臆病者の恋愛歌 | ナノ



煎餅を噛むと、バリッと小気味よい音が鳴った。

「…!!!」


かっ、かっら…!!!


「だから言ったろ。辛ェって」

あまりの辛さに喉を抑えて悶絶するわたしに銀ちゃんは呆れた眼差しを向け、ペットボトルの水を渡す。

わたしは引ったくるようにして受け取り、水を喉へ押し込んだあと、ぜえぜえ息を吐いた。


「ホントだね…かっら、」

言葉を紡ぐよりも先に、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。


「…う゛あっ、か、辛い……っひぐっ」


涙は一度こぼれ落ちたら、とまらなくなって、どんどん流れはじめた。



ミツバさんが、亡くなった。



昨日、ううん。ついちょっとまで、わたしと普通にお喋りしていたのに。

あっという間に容態が急変して、そのまま。


短い期間しか話せなかったけど、ミツバさんはわたしにいろいろなことを感じさせてくれた人で、

もう話せないということが、こんなにも、辛い。


わたしですら、こんな苦しいのに。

じゃあ、沖田さんは、一体どれくらい苦しいのだろう。



土方さんだって、他の皆さんだって、心がちぎれそうなくらい辛いはずなのに、わたしの心に思い浮かぶ人は、なぜか沖田さんばかりだった。




「…沖田さん泣いているかな」

「知らね」


バリバリ バリバリ。

わたしと銀ちゃんの煎餅の咀嚼音がうるさい。



「沖田さんも、辛いよね」

「知らね」


バリバリ バリバリ。

激辛煎餅を食べ続けているからか、喉が異常に渇く。唇もヒリヒリしてきた。

けど、わたしは食べるのをやめない。




ねえ、沖田さん。

今、何を思ってる?



思い浮かぶのは、金茶色の髪の毛をした、意地の悪い男の子のこと。



「銀ちゃん」

「あー?」

「わたし、沖田さんのところに行きたい、かも」

「行けばいんじゃね」

銀ちゃんは前を見据えたまま、鼻をほじくりながら言った。


「でも、わたしは行っても何も役に立てないから、行っちゃ駄目なんだよ」



沖田さんが土方さんと争いになったなんて知らずに、呑気に過ごして。

沖田さんが、近藤さん達との間溝があるなんて思っていたことも全然わからなくて。

天海屋を潰しに行くこともできなくて。

かといって、ミツバさんを助けれる訳もなくて。


わたしはあなたの苦しみを何一つ、消すことも、わかることも、できなかった。



「またぐだぐだ面倒臭ェこと考えてんだろ」

銀ちゃんはウジウジと思い悩んでいるわたしに呆れ返った眼差しを向ける。

黙りこくったわたしを見て、銀ちゃんは自分の頭をガシガシ掻いた。


「お前は役に立つとか役に立たないとか、んな理由で誰かの傍にいんのかよ」

「…違うけど。でも、こういう大事な時には、」

「だいたいな、そんなこと聞いてくる時点で、お前は俺に後押ししてほしいことが見え見えなんだよ」

…。


目から鱗が落ちた。

銀ちゃんはわたしの顔を見て、だろ?と得意げに口角を上げる。ちょっと、いやかなり腹立つ。


「…仕方ねえな。銀さん言ってやるよ」

銀ちゃんは面倒臭そうに、口を開いた。



―――行ってこい



わたしがしばらくの間ほうけていると、おら、だから行けって、と頭を小突かれた。

よろよろと立ち上がり、銀ちゃんの方を向くと、しっしっと手で追い払われた。


「…ありがと」

聞こえるか、聞こえないか、くらいの声量で呟き、わたしは沖田さんがいるであろう場所へ、足を踏み出した。しっかりと、前を見据えて。






沖田さん、あなたは、近藤さん達との間に溝があるって言いましたよね。

だから多分、あなたはわたしとの間にも、溝があるって思ってますよね。

近藤さんは、そんな溝何回でも越えててめーをぶん殴りに行ってやるとおっしゃっていましたけど、

わたしにはあなたを殴るなんて芸当、とてもじゃないけどできません。

だって沖田さん怖いですもん。
あなたきっと、殴ったら三倍返しに、いや十倍返しにしてくるでしょう?


けど、わたしも。

あなたが作った溝を飛び越えたい。

わたしは臆病だから『え、ちょっ、無理』とか『やっぱやめるうう』と弱音を吐く可能性大ですけれど、

それでも、最後には、飛び越えます。

飛び越えれなくて、落ちたら歯を食いしばってよじ登ってやります。

がんばります。




だから、お願いです。


一人だなんて、思わないで。











早朝の病院だからか、静まり返っていて、少し怖い。

スリッパが床を擦る音だけが響く。


沖田さんは、備え付けのソファーに背中を預けていた。

片膝をたて、今にも首が落ちそうなほど俯いている。

わたしは沖田さんの横に、そっと腰をおろした。


なにか、言いたい。

わたしも銀ちゃんや近藤さんみたいに、なにか沖田さんの心を軽くすること、言いたい。


なにか言わなくちゃ、



なにか言わなくちゃ、



なにか言わなくちゃ、



なにか言わなくちゃ。




なにか言わなくちゃ、なんて思ってなにか言葉が出るわけもなかった。


やっぱり、わたしはなにもできない。

と、痛感した時。


ポスッとわたしの肩に沖田さんが頭を乗せてきた。


「肩、貸しなせェ」


ぶっきらぼうで横暴な物言い。
けど、やっぱり目を凝らさなきゃなかなか見えないような優しさが奥底に含まれていて。

この人は本当にわたしを掻き乱す。


なんであなたは。

自分がひどく辛い時に、わたしなんかに気を回せるんですか。

わたしにちょっとでも存在意義をくれるんですか。


どうして、そんなに、優しいんですか。



「〜っふぐっ、へぐっ、ふぐっ、」


堪え切れず、再び涙が溢れ出す。

「肩揺らすんじゃねえ」

「すびばっせ…!」



ごめんなさい。


肩を貸すことしかできなくて。


…なりたい。


泣きすぎて頭が熱くなってぼうっとする中、強く、確かに願った。



わたしも、沖田さんの



“鎧の紐をとく場所”に、なりたい。






心の臓とやらが痛い


“特別”になりたいと願った時





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