2021/10/31(Sun)


「トリックオアトリート!」

 イベントごとが好きな私は毎年毎年、この日になるとショートに同じ呪文を唱える。お菓子くれなきゃ悪戯するぞ! 
 ショートが返すパターンは二つだ。その時持ち合わせていたお菓子を渡すか「持ってねぇ」と真顔で返すか。前者だったらありがたくいただくし、後者だったら軽くデコピンしていた。今年はどっちかなぁとワクワクしながら見守っていると。

「ああ」

 こくりと頷いたかと思うと「ちょっと待っとけ」と教室に入った。少ししてから大きな紙袋を引っ提げて戻ってくる。

「ん」

 ショートが私に差し出した紙袋の中には、大量のお菓子が入っていた。

「え……、も、もしかして用意してたの!?」
「ああ。ハロウィンだからな」
「え、え、えー! そんな、適当でいいのに! 今までみたいにあったら渡すって感じで……!」

 まさか用意してくれてるとは思わず、私は狼狽える。ショートの生真面目すぎる性格を考慮すべきだった。あたふたしている私にショートは「気にするな」と淡々と言う。

「明の喜ぶ顔が見たいからやっただけだ」

 真顔で告げられた言葉が鼓膜に入り込むと、ほわんほわんとシャボン玉のような何かが胸の中に溢れかえった。
(「死ねぇ、死ねよぉ……」「雄英も男女交際禁止にしねぇ?」by1-A男子)

「え、えへへぇ、あははぁ、あ、ありがと……! すっごい嬉しい! わぁ、しかも私の好きな奴ばっかだ! ありがとう!」

 頬のゆるみが止まらない。どうしよう。こんなに幸せな事ってあるのかな。世界中の幸せを全て私が独り占めしているんじゃないかってくらいの幸せだ。紙袋を両手で抱え込みながらお礼をもう一度重ねる。ショートは目をゆるりと細めてから「明」と私を呼んだ。

 ショートに呼ばれると、自分の名前が特別なものに変わるから不思議だ。ゆるゆるの頬をそのままに「なあに?」と聞き返す。

 ショートは言った。

「トリックオアトリート」

 私の目を真っ直ぐに見つめながら、淡々と呪文を口にした。

「…………え?」

 言われた意味がわからず聞こえた耳を疑うと、ショートはもう一度言った。

「トリックオアトリート」

 お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。
 微笑ましい脅し文句を、ショートは言った。
 ショートが、言った。

「しょ、ショート今なんて言った!?」
「トリックオアトリート。お前これで聞き返すの三回目だぞ。耳鼻科受診した方が良くねえか」
「だ、だだだって! ショートこういうイベントごと全く興味なかったじゃん!」
「最近持つようになった」
「なるほど〜〜!」

 ポンッと手を叩いて納得した後に、「って、ちがーう!」と自分自身にツッコミを入れる。納得してる場合じゃない! あああ私のバカバカバカ! 最近のショートは普通の高校生が楽しむものを楽しむようになった事を知ってたのに! 今年もハロウィンを覚えているのは私だけだと思って何にもお菓子を用意してない……!

「ごめん、私、お菓子持ってない! ちょっと待って今コンビニ行ってくるから!」
「そこまでしなくていいだろ。じゃあトリートか。悪戯……悪戯……」

 飯田くん程じゃないとは言え、真面目が服を着ているようなショートだ。いざ悪戯しようと思っても何も出てこないらしい。スマホを取り出し、顎に手を添えながら必死に考え込んでいた。あああ、ショートを悩ませている……! 

「コンビニ、」

 行くから待ってて。
 その言葉は空気の中に溶けていった。

 ショートが私の髪の毛を耳に掛けていた。耳たぶにショートの指が触れた瞬間、ぴりぴりと痺れが走った。
 だけどそれはまだほんの序章だった。

 ショートは私の耳元に唇を寄せる。そして、ふうっと息を吹き付けた。

 雷のような痺れが、全身を貫いた。







「わりぃ……。俺の悪戯が下手くそなばっかりに……。もう鼻血は大丈夫か……?」
「へ、下手とかじゃあないんだけどぉ……心臓に……ちょっと負担が、ってあああそんな血相を変えないで! 大丈夫! 大丈夫じゃないけど大丈夫だから!」



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