2022/09/10(Sat)


【前回のあらすじ】
 なんやかんやでエレベーターが止まり、閉じこめ
られた四人。ガサツな朴念仁、口八丁手八丁の皮肉屋、高飛車で我儘女――クセがすごいラインナップに囲まれた打算的八方美人はこれから一体どうなってしまうことやら………………。


 

 詰んだ。
 とにかく詰んだ。

「ケータイ繋がんねえわ」

 ぱちん、とケータイを折りたたんだココ君は平然と言う。青宗君も「そうか」と頷いた。麻美ちゃんは「えーー! やだーー! こわぁーーい!」とココ君の腕に絡みつこうとし、青宗君に「ココにたかんな」と足ドンされていた。そして二人のハブとマングースまたはトムとジェリーみたいな喧嘩が始まる。ココ君は『喧嘩をやめて〜二人を止めて〜私の〜為に〜あらそ〜わないで〜』の渦中真っただ中にいるというのに「管理会社は…………あーあそこか。社長揺さぶっとこ」と十代とは思えない恐ろしい何かを涼しい顔で呟いている。なんなん。なんなんこの人達。助けてドラケン君。助けて三ツ谷君。私しかツッコミがおらん。

「ま、まあまあ落ち着いて二人とも! 今非常事態だしさ! ね! 皆仲良くしよ!」

 青宗君と麻美ちゃんの間に割り込むと、青宗君は怒りに漲った瞳をほんの少し緩ませた。けど麻美ちゃんは「は?」と声を低めて威圧してくる。さっきココ君に向けた「えーー! やだーー! こわぁーーい!」より五オクターブほど低い。

「何その偽善者120%の発言。この面子でどう仲良くしろっつーの」

 麻美ちゃんの発言に、ココ君が鼻を鳴らした。「確かに」とくつくつ喉奥で笑っている。

 …………………………イラァ…………………………。じとりと不快感が沸き上がり、無理矢理吊り上げていた口角が引き攣っていった。え……? すごい……超ムカつく………。

「よし。折衷案だ。オレ、ココ、陽子でつるむ。オマエは隅っこで三角座りでもしとけ」
「は〜〜〜〜!? なんで私がハブられなきゃなんないの!!」
「ウザくてムカつくからに決まってんだろ」
「あ〜〜〜! また〜〜〜! あ、そーだ! なんかゲームしようよ! ほら、マジカルバナナとか、」
「ふ」

 またしても鼻で笑う音が耳を掠めた。こんな風に小馬鹿にしたように笑うのは、まあ、案の定、彼だ。

「必死じゃん」

 ココ君は、この重苦しい空気をなんとかしようと必死な私を、おもくそ馬鹿にしていた。
 
「まぁ緊急事態だからさー!」

 と笑いながらも、私の腸は煮えくり返っていた。ムカつく〜〜〜! ムカつく〜〜〜〜! ムカつく〜〜〜〜〜〜〜〜! この持って回ったような含みのある言い方ムカつく〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! ああ〜〜〜〜〜〜〜〜! 

 ココ君めっちゃムカつく。けど、ココ君は青宗君の親友だ。仲良くはしたい。ココ君の人柄に惹かれて仲良くしたいという純粋な友愛心からではなく、将を射んとする者はまず馬を射よの法則に則って仲良くしたいという打算的な思いからだけど。いやまぁ青宗君とは付き合えているしありがたいことに青宗君からの好意はめちゃめちゃに感じるし今のところ安泰だけど、いつ何が起こるかわからないのが恋愛だ。青宗君の目が他の女に一ミリも動く事の無いように日頃から調整しておきたい……そのためには青宗君をよく知る必要がある。青宗君の親友であるココ君は私の知らない青宗君もたくさん知っているだろう。彼から青宗君の情報を仕入れておきたい……。頭の中で高速で電卓を叩きながら、色んな計算をする。
 だから私はココ君への苛立ちを必死に抑えつけながら、にっこりと笑いかけた。

「ココ君はマジカルバナナあんま好きくない? 他のゲームする? あ、山手線とかどう? そんで世界の首都言ってくのどーかな! 結構盛り上がるよ〜! でもココ君頭良いから私すぐ負けそうだなー!」

 褒められたら大抵の人間は気を良くする。その論理に従いココ君をおだてる。ココ君はじっと私を見てから、ふっと笑う。

「無理すんなって」

 ムカつきすぎて一瞬思考回路が全て切れた。
 全て見透かされていた事に対する羞恥心と含みのある皮肉がめちゃめちゃ腹立つ気持ちが綯交ぜとなり私を襲う。苛立ちで顔の筋肉がぴくぴくと痙攣しまくっていた。

「ちょっと、アンタさっきから何ココに媚び売ってんの」

 ココ君への苛立ちで身悶えしていると、気付いたら麻美ちゃんが大きな目を細めて私を射すくめていた。

「え、いや、普通に話してただけ」
「アンタは乾の相手だけしとけよ! ココに近づくんじゃねーよ!」

 麻美ちゃんにどんっと突き飛ばされる。何なんこの少女漫画の嫌なライバルのテンプレをなぞるような子は〜〜〜〜ていうか私ココ君のこと一ミリも好きじゃないんだけど〜〜〜〜〜!?
 麻美ちゃんに突き飛ばされ「ぎゃっ」とよろめいた私を受け止めてくれたのは青宗君だった。

「ありがとー……」

 この場で唯一心を許している大好きな彼氏が助けてくれて、ほどかれるように安堵感が胸の内で広がる。私を上から真顔で覗き込んでくる青宗君にへらっと笑いながらお礼を告げると、青宗君は「もう大丈夫だ」と力強く頷いた。何が大丈夫なのか、その答えを青宗君はすぐに教えてくれた。

「あのブスぶっ殺してくる。安心しろ」

 まっっったく、安心できない。

「テメェ今日こそ息の根止めてやる………、楽に死ねると思うなよ………?」
「うっわまたそうやって暴力で片付けようとするんだ! さすが前科持ち! なーーんも変わってないね!」
「ぎゃーーー! 落ち着こう! ほんと! 落ち着こう! ね、とにかく! 落ち着こう!! ほーら青宗君六秒間気を静めてみよ〜〜〜う!」
「陽子大丈夫だ。こんな女二秒あったら片付けられる。残りの四秒でハンガーマネジメントだ」
「ねぇ私どっから突っ込めばいい!? もうボケが多すぎてわかんないんだけど!!」

 私がこんなに必死になって二人を止めているのに、ココ君は我関せずだった。「マジ電波たたねえな」とケータイを弄っている。オマエも手伝わんかい! 私一人にツッコミやらすな!! 『手伝え』のアイコンタクトをココ君に送ると、ココ君は気付いた。

 べえ、と舌を出された。

 ――ぷつん

 私の理性を繋ぎとめている糸が、全て切れた。

「………………ろ」
「オマエみてぇな女殺しても犯罪にならねぇ、駆除だ駆除。スズメバチ駆除と同じ扱いなんだよ」
「小卒こわ〜〜〜〜! 法律マジ知らないじゃん! まぁ横浜どこにあるか知らないような奴だもんね、しょうがないかー!」
「…………………………しろ」
「あ゛? 横浜は………………」
「うっわもう引く〜〜〜! そこまでいったら引く〜〜〜〜!」

 ――ダァンッ!

 怒りに押された私は、エレベーターのボタンに拳を叩きつけていた。
 三人の視線が私に集まっている。麻美ちゃんは驚愕し、ココ君は口角を引き攣らせ、青宗君はぱちぱちと瞬きしていた。私は三人の顔を見渡しながら、地の這うような低い声で言った。

「――い い 加 減 に し ろ っ つ っ て ん ね ん」

 絶対零度の声が私から落ちた瞬間、エレベーターが凍り付いた。ややあってから、エレベーターのドアが開いて、光が差し込む。作業着を着た人が慌ただしく駆け込んで来た。「すみません遅れました! やー何故か監視カメラも動かず通話も繋がらずで! ほんっとうに申し訳ない!」と弁解を始める。やっと助けが来たのに、私達は誰も喜ばないし、誰も動かなかった。




「イヌピーの今カノイヌピーの影響受け過ぎてね? 黒龍時代の八戒にナイフ突き付けてたイヌピー思い出した」
「……オレ色に染まる陽子……」
「超良いように言うじゃん」

 

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