2014/09/24(Wed)


もうすっかり暗くなったので、帰ることになった。

わたしと未央ちゃんはちょうど同じ方面なので一緒に帰ることにした。荒北くんと東堂は同じ寮に住んでいるので、駅でお別れだ。ばいばいと手を振っていたら、東堂がわたしの手首をガシッと掴んだ。

「なんか、変なことされたら、す・ぐ・に、電話するんだぞ」

「東堂くーん、東堂くんの中で私ってなんなのかな〜?」

未央ちゃんがアハハハと乾いた笑い声を上げた。

「正直言って、かなり危険人物にランクインしている。真波と隼人くらい危険だと思っている。まあ、メガネくんよりも上だ」

「真波…?あ〜、あの、ジャニーズにいそうな可愛い子〜」

「そうだ、オレと女子の人気を二分している一年だ。オレと色々とキャラも被っているし、はっきり言って、吉井の好みのタイプだろう」

「え、ええ」

真波くんのことは可愛いと思っているけど…、男の子としては見てないんだけどなあ…。あと、キャラ被っていないと思う…。

「メガネくんって?メガネかけている子なんていんの?」

「メガネくんの名前は小野田くんって言って、総北の子なの!」

「うわっ、さっちゃんの眼が急に輝きだした…吃驚した…」

「…」

「東堂ってわかりやすいネ」

小野田くん。わたしの癒し。初めて出会った時から、目が離せなくなった。わたしはいそいそとケータイを取り出し、未央ちゃんに写メを見せた。

「この子が小野田くんっていうの〜。可愛いでしょ〜。メガネザルにそっくりで、可愛いでしょ〜?」

「へ〜、可愛いね〜、一年生か〜。肌ぴちぴちなのが写メからわかる…」

「ね!触りたくなるよね!」

「さわりたーい!かわいがりたーい!この子絶対女の子慣れしてないでしょ!そういうのっていいよね!」

未央ちゃんの言葉がグサッと東堂の心臓に刺さったのをわたしは気付かなかった。

「言葉遣いも優しいんだよ〜、ほんとにいい子っていうか…。見るからに優しそうなのが伝わってきていいよね!」

わたしの言葉がグサッと荒北くんの心臓に刺さったのも、わたしは気付かなかった。

それから、小野田くんを二人で褒めちぎっていたら、荒北くんが未央ちゃんをバシンッと大きく叩いた。

「ちょー!?殴られる意味がわかんないんですけど!?」

「ッセェ!!さっさと帰れ!バァーカ!!」

荒北くんが、しっしっと手で追い払うような仕草をした。東堂は少し泣きそうな顔をしながら、わたしに「またな…」と手を振っていた。

「どうしたの?そんな悲しそうな顔をして…」

「いや…もう…メガネくんが…羨ましくてな…ハハハ…」

「ごめん、もう一回言ってくれる?よく聞こえなかった」

「いや、いいんだ…」

かくしてこうして、わたし達は二手に別れて帰ることになった。

バスの座席に座ると、未央ちゃんに頭を下げられた。

「ありがとう、さっちゃん、ほんとに」

「え?」

「ほんとは、こういう遊園地とかって、東堂くんと二人できたかったよね?なのに、私半ば強引に連れてこさせちゃってさあ…。ほんと、ありがとう!」

「え、いいよいいよ〜!わたしも、すっごく楽しかったし!東堂も楽しそうだったし!」

両手で手をふりながら笑うと、「さっちゃん…!」と涙目で見られた。大きな瞳が輝いていて、綺麗。可愛いなあ。

「未央ちゃんはくっきり二重瞼で可愛いねえ、美人さん」

「おだててもなーんも出ないよ。なんか性格きつそうとか言われるし、私はさっちゃんみたいな感じになりたかったなー」

え。

吃驚して目を見開いてしまった。

「さっちゃんみたいな、ほんわかした顔になりたかったよ。頬っぺたとか思わず触りたくなる感じの。顔だけじゃなくて、性格も。私、恥ずかしいとすぐネタに走るっていうか…。女子らしくないっていうか…。時々こういう自分が、本気で嫌になるんだよねー」

はははと乾いた笑いを漏らす未央ちゃん。

ぽかんと口を開けてしまった。

まさか、そんなことを言われるとは。

未央ちゃんはわたしの憧れているタイプそのものの女の子だから、自己嫌悪なんてすることないような女の子だと思っていた。

「わ、わたしは未央ちゃんみたいになりたいけどなあ」

「…はい!?な、何言ってんの!?」

「だって、顔立ちとか、はっきりしているし、華奢だし、お洒落だし、東堂の話のスピードにもついていけているくらい話し上手だし」

「いやいやいや!そんないいもんじゃないから!!」

「東堂も、未央ちゃんと喋っている時すっごく楽しそうだし」

「いやいやいや!それを言うなら、荒北だってさっちゃんには殴らないじゃん!私にはあんな容赦なくバンバン殴るのに!!それはさっちゃんがほんわか〜しているからだよ!」

ぶんぶんと大きく頭を左右に振る未央ちゃんが面白くて、ぷっと噴出してしまった。

「ないものねだりってやつなのかもね」

そう言ってから、笑うと、未央ちゃんも「そうかもねー」とアハハと軽やかに笑った。

「ないものねだりかもしんないけど、わたし、東堂にはもうちょっと雑に扱ってほしいなーって思う事あるよ〜」

「…はい!?」

「付き合う前も過保護なところあったけど、付き合ってからはエスカレートしていっているというか…。ちょっと恥ずかしい時あるし…」

「…荒北が私にしているような態度を、東堂くんにもとってほしいってこと…?」

「そうだね〜、もうちょっと、雑でいいっていうか…」

「ふざけんなよ、このクソアマがって言いながらさっちゃんを殴る東堂くん…?…誰…?…じゃあ、それを言うなら、私は荒北にもうちょっと…いや、過保護な荒北とか想像したら怖くなった。荒北が過保護になるのは福富くんだけだよ…。それでいいよ…。それがいいよ…」

「仲いいよねえ」

「大好きだからねー。福富くんに私と付き合えておめでとうって言われた時、あいつ半泣きだったらしいから…。新開くんが言っていた…」

「想像できるねえ…」

「…あ、あのー先輩」

「先輩…?」

突然の先輩発言に首を傾げる。未央ちゃんが、赤くした顔をわたしに向けた。恥らいながら、目線を下に向けている。どうしたんだろう、可愛いけど…。未央ちゃんは意を決したように、顔を上げた。

「と、東堂くんと初めてチューした時、どんなんだった…!?」

「…へっ!?」

突然、なかなか恥ずかしい質問をされて、ぼわっと顔が熱くなった。

「きょ、拒否らなかった!?」

「え、ええっと…拒否はしなかったかなあ。こちらこそお願いしますっていう感じで…」

「ま、まじか…。やっぱそっちの反応が正しかったか…。に、二回目の時は!?いつした!?」

「二人で初めて出かけた時が二回目だったなあ、確か…」

「えっ、一回目どこでしたの!?」

「と、東堂の寮の部屋…」

「!? な、なんで寮に上がり込んだの!?はっ、もしや東堂くん無理矢理…!」

「ち、違う違う!わたしが雨でぬれちゃって、それでシャワーを貸してもらって…!」

「ハァーーーーーー!?なに!?なにそのエロい事!?そんでチュー!?やだ、なに、えっ…ええーー!?」

「お、落ち着いて、未央ちゃん」

「あ、ご、ごめん…!私そんなことになったら、荒北の部屋破壊するかもしれない…」

未央ちゃんは真っ赤な顔を両手で覆いながら呟いた。は、破壊…。

「未央ちゃんは、荒北くんとキ―――、」

「さっちゃんそれ以上言ったら、私は自分で自分を抑えられない自信があるから言わないで」

「わ、わかった」

したんだな…。指の隙間から見える真っ赤な顔が、二人がキスをしたということを証明していた。

「なんかさあ、ほんと、恥ずかしくて。私甘ったるい雰囲気とか、苦手でさあ…」

もごもごと恥ずかしそうに呟いている未央ちゃんが可愛くて、わたしは未央ちゃんの頭を撫でた。

「大丈夫だよ、荒北くんは未央ちゃんのそんなところ、すっごく可愛いと思っているはずだから」

ぽんぽんと撫でる。未央ちゃんの顔が更に赤くなった。

「可愛いなあ」

「い、いや、可愛くないから」

「可愛いよ、すっごく可愛い。荒北くんはそういうところが大好きなんだよ」

「さ、さっちゃん、あのさ」

「荒北くんが未央ちゃんを見る目ってすっごくやさし―――、」

「うわーーーーー!!!」

未央ちゃんが発狂した。目が点になる。バスに乗っているのがわたし達だけでよかった…と安心していると、未央ちゃんは真っ赤な顔で、私をぎらっと睨んだ。

「…さっちゃんって、東堂くんともう結構長いよね…?」

「え、えーと、二年の冬からだから…そうだね〜、あともうちょっとで一年だ」

未央ちゃんの剣幕におされながら答える。

「なんで、まだ二人とも苗字呼びなの?」

「…へ!?ええ、っと、そ、それは…」

もごつかせると、未央ちゃんがわたしの肩に腕を回した。

「おうおう、お嬢さん恥ずかしがって、可愛いね〜。ほら、言ってみよう?」

「え、ええええ」

「東堂くんの下の名前知らない訳じゃないでしょ?私だって知っているよ?ほら、じ・ん・ぱ・ちって」

「み、未央ちゃん」

「ほら、言ってみようよ。練習だと思ってさ」

「え、ええ」

「ほーら、言わないとくすぐっちゃうぞ〜?」

未央ちゃんが私の脇腹を触った。今の時点ですでにくすぐったかったので「わ、わかった!」と早々と降参した。

どっどっどっどっと心臓が鳴る。

別に、東堂はここにいるわけじゃないのに。

下の名前で呼びたくない訳じゃない。

練習だ、練習。

すう、はあっと、深呼吸をしてから、蚊の鳴くような声で言った。


「じ…、ん、ぱ…ち…」









月明かりの下、オレは荒北と歩いていた。何が悲しくて荒北と…と思わなくもないが、それ以上にオレは、違うことで頭を悩ませていた。

「栗原さん、吉井にセクハラしていないだろうな…」

こういうことで。

「お前、アイツのことなんだと思ってんだヨ」

荒北が呆れたようにオレを見る。

「オレだって友人のことは信じたい。だが、栗原さんは、吉井の、む、む、胸を揉んだり、いい匂いする〜と言って匂ったり…!」

「女子同士だろーが」

「…む、ケータイが…。栗原さん…?」

「はァ?なんで?」

「オレにもわからん」

ケータイを取り出して、とりあえず耳に当てる。

『あー東堂くん?あのさー、今日、二人っきりの時間邪魔してごめんね?だからさ、そのお詫び。今からメール送るわ。今日ほんとありがとうねー。じゃ!』

ブツッと、何かを言う暇もなく早々と切られた。

「…。なんなんだ、一体…」

「何だってェ?」

「さあ…。よくわからんあ、メール…。音声…?開いてみるか」

なにげなく、音声を開いてみた。荒北も一緒になって聞く。すると、吉井と栗原さんの声が聞こえてきた。

『み、未央ちゃん』

困ったように、栗原さんの名前を呼んでいた。恥らっている顔が想像できる。

『ほら、言ってみようよ。練習だと思ってさ』

『え、ええ』

『ほーら、言わないとくすぐっちゃうぞ〜?』

ぎりっと奥歯を噛んだ。

「ま、またセクハラまがいなことを…!」

「オレも弁護できねーぞ、これ…。アイツまじでセクハラおやじみたいなとこあんな…」

荒北がハァッとため息を吐いた時だった。

すう、はあ、と、深呼吸する音がして、そして。

『じ…、ん、ぱ…ち…』

蚊の鳴くような声で、拙く、オレの名前を呼ぶ世界で一番好きな声が聞こえた。

…?

思考回路がショート寸前というかショートしているオレを置いて、音声はまだ続く。

『はい、もーいっかい!』

『え、ええ』

『ほらほら!』

『じんぱ…ち…』

『可愛い〜!』

『み、未央ちゃんも呼んでよ!』

『…は?!』

荒北の眉毛がぴくっと動いたのがわかった。だが、オレの思考回路はショートしているので、そんなことはもうどうでもよかった。

『荒北くんの下の名前!』

『…はっはっはー!』

栗原さんの笑い声を最後に、音声は途切れた。

オレと荒北は少しの間、何も喋らなかった。

ようやく、思考回路が元に戻り始めた。

「荒北」

「んだよ」

「お前の彼女は素晴らしいな。さすがオレの親友なだけのことはある」

「五分前まで敵認定していただろーが」


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