臆病者の恋愛歌 | ナノ


「いやー、雨ひでえなあ、こりゃ」

降りしきる雨の中、歩きながら沖田さんは棒読みで言う。
そして、私の方を向き、

「こんな雨ならそりゃヤキソバみたいな頭になりまさァ」

嘲笑の眼差しを向けるのだ。

…もうやだ。

私は銀ちゃん程ではないけど、天パだ。雨の日はうねりが激しくて、アイロンで整えてもこの様だ。毛先がうねうねと動いていてまるでヤキソバのよう。

「沖田さん…あの、私のメンタルHPがもう0になるので…やめて下さい」

「わりーわりー。つい本音がポロッと」

絶 対 違 う。

「人のコンプレックスをあげつらって…サディスト」

「なんか言ったか?」

「いえなにも言うわけないじゃないですかアハハー!」

ぼそっと不平を漏らすとドスの効いた声で凄まれたので慌てて笑ってごまかした。

やっぱり怖い!この人、怖い!

けど。

怖いけど、優しくないけど。

優しくて、良い人。


矛盾した感情が胸の中で交差する。

今、私は雨の中を沖田さんに送ってもらっている。
日が落ちるのが早くなってきて、雨が降っているから帰るの少し怖いなと臆していたら、沖田さんが

「近藤さんに言われたから送ってやりまさァ。あーめんどくせェ」

と。

近藤さんは一昨日から妙ちゃんの家に潜伏中で、しかも携帯を頓所に忘れたから、近藤さんからの伝言なんてあるはずがないのに。てゆーか近藤さん…。いやもう私はなにも言うまい。

『あいつは頭はからっきしだからな』

昔、土方さんが呟いていたことを思い出す。
からっきしな頭で尤もらしいけど、ちょっと考えればわかるような嘘をつく沖田さん。

不格好な優しさが、可愛いと思った。

…け、れ、ど、も!


「あーヤキソバ食いて〜」


やっぱり可愛くない!憎たらしい!

「あり?なんでお前泣きそうなんでィ?」

沖田さんがわざとらしく心配そうに眉を八の字に寄せ顔を覗き込んでくる。

「別にな゛に゛も゛」

もうなんなのこの人。

わたしは沖田総悟という人間が、本当にわからない。

半泣き状態のわたしを見て、手で口元を覆って笑いを必死で堪える沖田さん。震えている。ねえ一発殴らせて。一発でいいからァァァァ!

けど。次の瞬間。

沖田さんの震えはとまり、彼の纏う空気が一瞬にして変わった。

殺伐としたものに。


、え?

沖田さんがその場で足をとめ、わたしもつられて足を止める。


「出てこい」


沖田さんの凛としたよく通る声が、ざあざあと降りしきる雨の中、路地に響く。

「いるのはわかってんでィ。はやく、出てこい」

いつものやる気ない瞳とは打って変わって、沖田さんの瞳孔は開いている。

「―――さすが、真選組一番隊隊長」

そう言って、出てきたのは。
過激派で有名な浪士組の一部。数は七人。

「女子(おなご)と逢い引き中でも、すぐ気配がわかるのか。さすが」

「いいねぇ、幕府の犬は。女に不自由しなくて。俺にも一人紹介してくれよ」

下卑た笑い声がどっと沸き起こる。

わたしの足が、歯が、がちがちと震える。

今までこんなこと、万事屋にいた時もたくさんあったじゃないか。

いい加減、慣れようよわたし。

どうしていつまでたってもビビるの?


自分の情けなさと恐怖で泣きそうになる。

怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

「おい。あのガキの震えよう」

「ぶっ。大丈夫でちゅよー。すぐ楽にしてあげまちゅからねー」


その時。
隣で沖田さんが、フッと笑った。
ぞっとするほど、冷徹に。


「あんた等、知らねェのか?」

冷酷な笑みを携え、沖田さんは刀に手をかける。

沖田さんの傘が路地に転がった。

「こういう時にべらべら喋ると死亡フラグっつーことを」


浪士達の顔色が変わり、

「かかれぇぇぇぇ!!」

と沖田さんに向かって、刀を引き抜いた。


沖田さんは、七人という数をものともせず、かわしては斬り、かわしては同士討ちさせて。
男の人にしては華奢な腕に、どうしてそんな力があるのかというくらい力強い太刀筋で、浪士達を襲う。

沖田さんは、普段とはまた違うポーカーフェースで人を斬り続けていた。

いや。ポーカーフェースなんて生易しい言葉は今の沖田さんには似合わない。

彼の表情を形容できる言葉は“無”だ。

沖田さんが、鋭い眼光で最後の浪士、恐怖でがちがち歯を鳴らしている人を射抜く。

その浪士は、うわあああと発狂しながら沖田さんに斬り掛かる。
沖田さんはそれをなんなくと交わして。

ズブリ。

鈍い音とともに、沖田さんの刀が、浪士の心臓を貫いた。

容赦なく、刀を引き抜き、血飛沫が飛び出る。

浪士の体は前に倒れ込み、しばらく痙攣していたが、やがて、それもやめた。

沖田さんはその様子を何の感情も表さない瞳でじっと見て、やがて、その瞳をわたしに向ける。

黒い隊服は血でところどころ赤い。
刀には先程まで生きていた人の中に流れていた血がこびりついている。

沖田さんは無表情なまま、じっと私を見つめ続け、やがて、背中をわたしに向け、おもむろに携帯で誰かと電話をしはじめた。

パチンと携帯を折り、わたしに背中を向けたまま言った。

「もうすぐ旦那が来まさァ」

それっきり、沖田さんは喋らなかった。


きっと、その理由は。

わたしが、沖田さんを『怖い』と思ったことを、沖田さんは知ってたから。








拒んだのはどちら


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