「…あのー沖田さん…」
「なんでィ」
「…これ、楽しいデスカ…?」
わたしと沖田さんは、上下に揺れないただ回るだけのメリーゴーランドに乗っていた。
しかも周りは小さい子だらけなので、周りからの視線が痛い。ねえ沖田さんなんであなたはそんな堂々と乗ってるんですかなんでですかねえ。
私と沖田さんは何も言葉を交わさないまま、なにも面白くもないメリーゴーランドにただ身を委ねた――――………。
何故、わたしと沖田さんが今こういう状況になっているのかというと。
事の始まりは妙ちゃんだった。
神楽ちゃんが近所の子供達との遊びに夢中になって、わたしを迎えにくるのをすっかり忘れてしまったらしく、代わりに沖田さんに送って行ってもらっている時だった。
『あらあ、小春ちゃんと沖田さんじゃない』
端正な顔立ちに綺麗な笑顔を貼付けた妙ちゃんは、近藤さんの屍を引きずりながら登場した。
『た、妙ちゃん…あの…その…』
その日はいちだんと近藤さんがフルボッコにされていた。もう顔にモザイクがかかっているもの。死臭すら漂うもの。
わたしの視線の先に気付き、妙ちゃんがああ、と頷き、困ったような笑顔を浮かべた。
『本当ね、この人しつこいのよ。いっしょに遊園地行きましょうって何回も何回も言ってくるのよ』
世間話するみたいに妙ちゃんは言う、が。
『私ね、もう、疲れちゃった』
そう言葉にした時、妙ちゃんの周りは殺人鬼のような真っ黒なオーラに覆われた。
『この人とこのチケットが有る限り、私に平穏は訪れないんだと思うとね、ああ、もうやるしか道はないんだ、ってわかったの』
やるってなんですか。やるの“や”はもしかして殺という漢字を使うんじゃないですか。
『でもチケットを捨てるのは勿体ないと思ってたのよ。…ちょうどよかった』
…?
なにが、“ちょうどよかった”?
わたしが首を捻ると。
妙ちゃんは袖から二枚のチケットを取り出した。
『二人にこのチケットあげるわ』
『え、そんな、いいよ。近藤さんが妙ちゃんのために『あ げ る』
『すみません有り難く頂戴させていただきますマジすみまっせんごめんなさい許してくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
…と、このようにしてチケットを手に入れたわたし達は、沖田さんがちょうど今週の日曜日非番ということもあって、遊園地に遊びに来たのだった。
「いやー全然楽しくなかったな。お前センスなさすぎでィ」
「すみません…ってええ!あのメリーゴーランド乗りたいって言ったの沖田さんじゃないですか!!」
「過去のことにいつまでも捕われるチマチマした女だなァ、アンタ」
アメリカ人のように肩を竦める沖田さん。なんか腹立つ。そんなこと口が裂けても言えないけど。だって怖いもの。み○を。
それからも、沖田さんは沖田さん振りを炸裂した。
コーヒーカップでは。
「ぎゃあああああああ!!沖田さっ、ちょっ、回しすっ、ぎっ、で…!…うぷっ」
周りの景色がなにも見えなくなるほどコーヒーカップに回転をかけ、わたしをトイレに駆け込ませた。げっそりとやつれたわたしの顔を見てぶひゃひゃひゃとお腹を抱えて笑う様子はただの悪魔だった。
お化け屋敷では。
「ぎゃああああああ!沖田さんんんん!!…え、沖田さん?ちょっ、沖田さん?え、ちょっ、え!?」
ビビりで有名なわたしを無理矢理お化け屋敷に連れ込み、その揚げ句放置した。放置しやがった。涙と鼻水で顔面ぐちゃぐちゃなわたしを泣きながら笑う沖田さんはただの悪魔だったパート2。
「いやー遊園地ってすっげえ楽しいなァ」
爽やかな笑顔でそう言う沖田さんの顔を張り倒したくて仕方ないんですが。ビビりじゃなかったら本気で殴ってるよわたしゃ。
ちょっと俺うんこ行ってくらァ、沖田さんはそう言い残し、鼻歌を鳴らしながら厠へ向かっていった。厠の内容まで言わなくていいです沖田さん。
ふう、と息をついてわたしは近くのベンチに腰掛ける。
すると一つの影がにょっきり表れた。顔を上げるとわたしと同い年くらいの、見るからに遊んでそうな男の子がいた。
「君、さっきお化け屋敷で彼氏に置いてかれていた子だよね。また置いてかれたの?」
「え、えっと」
「隣座るね」
「は、はあ」
な、なにこのひと。
人懐っこいというか…馴れ馴れしいというか。
それから、男の子はべらべらと話はじめた。
「俺もさー彼女と着てたんだけどーさっき二股してたのバレちゃってさー帰られちゃってー」
「は、はあ」
「でさーせっかく遊園地に来たのに一人で虚しく帰んのも嫌じゃん?」
「はあ、まあ、そうですねえ」
「でっしょー?じゃ、行こうか」
「へ、」
男の子はわたしの手をナチュラルに掴んで、これまたナチュラルにベンチから立たせていた。
「何乗るー?」
いやいや何乗るじゃないよ…!何言ってんのこの人!?
「は、離してください。わたし人を待っているので」
「え、あの彼氏待ってんの?やめときなってー。また振り回されるだけだってー」
…。
な、なにも言い返せない…!
すみません沖田さん!
事実過ぎてなにも言い返せません…!
「…っつーか、あの男の顔どっかで見た気がー…」
ああ!
男の子は閃いた!というように声を上げた。
「あれか、真選組の沖田総悟か!」
「え、ご存知なんですか?」
「新聞によく出てるよアイツー。器物破損のサド王子って」
うちんち新聞とってないから知らなかった…!(とうとう新聞もとれなくなりました)何やってんのあの人ォォォ!
「君も物好きだね〜。沖田総悟と付き合うなんて」
「あ、あのーさっきから誤解してる「田舎者はダメだね。女の子の扱いがなってないよ」
おいおい。このあんちゃん人の話全く聞かないよ…!
訂正するのも面倒臭くなってきたので、男の子の話を適当に聞くことにした。
男の子はぺらぺらぺらぺら。
よく口が動いた。
「真選組って野蛮人の集まりでしょ?壬生狼って呼ばれていたって聞いたよ」
「剣一筋ってやつ?ふっるいよね〜そういうの」
「遊び方とか知らなさそう。話してても楽しくなさそう」
「つーか、いっしょにいても全然楽しくなさそう」
ぺらぺら、ぺらぺら。
まあ、よく、回る口ですこと。
「話はそれだけですか」
わたしは、自分の中で最大の低い声を出した。出したというか、勝手にそうなった。
男の子の手を振り払い、さようなら、と小さく言って背中を向ける。
「え、ちょっ、どうしたの?なに急に怒ってんの?」
なんでわたしが怒っているのかわからない理由がわからない。
わたしは目の前のなにも知ろうとしないマヌケな男の子を睨み据えた。
「わたしは、沖田さんといるのが、すっごく楽しいです。あなたといるよりも、ずっと」
わたしは踵を返し、元いたベンチへと戻っていく。
なに。
なにあの人。
こんなに人に対して怒ったの久しぶり。
怒りで体が熱を帯びる。
…それにしても。
ちょっと前のわたしなら、今のことでこんな怒ったかなあ…?
怒りながらも、ふと湧いてきた疑問に首を傾げる。
よく知りもしないくせに、べらべらと人の悪口をまくし立てることに不快感は持ったかもしれないけど、怒りはしなかったかもしれない。
ちょっと前は、ただの怖い人だった。
だってあの人バズーカ常備してるし土方さん常に抹殺しようとしているし神楽ちゃんと戦争するし…これで怖がらない方が変だって絶対。
今は、知ってしまった。
目を懲らさなきゃ、気づきにくいような優しさ。
見落としてしまうくらいの小ささだから、あまり人から気づかれないけれど、
優しいところがあるの、沖田さんには。
デスクワークに疲れているわたしを、外に連れ出してくれたり、おすすめの落語CDを貸してくれたり、それに、
助けてもらったくせに、怯えてしまったわたしを、何も責めないで、許してくれた。
…ちょっと前は絶対思わなかったことを、今は思ってる。
じゃあ、またちょっと時間が経ったら、
この気持ちも、また、変わるのだろうか。
この気持ちの行き着く先は、何に、なるのだろうか。
はじめての温度
「いやー悪ィ悪ィ。うんこのキレがものすごく悪くてねぇ」
「いや…言わなくていいです…」
「あ。手ェ洗うの忘れちまった」
「いますぐに洗ってきて下さいお願いします頼みますマジで」
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