大嫌いな女がいる。
俺の大嫌いな女っていやァ、チャイナとなっているが、チャイナではない、もう一人の、大嫌いな女。チャイナは嫌いというか、気に食わねェ存在。…ん?意味あんま変わんねェ?まあそんなこたァ、どうでもいい。
チャイナは別に虐めたくはない。泣かせたくない。いつも喧嘩を吹っ掛けてんのはライバルだからだ。夜兎といえども、あんな小娘をライバルとは認めたくはねェが、しかたねェ、あんな小娘でも実力は天下一品だ。
あの女はライバルとは程遠い。
「、旦那」
「おー、総一郎くん」
「っ」
間延びしただらし無い声に続いて、小さく息を呑んだ声がオレの耳に不快に纏わり付く。ああいらつくいらつく。
女は慌ててコソコソと旦那の後ろに隠れる。旦那はそれに…気づいてんのか、気づいてねェのか、先程と同じトーンのまま俺に喋りかける。
「何。最近のお巡りさんってのはずいぶん暇なの?俺お前が仕事してんの見た事ないんだけど」
「ガリガリ君を食べながら見回りってのが仕事なんでさァ。ガリガリ君を食べながら、ってのが重要ポイントでィ」
「マジでか。俺も今度から依頼人と話す時チョコレートパフェ食べながらやっちゃていいかな?なあ、小春?」
「…いや、そりゃ駄目でしょ。銀ちゃん」
眉間のシワが深く刻み込まれていくのが自分でもわかる。俺にはそんな普通に喋らねェのに、なんでィ。なにが、銀ちゃん、だ。甘えんなタコ。糞気持ち悪ィ。
ざらざらしたどす黒いモノが胸を押し潰していく。こいつと会うと、いつもこうだ。すげえ気持ち悪くなる。吐きそうでィ。
「んじゃーな、総一郎くん」
「まっ、待ってよ銀ちゃん!」
旦那は颯爽と俺の横を通り過ぎ、背中を見せながらひらひらと手を揺らして去っていく。女はそれに小走りで慌てて着いていく。
女が俺の横を通りすぎる、一瞬、お互いに目が合った。
女の真っ黒な目に映し出されていたのは“怯え”しかなかった。
「…っ、ぎ、銀ちゃあああん!!」
「あ゛ー?なんだよ、さっきからうっせ…ってちょっ、待っ、飛びつくなァァァ!!」
「だって怖いよォォォ!!」
「お前の今の顔のがこえーから!お前今ムンクだから!!」
俺は奥歯をぎり、と噛み、踵を返した。
あんな女、大嫌いだ。
うそつきの青
空色の嘘は滲んで消えた。
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