頓所に帰ると、パチパチと何かを燃やす音が聞こえ、鼻孔を何かが焦げる匂いがくすぐった。
「も、もうちょっとだからな小春くん。だからそんな今にも焼き芋に襲いかかりそうな顔やめてくれる?」
「はー、はー、はー」
よだれをダラダラ垂らし、目をギラギラと怪しく光らせている山川を近藤さんが必死になって落ち着かせていた。山川は、っつーか万事屋は食べ物にたいして異常な執着を見せる。鍋や蟹を相手にすると途端に戦争が勃発する、と山川が愚痴を零していた。
「あ、ほら、焼けたぞ小春くん!」
近藤さんがアルミホイルに包まれた焼き芋を渡すと、山川は礼を早口で言うがいなや物凄い勢いで貪り始めた。あまりの貪りように隊士全員引いてる。
食べ終わると同時に、殺伐とした雰囲気が引っ込められ、幸せそうに、脳天気に、にへらとだらし無く頬を緩ませた。
山川は近藤さんや隊士たちの様子に気づかず、笑顔を引き攣らせた近藤さんに「この焼き芋美味しいですねえ」と呑気に話し掛けている。
「こんな美味しい焼き芋を戦争無しで食べれるなんて…真選組って良い所ですねえ。万事屋だったら今ごろDEATH NOTE並の騙し合いですよ」
お前らくっだらねーことには頭使えるよな。山川から聞いた蟹争奪戦の話は恐ろしく、くだらなかった。
「あー、でも…この焼き芋、みんなにも食べさせたかったなあ…」
山川がぽつりと、気を落として声を漏らす。
“みんな”
それは、万事屋のこと。
あいつにとって、真選組は仕事場。
んでもって、万事屋は家。
万事屋の愚痴を零すことはしょっちゅうだ。
旦那がまたパチンコ負けた旦那が糖分過剰摂取をやめねえ、旦那が仕舞い忘れたAVを見て気分が悪ィ、あれ旦那の愚痴ばかりじゃねえか。
けどそれ以上に。
今日旦那にパフェ奢ってもらった、眼鏡に寺門通のCD貸してもらった、チャイナとプリクラ撮った、万事屋でゲームしたら自分が最下位で悔しい。
万事屋との日々を、心底楽しそうに嬉しそうに語る。
そういうのを見て、山川の居場所は、万事屋なんだと強く実感する。
俺には、絶対に踏み込めない場所にアイツはいるんだ、と。
…別に、それがなんだって言うんでィ。
そんなの当たり前じゃねえか。
自然と、握りしめた拳に力が入る。爪が食い込んで、少し痛い。
「小春くんは万事屋が大好きなんだなあ」
「はい!」
山川は満面の笑顔つきで即答する。
…この感情。
久々に来やがった。
土方コノヤローが道場に来始めた頃の感情。
あの頃と俺は何も変わっちゃいねェ。
ただの自己中心的なクソガキ。
「よーし、小春くん。好きなの持って帰っていいぞ!」
「え、やったああ!!ありがとうございます近藤さん!!」
…胸糞悪ィ。
てめえのくだらねえ子供じみた独占欲に吐度が出る。
「それじゃあ小春くんホームシック…ん、万事屋シック?になるんじゃないか?最近あまり万事屋にいないだろう」
近藤さんが申し訳なさ気に言う。
「…そうですねぇ。寂しいって言っちゃあ、寂しいです」
少し軋む心臓。
ああ、めんどくせェめんどくせェ。
「でも、私、真選組が好きですから、そこまで寂しくないです」
さらりと何でもないように、山川は言った。
「最初は正直すっごく怖かったんです。真選組の方々とは今までもお付き合いありまして悪い人たちじゃないとは知っていたんですけど、やっぱり怖くて…」
「でも、今は本当に怖くなくていい人たちの集まりだと思っています。最初は真選組の人といったら近藤さんと山崎さんしかお話できなかったのですが、今では、土方さんや、それに、沖田さん」
不意に俺の名前が話にでてきて、心臓がびくりと震える。
山川は、
「時々、いや結構怖いんですけど、沖田さんが最近よく相手をしてくださって、毎日が本当に楽しいんです」
へらりとマヌケな笑顔で、嬉しそうにそう言った。
俺は壁に背中を押し付け、ズルズルと腰を下ろし、顔を片手で覆った。
顔が熱があるわけでもないのに熱い。
あんなどこにでもいるビビり脳天気女に、こんなに感情を左右されるなんて。
「…ムカつきまさァ」
本当に、カンに障る女でィ。
ごめん、大嫌い
「あ、沖田さん!焼き芋すごいおい…ごふっ!」
「総悟ぉぉぉ!?なんで小春くんにチョップしてんのぉぉぉ!?」
「そこにいたからでさァ」
「そこに山があるから登るみたいなノリで女の子殴るか普通!?」
「(やっぱこの人怖いんですけどォォォ)」
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