2022/08/01(Mon)






 ――いた。


 ココ今日学校来てるよ。

 同小の子から得たその情報を元に学校中を探して探して探したあとに、私は嫌いな男をようやく発見した。私が嫌う男――九井は絵の具の匂いが蔓延る美術室の机に顔を突っ伏しながら寝ていた。この私が探しまくってる時に呑気に寝てるなんて……! 相変わらずの傍若無人っぷりが腹立たしいけど、私の胸の内は同時に高鳴ってもいた。視覚が九井の姿を捉え脳に情報を伝達してから、胸の奥がきゅうっと疼いて、心臓から生まれた甘酸っぱい感情が体の中に満ちていく。

 ……久々だ。

 九井は乾の家が火事に遭ってから、学校にあまり来なくなった。九井の彼女でも友達でもない私は、九井が学校に来なければ会えない。最近は乾にキスしてる写メをちらつかせて言うこと聞かせているけど、九井は全て頷く訳ではなかった。一緒にディズニー行ってと脅したら『だったらバラされる方がマシ』と澄まし顔で跳ねのけてきた。社不でホモなくせに傲慢不遜な九井に怒りが頂点に達し、バラしてやろうかと思った。でもまだ苦しめ足りないと思い直しそこは折れてやった。

 そろそろと足音を立てずに九井の元に向かう。近づく度に鼓動が速まった。
 九井を見下ろす。つむじが見えた。小学生の頃は身長変わらなかったけど、今では九井の方が大きいから久々に見る。つむじを見ているだけなのに唇がむずむず震える。心臓が汗ばむように熱くなる。

 学校に来たなら授業受ければいいのに。てか毎日来ればいいのに。乾のクソバカアホはもう無理だけど、九井なら頭良いからすぐに授業に追いつくだろう。授業に出てない間のノートは全部私が見せるし。

 窓から差し込む柔らかいオレンジ色の光が、九井の黒髪を淡く透かした。鱗粉をふりまかれたように、きらきら輝いている。

 三日で別れた彼氏には、触れられた瞬間に怖気が立った。さわんないでよ! と怒鳴りつけたら目を真ん丸にしてビックリされた。友達に『どうして振ったの?』と聞かれて『手を繋ごうとしてきたから』と答えたら唖然とされた。その顔がムカついたから睨みつけたらあわててそうだよねキモいよねと取りなしてきた。
 他の男には少しでも触られたら全力で拒絶してしまう私は、当然、触りたいとも思わない。けど九井は例外だった。腕を絡ませたい。抱きつきたい。嫌いになった今も、その願望は胸にある。

 ……少しだけ。寝てるしバレない、はず。てか奴隷をどう使おうが主人の勝手だし? 心のなかで言い訳を並べてから、九井の頭に手を伸ばす。さらさらの黒髪にあともう少しで触れられるという時だった。

「…………あか、ね……さん……」

 世界一憎たらしい名前が、切なげに、尊ぶように、紡がれた。

 私の世界から音が消え、色がなくなる。

 甘酸っぱい思いは瞬く間に墨のようなドス黒い感情に塗り潰された。
 骨がねじれるような屈辱が私の身の内に迸る。気付いたら、私は九井の頭を平手で叩いていた。

「一丁前に寝てんじゃねーよ、社会不適合者のホモ」

 「……ってぇ」と頭を抑えながら起き上がった九井を冷たく見下ろしていると、九井は緩慢な動作で私を見上げた。起き抜けだからか焦点がぼんやりしている。私の姿を確認するように瞬きを繰り返してから、ぽつりと呟いた。

「…………オマエか」

 虚無感の籠もった声に、頭の芯がカッと熱くなる。屈辱で死にそうだった。なに、なになにその、
 明らかに、残念がってる声は……!

「社不の分際で学校来んじゃねーよ! そのまま落ちぶれて死ね!!!!」

 ヒステリックに怒鳴りつけ踵を返す。そのまま速歩きで廊下を歩いた。

 なんで。なんでなんでなんでなんでなんでなんで。

「なんであの女なの……!!」

 なんで、私じゃないのだろう。



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