2014/09/18(Thu)


未央ちゃんは可愛い。目鼻立ちがはっきりしているし、お洒落だ。ニット帽に可愛いカンバッヂをつけて、白いシャツと紺色の少しだぼっとした大きめのスエットにからし色のショートパンツを合わせている。足元はごつめの黒色の厚底編み上げブーツ。すらりとしているから余計に着こなせている。お洒落で可愛い。それに。

「それで校長のカツラが吹っ飛んじゃってさあ〜」

「ぶっ」

「おっまっえ、フッツーに何しってんだよ…!」

話が面白い。

東堂が吹き出し、荒北くんがひいひい笑っている。

「いやまあ、まさか吹っ飛ぶと思わないじゃん…?そんで私しばらく校長と目が合わせらんなくて…見つめ合うと素直にお喋りできないみたいな…」

「サザンに謝れ」

わたしも笑う。素直に面白くて、笑ってしまう。けど、いいなあと、羨ましがる思いが心にある。

わたしは何かに失敗して、それで笑ってもらえる。きちんと話として誰かを大笑いさせたことはない。

可愛くて、お洒落で、すらっとしていて、話し上手。
わたしが憧れてきた女の子像が、未央ちゃんそのものだったりする。

東堂も楽しそうで、嬉しい。

ちらっと東堂に視線を走らせると、目が合った。あ、と思って目を逸らす。未央ちゃんに話しかけようとした時だった。

「悪い。荒北、栗原さん。ちょっと、二人の時間に突入させてもらうぞ!!」


東堂がわたしの手を握った。

「へ」

「は」

「え」

「ワッハッハ、さらば!また一時間後にな!」

そして、わたしをそのまま連れて、人ごみの中に入っていく東堂。「ちょーーっ!?」という未央ちゃんの声が背中に届いた。

「と、東堂」

「ワッハッハ!出し抜いてやった!栗原さんにはさっき吉井を盗られたからな!」

わたしの方を振り向いて、優しく笑った。

「お前と、ゆっくり話したくなったんだ」

目を大きく見開く。心臓の奥の奥がうずいた。目頭が熱くなった。

軽薄って言われていること多いけど、東堂は、根は冷静で、こうやって、些細なところに気付いてくれる。気付いて、対応してくれる。そのことが申し訳なくて、嬉しい。

「ありがとう…」

ぎゅっと手を握りかえす。

「オレが勝手に連れ出しただけなのに、礼を言うとは。吉井はやっぱり少しずれたところがあるな」

すると、ぎゅっと手を握りかえされた。

暖かくて、少し湿っている。わたしより一回り以上大きい。

好きだなあ、って思った。












荒北と二人っきりになるのが恥ずかしくて仕方なかったから、え、ちょっ、待ってー!と荒北を無理矢理引っ張って着いていったら、普通に追い付けたんだけど、もう既に二人の世界に突入しているから、話しかけられず、私と荒北は茂みに隠れて二人を観察していた。

「覗き見とか悪趣味なんじゃナァイ」

「いや、もうここまできたら、覗き見するしかない…!」

「…めんどくっせェ…」

「い、いいじゃん!荒北だってあの二人が二人の時どんなんか気にならない!?」

荒北と二人っきりになることが恥ずかしい私は、覗き見作戦を強行しようと、理由をでっちあげた。咄嗟にでっちあげた理由だけど、完璧な嘘ではない。普通に気になる。

「…見たら後悔する気がすンだけど」

荒北の予想は当たった。

二人は人気のない広場のベンチに座った。私たちはそのすぐ後ろの茂みに隠れる。そして、二人はとりとめのないことを話しだす。さっちゃんはわたしと違ってアホなことは言わない。最近のバイトの話とか、気になっている本とか、花言葉とか。花って色によっても言葉が変わるんだよ、と。東堂くんはそうなのか、と優しく頷く。その後ろでわたしもへーそうなんだーと頷く。荒北は眠そうだった。寝るなよ、と肘で小突く。

そういえば、さっちゃんが話し手になるの初めて見るなー。まだ友達期間短いけど、さっちゃんって、いつも私や東堂くんの話聞いてばっかだったもんなー。いや、さっちゃん聞き上手だから、つい…。今度から、ちゃんと聞こう…。私はべらべらとくだらないことを喋るくせをなんとかしよう…と静かに決意した時だった。

「そうだ、まだアポロあるんだよ。食べる?」

食べる!と答えそうになって慌てて口を閉じた。危ない危ない。荒北がバカを見る目で私を見ていたので、足を踏んづける。すると、足を踏み返された。「コノヤロ…!」「てめーがやってきたんだろーが、ああ?」と静かに火花を散らす。そうこうしている間に東堂くんがありがとうとかなんとか言って食べている。二人でもぐもぐアポロ食べている。ものすごくのほほんとしている。

東堂くんって、ずーっと喋っているイメージあるけど、案外そうでもないんだなー。前二人を見た時は、ほぼ東堂くんが喋っていて、さっちゃんはずっとうんうんって笑顔で頷いていて、いつもあんな感じなんだーって思っていたけど、こういう風にあまり喋らない時もあるんだ。

男友達の意外な一面を知って、ふーんと頷いていると。東堂くんがじいっとさっちゃんを見た。さっちゃんが「ん?」と首を傾げた。荒北が小さな声で「嫌な予感がすんだけどォ…」と嫌そうに言った。

東堂くんがさっちゃんの髪の毛を耳にかけた。頬に手を添える。そして、少し、甘えるような声で言った。

「…キス、していいか」

なんでだーーーーー!!!

なんでだ!

なんでこのタイミングでそういう気分になるんだ!!

聞いているこっちが恥ずかしすぎて、いますぐ飛び出して東堂くんの頭を殴ろうかと思った。だが、慌てて留まる。いやまあまて。確かにここは今東堂くんとさっちゃんしかいない。いないけど、こんな公共の場で真昼間で、さっちゃんがこんなエロいこと許すはずが。

さっちゃんは「えっ」と頬をほんのりピンク色に染めた。「えっと…」ともごついている。いけー、さっちゃん、断れー。こんな真っ昼間、確かに今は人がいないけど、いつ他の人がやってくるかもしれないからって「う、ん」駄目じゃんさっちゃーーーーーーん!!

さっちゃんは弱弱しくも肯定した。目を恥ずかしそうに伏せている。東堂くんが顔を赤らめた。いや東堂くんがキスしていいかって訊いたんだよね?なのになんで顔赤くし…うわーチューしたー!!!

「だから嫌な予感するつったろ…」

荒北が死ぬほど嫌そうな声を出しながら、顔を片手で覆っている。

「い、いや、ここまで…って、えっ、もう一回すんの…!?は…!?一回で満足しなよ…!!」

「満足できねェんじゃないのォ」

「いやいやいや…ちょっ、さっちゃん苦しそ…あ、離れた、よかったよか…え、もう一回!?三回!?」

「…数えんなヨ」

「なんで??なんであーなってこーなってチューにいくの!?あっ、またした!」

「ムッツリスケベだかンな、アイツ」

「…もしかして、ああういうの前も見たことあんの?」

「…」

「あるんだ…。どこで?」

「…学校の屋上に続く階段」

「ええー!?ほんと!?」

「東堂、吉井の前だと、甘えんだよな…あ゛ー、きしょい」

「まじっすか…。普段しっかりしているのに…。どっちかってーと、さっちゃんが甘えているのかな、とか思っていたけど…言われてみれば…ああ…。もうだめ、私東堂くんのこと、ムッツリとしか思えない。東堂尽八っていうかムッツリ(苗字)スケベ(名前)としか思えない」

「あー、それでいんじゃナァイ」

「おはよー東堂くん!じゃなくておはよームッツリくん!って心の中でこれから言うんだろうな〜…。あー私の中の東堂くん像が…自信家で鬱陶しいところもあるけど頼れる東堂くんがムッツリに…」

「…聞こえているんだが」

「おう、ムッツリだムッツリ。…あ」

「…あ」

私と荒北に不穏な影が落ちていた。

げ。

顔を上げると、ムッツリ、間違えた、東堂くんが腕を組んで仁王立ちしていた。東堂くんの後ろにこれまた顔を真っ赤にしたさっちゃんが恥ずかしそうに縮こまっている。

ヤバイ、盗み見していたの、ばれた。

「最後あたり、声を抑えられていなかったぞ。…盗み見とは、良い趣味しているな」

真っ赤な顔で目を伏せて、ぷるぷる震えている東堂くん。見られて恥ずかしいならやらなかったらいいのに…。

「栗原さん」

「う、うん」

「いつから、見ていた?」

「…最初から?」

東堂くんとさっちゃんの顔が更に赤くなった。特にさっちゃんなんて、茹蛸のようだ。荒北がハァーッと息を吐いた。

「前も言ったけどよォ、東堂は盛り過ぎで吉井は流され過ぎ、なにいい具合に東堂に調教されてんだヨ」

「「ちょうきょ…!?」」

東堂くんと声が重なった。声が重なったことによってムッツリが移らないか心配だ…。さっちゃんの顔がますます赤くなる。

「駄目な時は駄目って言わねェと押し切られ―――あれ、なんか前もこんなこと言ったような気が…、」

「ったから…」

「嫌な予感が…」

嫌な顔をする荒北に、顔を赤らめて、視線を下に向けたまま、呟くさっちゃん。

「駄目じゃなかったから、その、すごく、嬉しかったから…」

荒北が心底嫌そうな顔をして、そっぽを向いた。

「…前もこんなことほざかれたんだったわ…」

けっと、はき捨てるように言う荒北。東堂くん、ちょっと、熱っぽい瞳でさっちゃん見ないで。顔赤らめないで。二人の時間に入らないで。いるからねー、私と荒北いるかねー。


私は思った。

東堂くんも東堂くんだけど、さっちゃんもさっちゃんだわ、と。


(続く)


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