臆病者の恋愛歌 | ナノ




こういう気が重いことは、チャッチャと済ませるのが吉だ。

吉だよ。うん。わかってるよ。

わかってるけどおおおおお!



時計の針はもう既に夕方の四時半を指していた。
仕事終了まであと30分。
5時になったら神楽ちゃんが迎えに来てくれるから沖田さんには話し掛けにくくなるし…。あの二人の犬猿の仲すごいからね本当。バズーカ吹っ飛んだり銃乱射したり、ああ思い出すだけで恐ろしい…。


…とりあえず。

落ち着けさせるために、トイレでも行こう。


ふう、とため息を一つ零してから、わたしは仕事部屋を出た。


廊下をてくてくと歩いていくと。

思わず息を呑んだ。


沖田さんの後ろ姿があった。

ポケットに手を突っ込んで、耳にはイヤフォンマイクを入れている。


その姿を見たら、色んな感情が吹っ飛んで、気付いたらわたしは。

「―――沖田さんっ!!」


沖田さんを大きな声で呼び止めていた。


ややあとあいまって、沖田さんの足が止まった。

イヤフォンマイクを外して、ゆっくりとこちらを向く。

無機質な瞳を向けられ、ヘタレの私はびくついた。


「何の用でィ」

何の感情も映し出さない声。


あの時ほどではないけれど、今の沖田さんは“無”に近い感情を私に向ける。



怖い。



怖い。



怖い。




「…なんもねえなら、俺は行きまさァ」

そう言い、踵を返しかける沖田さん。


一気に頭が真っ白になる。

何か言わなきゃ、と思って出てきた言葉は、

「ごめんなさい!」

だった。

小学生みたいな謝罪に情けなくて泣きそうになるが、そんな暇はない。

そこからわたしは矢継ぎ早にまくし立てた。

「あの、わたし、助けてくださったのに、ろくにお礼も言えないで、本当にすみませんでした!!」

ばっと頭を勢いよく下げる。

そして、ここからが本題だ。


眉を潜められるかもしれない。

拒絶されるかもしれない。


けど。


ここで言えなきゃ、万事屋の名がすたるよコノヤロー!!!


「それで、その…っ!私とまた仲良くして下さい!!」

そう意気込んで言った時、沖田さんの無機質な瞳が初めて少しだけ、揺らいだ。

そして、


「正気か?」


端正な顔立ちが、ふっと嘲笑で歪んだ。



「怖いんだろィ?俺の事が。無理してそんな事言うんじゃねえよ。別になんもてめぇに危害を加えねーから安心しなせェ」

「む、無理してるんじゃ、」

「怯えられんのは、」

沖田さんが少し大きな声を出して、わたしの声を遮った。

なにも聞きたくない、と言うように。


「怯えられんのは、慣れてらァ」

無表情で、だけど私を拒絶するように、沖田さんは言った。


拒絶、された。


沖田さんは踵を返し、わたしからどんどん離れて行く。



追い掛けたいけど、追い掛けたくない。

相反する二つの感情が私の中でせめぎあう。

追い掛けたくない。

これ以上何か言ったって、もう溝は埋まらないかもしれない。
さらに拒絶されて、また傷つくだけの結果になるかもしれない。

…そうだ。

やめよう。

別にわたしの世界から沖田さんが消えたって何も支障がないじゃないか。

わたしには万事屋のみんながいる。

妙ちゃんもいる。ハム子ちゃんもいる。

友達は他にもいる。




いる、けど。





「待ってください!!」

沖田さんが角を曲がる直前。

わたしは意識しないで、呼び止めていた。
本能が“行かないで”と叫んでいる。

嫌だ。失いたくない。

この人を私の生活から失いたくない。


「怖いです。私は沖田さんが怖いです。人を斬っていくあなたが本当に怖かった」


わたしは心身ともに、弱い。

物語のヒロインは、自我を無くした暴れ狂ったヒーローを『怖くないよ』と優しく、温かく包みこむ。

わたしにはそんな芸当とてもじゃないけどできない。

だって、怖いよ。

傷つけられるかもしれないじゃない。

理屈じゃなく、本能が怖いと叫んでいる。


でも、でも。


「けど、これからも、いっしょに、オセロとか、トランプとか、したくて…!」

ああもう何が言いたいんだかわからなくなってきた。

パニックで泣きそうになるし。

もうよくわかんない。

怖いと本能が叫ぶのと同様、わたしの本能は、沖田さんを失いたくないと、行かないで、と。そうも、叫んでいた。

「とにかくわたし、沖田さんと友達にやっていきたいっていうか…!…へ、沖田さ…っつお!?」

いつのまにか、沖田さんは私の真ん前に立っていて、そして何の前触れもなくチョップを振り下ろしてきた。

「な、なななななにす「―――アンタは、絶対いつか痛い目みまさァ」


沖田さんは早口で、べらべらとまくし立てる。わたしが言葉を挟む余地もない。

「あんな危ねェ目にあって、怖がって離れてくのが普通でさァ。俺がアンタでも巻き込まれちゃ敵わねェ思って離れていくのが道理だ。誰も責めやしねェよ。

なのに、なんで、アンタは、」


…ヘタレのくせに、生意気でさァ。


そう呟いたきり、沖田さんは火が消えるように、急に押し黙った。



「…あ、あの。つまり、それって…わたしとまた、仲良くして下さるということですか…?」

遠慮がちに聞くと、


…アンタは恥ずかしい物言いしかできねえのか、とそっぽを向いて、答えられた。


肯定の合図だと思ったら、嬉しくて、嬉しくて。


「やったあ…!」


自分でもわかるくらいに、顔の筋肉が緩んだ。


「ありがとうございます!本っ当に!明日から、また、ミントンとかオセロとかしましょう!」

「へえへえ。わかったわかった」

沖田さんは面倒臭そうに頷く。

「っつーか、お前もう帰る時間だろィ。チャイナが待ってんじゃねーの?」

「はっ!そ、そうだ…!では沖田さん!」






「また明日!」


『また明日』

この一言を言えるってことが、嬉しくて、嬉しくて。

わたしの顔面の筋肉はさらに緩んだ。

胸が暖かい気持ちでいっぱいになる。

単純に言うと、ものすごく、幸せ。


バタバタ駆けていくわたしの背中に、沖田さんが何か小さく呟いたような気がして、振り返ると、彼はべえっと舌を出していただけだった。






誰も奪わないで



必要で、

欲しくて、

たまらない。




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