2014/09/19(Fri)




「ムッツ…あ、間違えた、東堂くんってさ」

「絶対わざとだろ…!」

「いやいやー違うよー、ムッツリ、あ、間違えた、東堂くん」

「わざとだーーーー!!」

あれから。未央ちゃんはずーっと、東堂を弄り倒している。ずっとこんな感じで弄り倒している。東堂が時々「栗原さんは女子栗原さんは女子」とぶつぶつ呟きながら、震える拳を見つめているのが少し怖い。

「あー、栗原の良いオモチャにされてんナ、東堂の奴」

「は、はは…」

目の前で盛り上がっているふたりを見る、荒北くんとわたし。

「荒北くん、今日、ほんとは二人きりで来たかったんじゃないの?」

「そうだネ、二人だったらお前らのキスシーンという胸糞悪ィもん見ないで済んだしヨ」

「あ、あの、それは、えっと…」

「まァ、これはこれでいいんじゃナァイ。アイツ、楽しそうだったし」

荒北くんが、手を叩いて笑っている未央ちゃんを見つめている。その目は穏やかな優しさに満ちていた。

「…未央ちゃん、荒北くんと二人きりになるのが嫌なんじゃなくて、恥ずかしいんだって」

「…んなこったろうって思った。アイツ、ガキだからナ。付き合うとかこっぱずかしくて仕方ねェんだろ。マジで、ガキ」

はーっとため息を吐いて「まァ、いいわ」と、楽しそうに笑っている未央ちゃんを見ながら、荒北くんは言う。

「ガキで面倒くさくて仕方ねェけど、待つ。こっぱずかしくなくなるまで」

か…かっこいい…。

東堂に心の中で謝る。ごめん、今ちょっと…荒北くんにときめいた…ごめん、ほんと、ごめんね…。

未央ちゃんのことを緩やかに穏やかに大事に思っている荒北くんがかっこよくて、いじらしくて、わたしは、ひっそりと決意した。



「ね、観覧車に乗らない?」

さりげなく提案すると、未央ちゃんと東堂がのってきた。荒北くんはどうでもよさそうだった。荒北くん…、今、わたしが、荒北くんをしあわせにするからね…!そう思いながら、荒北くんに向かて、にこっと笑いかけた。荒北くんは、わたしの笑顔に気付かず、耳をほじくっていた。

「東堂、一緒に乗ろう。ふたりで」

東堂の腕を掴んでそう言うと、東堂の目が見開いた。そして、すぐに。

「乗ろう!二人で!!」

嬉しそうに言ってきた。ここまではいい。東堂はのってくれると思った。問題は、ここからだ。

「えっ、よ、四人で乗ろうよ!四人で!」

未央ちゃんだ。未央ちゃんは顔を赤くして、わたしに詰め寄ってきた。

「観覧車ってのはさァ!四人で乗ったら超楽しいんだよ!?なんか…こう…すごく楽しいんだよ!」

「いや、栗原さん。観覧車ってのは二人きりで乗るのがベストなアトラクションだ」

「東堂くんそんなこと言ってさっちゃんにエロい事しようとしているんでしょ!!お前のやろうとしていることは全部全てまるっとどこまでもお見通しだ!トリック超面白かった!!」

「し、してない!!オレもトリック好きだぞ!!」

「ほらどもった!!スケベ!変態!ド変態!ムッツリ!!マジで!?阿部博超かっこいいよね!!」

ふたりとも、よく喋るなあ…。

二人の会話に入っていけず、わたしはオロオロと見守るばかり。ど、どうしよう。

こうなったら…。

「未央ちゃん、ごめんっ」

「え、ぎゃあっ」

未央ちゃんを荒北くんに向かって、突き飛ばした。荒北くんが「え」と言いながら、未央ちゃんの肩を持って、受け止める。

「東堂、乗ろう!」

「吉井、そんなにオレと…!ああ、乗ろう!」

わたしは東堂の手首を掴んで、さっさと観覧車に乗り込んだ。

額の汗を手の甲で拭いながら、窓の外に目を遣る。真っ赤な顔をして、荒北くんからバッと距離をとっている未央ちゃん。荒北くんと目が合った。がんばれと口パクで言うと、べえっと舌を出しながら親指を下に向けられた。

も、もしかしたら余計なことしちゃったかな…、と思ったのも束の間。荒北くんの耳がほんのり赤くなっていた。

「い、いや、夕日がきれいだな…」

「がんばれ、荒北くん…!」

「そう、荒北が…は?荒北?」









さっちゃーーーーーーーーん!!

世界の中心ならぬ、いやどこの中心でもないけど、私は観覧車の中でさっちゃんと叫んでいた。心の中で。とりあえず、荒北と一緒に観覧車に乗ったのはいいものの、緊張で死にそうだ。

カップルが観覧車に乗ったら、ほら、あれやるじゃん、よく。キ、キキ、キキ…。

「わーーーっ」

恥ずかしすぎて、叫びながら、勢いよく立ち上がってしまった。荒北が白い目を私に向けながら言う。

「…何やってんノォ?」

「…わかんない…」

静かに、もう一度座る。向かい合って座っている。観覧車一周する時間長いな…!

あれからキスはしていない。歯と歯がぶつかった、あの日から。あれから歯磨きする度そのこと思い出して洗面所で絶叫しているから、家族から苦情がきて大変で大変で…。

「…あのさァ」

荒北が喋りかけてきて、びくっと震えあがった。恥ずかしすぎて顔を上げられない。どっどっどっどと心臓が鳴る。

「ンな無理強いしねーから、安心しろって。取って食いやしねーヨ」

「とっ…!?」

「あー、物の例えだから。んなビクビクされっと、流石にアレなんだよ。…目の前で東堂とはフッツーに喋る癖に」

「…え」

「…あ」

荒北がしまった、とでも言いたげに呟いた。私から目を逸らして、「今の、気にすんな」と、ぶっきら棒に言った。

私が荒北にしていることって、冷静に考えたら、ひどいよなあ…。

一緒に出掛けるか、って言われたのに、二人っきりは恥ずかしいから嫌だって駄々こねて。

なのに、怒らないでくれて。

私も荒北が、私とはちゃんと喋ってくれないくせにさっちゃんとは普通にちゃんと喋っていたら、嫌な気持ちになるし…。

普段、短気のくせに。こういうところは短気じゃない。

…大切にされているっていうやつなのだろうか。

すう、はあ、と息を吸い込む。私は立ち上がった。荒北が「お前また叫ぶのかヨ」と白い目で私を見ている。

立って、私は腰を下ろした。

荒北の隣に。

荒北が吃驚しているのがわかる。あれから、荒北と二人っきりの時に、荒北から常に距離をとっていた私だ。膝の上に置いた手を丸める。

何か、言わなくちゃ。

荒北を、私は、結構長い間、傷つけてきた。

なのに、短気のくせに、荒北はそんな私を詰りもせずに、待ってくれている。

チカに聞いたけど、そんな男子、稀有な存在だそうだ。大切にしなよ、って言われた。

好きなんでしょ、大切にしなよ、って。

「わた、し、さ、その、」

今までしでかしてきたことを帳消しにできるぐらいの、すごいことを言わなきゃ。

「恋愛面、ほんと、すっごく照れるから、こうやって、いちいち照れて、他の人の何倍も時間かかると思うけど、」

何か、すごいこと。

すごいことを言わなきゃと、思いすぎて、私の頭から煙が出た。思考回路はショート寸前というか、ショートした。ショートしたので、変なことを、口走った。

「バージンは荒北で捨てるからね!?」

勢いよく荒北の方を見て、ガッツポーズをしながら、そう言ってしまった。

アホー、アホー、アホー、と烏が鳴いた。

荒北がポッカーンと口を開けたのち、どんどん顔を赤くして、そして。

「バッカじゃねェーーーの!?」

大きく怒鳴った。

「だ、だからさ!荒北も童貞を私に捧げてね!!はい!!大丈夫!!」

「っつーかフツー逆だろ!バ…を捧げるっつって、童貞を捨てるっつーだろ!!」

「細かいことは気にすんなって!!ハハッ!アハハッ!!や〜これで万事解決!!その時までお互い頑張ろうね!!んじゃ!!」

立ち上がって、元の席に戻ろうとしたら。腕を掴まれて、無理矢理座らされた。手をぎゅうっと握られる。

「え、ちょっ」

「オレとそーいうことする気があるっつーんなら、これくらい、我慢しろっての…!」

ぎゅうっと握られる。私はそんなに手が小さい方じゃないのに、私より大きかった。ゴツゴツしている。男子の手だ。

「は、恥ずかしくて、死にそうなんだけど」

「あんな台詞言う方が恥ずかしいっつーの!!」







「よくわかんないけど…同じ席に座っているし、なんか、良い雰囲気っぽいし…、良かったね、荒北くん、未央ちゃん…!」

「…そうだな…」

「? どうしたの?」

「いや、別に…。(吉井と観覧車に乗ってしたことが…荒北と栗原さんを覗き見…。しょっぱい…しょっぱすぎる…)」

「?」




(続く)



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