「銀ちゃん次お風呂どうぞー」
「あー」
銀ちゃんはソファーに寝転がってジャンプを読みながら生返事をする。絶対この人、人の話を聞いてないよ。
お風呂から出てきたばかりなので、体がぽかぽかして暖かくて、そのせいか少しだるい。ふう、と一息ついてわたしは背中をソファーに預けた。
あの雨の日、銀ちゃんはオートバイで駆け付けてくれた。血まみれの沖田さんと死体に目を遣り、全てを悟ったらしく、サンキュと沖田さんに短く礼を言ったあとわたしをオートバイに乗せそのままいっしょに帰宅した。
あれから一週間。わたしと沖田さんは一言も言葉を交わしていない。
「神楽ちゃんは?」
「もう寝た」
「そっか」
会話が途切れ、わたしはボンヤリと空を見つめる。
つい一週間前まで殺されかけていた人間が、こんなのどかな生活を送れるなんて。人生ってのは予測不可能だ。
「お前最近沖田の話しねえよな」
…のどかな時間が一瞬にして終わらされた。
沖田、という名前に心臓が飛び上がるくらいに反応する。
「前は沖田とミントンしただのオセロしただの毎日毎日うるさかったのによ。神楽が嫉妬してたぞ。最近小春はサド野郎のことばかり、ってよ」
「…じゃあ最近、沖田さんの話しないから神楽ちゃんも喜んでるでしょ」
銀ちゃんは無表情で次のページをめくる。
「最近の神楽は、寂しそうだぞ。『小春が元気ない』って」
銀ちゃんはパタンとジャンプを読むのをやめ、適当に机に放りなげ、よっこらせと起き上がった。
「お困りのことがあったら“万事屋銀ちゃん”に相談してみねえか、お嬢ちゃん?」
肘を太ももについて、顎に手をやりながらしょうがねえなあ、という笑顔を浮かべる銀ちゃん。
ほんと、わたしは銀ちゃんには敵わない。
「…あのね、」
わたしはぽつりぽつりと、一つ一つたどたどしく言葉にしていった。
「わたし、沖田さんに守ってもらったの」
「でも、戦ってる時の沖田さんが怖かったの」
「怖くて、怖くて、仕方なかった」
「それで、沖田さんにそのことを見透かされた」
「命をかけて、守ってくれたのに」
涙で視界がぼやけてくる。
銀ちゃんは相槌も打たない。
ただ、わたしをじっと真っ直ぐに見つめてくる。
「わたし…っ、自分がっ、情けなくてたまらない…!」
ごめんなさい。
怖がって、ごめんなさい。
ムカつきましたよね。
悲しかったですよね。
命を懸けて、守った人間に、怖がられるなんて。
「取り返しのつかないこと、しちゃった…っ。どうしよう…っ」
大きな涙が、ぽろぽろと袴に落ちて、染みを作る。
――ビシィィィッ
「っつおおおおお!?」
銀ちゃんは前のめりになって、わたしにデコピンをしてきた。
それが痛いのなんの…!わたしのデコから煙りが出てるんですけどおおおお!?
わたしは額を両手で押さえ悶絶する。
銀ちゃんは鼻をほじくりながら横柄にソファーに身を沈めた。
「なーにが取り返しのつかないこと、だ。んなのまだまだだっつーの。俺なんかよー、この前パチンコで10万すったんだぜ?それこそ取り返しがつかねえよ。返ってこねえよ」
だけどよ。
「お前のは取り返し、まだつくだろ?」
銀ちゃんは不敵に笑う。
「か、簡単に言わないでよ」
「お前がわりーのかよくわかんねえけど、お前はテメェのこと悪いって思ってんだろ?」
銀ちゃんは足を組んで、机に投げ出し、無関心そうに耳をほじくる。
「だったら謝ればいんじゃね?ごめんなさい。仲直りしましょう。わたしはあなたと友達でいたいです、ってな。
お前、沖田とこれからも仲良くしていきたいんだろ?」
銀ちゃんの言葉に、沖田さんとの思い出が脳裏に一気に浮かぶ。
から揚げを盗られたこと。
ミントンしたこと。
焼き芋をいっしょに食べたこと。
オセロしたこと。
とりとめのない会話。
あれもこれも、ありきたりで、しょうもなくて、絆が生まれるようなすごい出来事なんかないし、まだいっしょにいた時間も短い。
けど。
わたしはこれからも、そんな日常を沖田さんといっしょに、過ごしたい。
「…うんっ!」
泣きながら笑うと、素直なとこがお前の専売特許だ、と言ってわたしの頭を乱暴に撫でた。
無責任な救い主
「てゆーか銀ちゃん…10万パチンコですったってどういうこと…?」
「さーて風呂入ってくっかな」
「銀ちゃんんんん!今月の生活費どうすんのおおおおおお!?」
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