよっこらしょと山川を背負って、踵を返した。
旦那に背負われる山川の背中を目で追う。
苛々がとぐろを巻いて、気持ち悪ィ。
『チッ』
盛大な舌打ちをする。
そうでもしねェとやってられなかった。そっからはもう、山川を見る度いらついていらついて。
ガン飛ばしたり、けつまずかせたり、蛙ぶつけたりエトセトラ。
近藤さんから叱られたり、チャイナから殺されかけても、やめなかった。
そうでもしねェと、山川は俺から目を逸らして、絶対に目を合わせようともしねェ。
ふざけんな。
絶対目を合わせてやる。
俺だけお前の存在認識しているなんて、しゃくじゃねえか。
山川がぎゃあああああと悲鳴を上げて、泣きわめく様子は、すっげえ面白かった。
けど、だんだん物足りなくなった。
他の顔も見たい。
けど、どうすればいいかわかんねえ。
泣き顔だけじゃなくて、チャイナに、眼鏡に、旦那に見せる、その笑顔を向けてほしかった。
だから、今の俺と山川の関係は、奇跡の賜物だ。
沖田さん、と名前を呼ばれ、子犬のように駆け寄ってくるアイツがいるなんて、本当に、奇跡だ。
目の前で流血沙汰を起こして、怖がられて、もう終わりだって思った時も、山川は俺に奇跡をくれた。
姉上が亡くなった時も、何か俺の為に言おうと頑張る姿が、言葉にならねえくらいに、嬉しかった。あんなに俺を怖がっていた山川が、姉上のためか俺のためかはわかんねえけど、泣いてくれることが、すげえ奇跡で。
『沖田さん今日の卵焼きはですねえ、甘めにしてみました!』
『沖田さん今日はスピードやりませんか?』
『沖田さんんんんん!ゴ、ゴキブ、ゴキブリ!シェイプアップダウン!!!』
『この前妙ちゃんと美味しい甘味屋さんに行ったんです。そこのきなこパフェがですね、』
上からでもなく、下からでもなく、
横に、そっといてくれる存在が、奇跡だった。
なあ、神様。
アンタは姉上を俺から奪ったんだ。
だから、アイツくらい。
アイツくらい、くれよ。
これ以上は望まねェから。
…あー、それにしても、返り血が気持ち悪ィ。
空を見上げるのをやめ、俺の周りに転がっている数体の死体を見下ろす。
『よう、一番隊隊長さん』
『最近お熱いそうで』
『愛嬌があって可愛いお嬢さんだねェ。あんたにゃ勿体ねェくらいだ』
『しっかり守らねェとなあ』
『じゃないと、俺らのいい玩具に、』
そっから先は口を切り刻んでやったから聞けなかった。
その薄汚ェ口から、山川のことが話されるのが許せなかった。
刀を強く握りしめる。
…大丈夫だ。
俺が守ればいいという話だ。
守る。守ってみせる。
だから、頼むから、
傍にいさせてくれ。
君の名を幸せと呼ばせて
「あ、沖田さん!今日は少し遅かったですね。あれ?お風呂に入られたんですか?」
「もっかい」
「へ?」
「もっかい、名前呼びなせェ」
「…おきたさん?」
「ん」
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