2022/02/17(Thu)


「イヌピー君! はい、チョコ!」

 藪から棒に、当然の如くチョコを渡される。意味が分からなさ過ぎて首を傾げる。首を傾げるオレに中野は戸惑っていた。

「あ、あの、チョコ……なんだけど……」
「さっき聞いた。なんでチョコ」
「そ、そりゃあ今日バレンタインで……え、もしかして今日2月14日なの知らないの!?」
「あ? 知ってんに決まってんだろ。そういやそんな日あったな」
「えーーー17でバレンタイン意識しないとかマジ!?」
「マジに決まってんだろ舐めんな」
「いや舐めてはないけど! ……まぁいっか。ほらほら開けて開けて!」

 目を昂揚で輝かせた中野に急き立てられながら包みを開けると、少しデカくしたチョコボールをココアの粉末でまぶしたみたいな代物が出てきた。(※トリュフ)

「私が作ったんだよー! 食べてみて!」
「へー」

 言われるがままにチョコボールのような代物を口の中に放り込んだ瞬間。

 クッソ不味い

 脳みそはこの六文字に犯された。

 クッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味いクッソ不味い 

 なんか塩辛い、意味わかんねぇ、チョコなのに塩辛い、甘いのに辛い意味わかんねぇ。

 衝動のままその言葉が飛び出かけた時だった。『信じらんねぇ……』とドン引きしている松野が脳裏を過った。アレは確か中野を吉野家に置き去りにして帰った事を言った時だったな。

『イヌピー君はマジで女心わからなさすぎっすよ。これ貸すんで、読んでください」

 そう言って松野はオレに漫画を貸してきた。赤音の部屋で見た事のある、繊細な線で描かれた登場人物たちの背景にはシャボン玉や花が咲いている。少女漫画だった。松野はオレに漫画を押し付けるとさっさと踵を返し去って行ったので、押し返す事も出来なかった。仕方ないので持って帰って読んでいくと、男が料理を失敗してへこんでいる女に『お前の作ったものなら何でも美味いよ』と爽やかに笑いかけるシーンが出てきた。ふざけてんのかコイツ。不味いモンは不味いだろ。

 今もオレはそう思っている。不味いモンは、不味い。

 口の中が不味すぎて吐きそうになっていた。マジで不味い。クッソ不味い。
 けど。

「ねぇねぇ、どう? 美味しい?」

 オレの袖を引っ張って覗き込んでくる中野に『不味い』と言ったら、その目の輝きは翳るのだろうか。そう思ったら、本音が喉の奥に引っ込んだ。お前の作ったものならなんでも美味いよという台詞が脳裏をぐるぐる回る。お前の作ったものならなんでも美味いよお前の作ったものならなんでも美味いよお前の作ったものならなんでも美味いよ

 期待に満ちた表情の中野を見据えながら、口を開く。その瞬間、舌が口の中に残っているチョコの残骸に触れた。

「クッソ不味ぃ」

 おええぇ……と吐き気を催したついでに舌を出す。中野は「えっマジ!?」と素っ頓狂な声を上げ、チョコボールのようなものを「ひとつごめん!」と断りを入れてから半分齧り「うわまっず!!!」と自分でも発狂していた。つーか今食ったのかよ。

「水水水……! ごめんねー! 多分私塩と砂糖間違えた!」
「味見してから渡せ、うぷっ」
「ぎゃーー! イヌピー君しっかり!! ほら水水水!!!」

  









「つーことだ。不味いモンは不味い」
「イヌピー君もイヌピー君ですけど中野さんも中野さんですよね」



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