2014/09/17(Wed)


「荒北は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王を取り除かなければならぬと決意した。荒北には政治がわからぬ。荒北は箱学の三年せ―――、」

「うぜえ」

バシンッと、なかなか強い力で頭を叩かれた。殴られたところを抑えながら私は荒北に噛みつくように言った。

「だって、荒北なんかキレてんじゃん!なに!?ずーっとムスッとして!!ただでさえブサイクなのにどうすんの愛想までなくなったら…って元からなかったか!」

「あーうっせェな!お前ちょっとは黙ってられねぇノォ?」

火花をばちばちと散らばせる。また荒北にきつい物言いをしている自分にあちゃーという思いもあるが、それ以上に荒北に腹を立てていた。さっきから私が話しかけても『ウン』『そうだネ』『へェ』の三つなんだけど!何切れてんのって訊いたらキレてねェしとキレながら返してきたから走れメロスの冒頭っぽく言ったら頭叩いてきて…ああ苛々するぅぅ。

「ふ、ふたりとも落ち着いて。そうだ、アポロ食べる?」

くるっと振り向いたさっちゃんがゴソゴソと鞄からアポロを取り出した。「はい、未央ちゃん」とわたしの掌にアポロを数個出す。目と目が合った。にこっと笑いかけられた。きゅうん。

「はい、荒北く―――、」

「さっちゃん」

荒北の方に行こうとしたさっちゃんの手首を掴んだ。ん?と首を傾げられる。

「付き合おう」

私以外の全員が動きを止めた。

「…は?」

「…む?」

「…へ?」

「付き合おう。もう、男なんてコリゴリ。勝手にキレるし殴ってくるし癒してくれないしもうコリゴリ。私は癒されたい!癒しが欲しい!さっちゃんと付き合う!!」

「ええっと」

「く、栗原さん。吉井にはもうオレという天が与えた素晴らしい彼氏がいてな?」

「バァーカ荒北のバァーカ!!」

私は目の下の皮膚を引っ張って、べーっと舌を出してから、さっちゃんの手首を掴んだ。

「あばよ!!」

「わ、わああ」

「え、ちょっ、待っ」

捨て台詞のようにそう言って、私は、肩を怒らせながらさっちゃんを連れて、その場を離れた。

ちらっと振り向くと、さっちゃんに向かって手を伸ばす東堂くんと、面白くなさそうに目を細めている荒北がいた。東堂くんは普通にごめん。荒北はふざけんなバカヤロー。







「なんなのアイツ!!急にキレ始めてさ〜、思春期かっての!あ、まだ思春期だったね私ら!でもムカつく!!」

ベンチに座って、さっちゃんにひたすら荒北の愚痴を言った。さっちゃんは困ったように笑っている。

「…あの、未央ちゃん」

「もーほんとさー。さっちゃんくらい雄大な心を持ってほしいってかさー。やっぱり、さっちゃん私と付き合わない?優しくするから…だから膝枕して耳掃除とかしてくれない…?」

「べ、別に友達の状態でもするから。あの、未央ちゃんに、ちょっと謝りたいことがあって」

「謝りたいこと?」

首を捻った。さっちゃんに謝られるようなことなんて、されていない。荒北にならあるけどね。急に不機嫌になったりとか殴ったりとか急に不機嫌になったりとか殴ったりとかああああ思い出しても腹立つ。

「荒北くんが不機嫌な原因、その、わたしのせいなんだ」

「さっちゃんの?」

「うん。あのね、今日、待ち合わせの時わたしに声かけてきた男の子いたでしょ?」

「あー、あの好青年ね」

「あの人がね、未央ちゃんのこと可愛いって言っていて。そのこと荒北くんに口滑らしちゃって」

「…」

「不機嫌っていうか。ヤキモチ妬いちゃっているんだろうね」

さっちゃんはそう言って、嬉しそうに綻んだ。

私の頭の中に荒北が餅を妬いているイメージ映像が流れてきた。

「アイツ、餅を焼くんだ…」

「焼いているねえ」

「私餅には醤油を垂らして海苔で挟むのが好きなんだ」

「わたしも〜」

餅をせっせと焼いている荒北が、まだ頭の中にいる。

…ヤバイ。

にやけそうになる口を、手の甲で隠す。

「…さっちゃん」

「ん〜?」

「あの好青年に、可愛いって思ってくれてありがとうって伝えておいて」

「わかった〜」

「…ちょっと、荒北の機嫌取りに行ってやってくるわ」

「うん、いってらっしゃい」

ひらひらと手を振るさっちゃんに手を振りかえす。

我ながらちょろいと思う。不機嫌だった理由がヤキモチだったというだけで、嬉しくて、こんなにも舞い上がるのだから。

…まだあそこにいるかな…。

早歩きで、さっきいた場所に戻っていくと。荒北にばったりと再会した。

「…」

「…」

目と目が合って、気まずい沈黙が流れる。何か言おうと口を開いた時。

「…わりィ」

荒北が小さく謝った。意地っ張りな荒北から謝られるとは思わなくて、目を少し見開く。

「フッツーにオレが悪かったヨ。なんつーか、くっだんねェ理由でキレてた。キレてた、っつーかァ…。…とにかく、わりィ」

ガシガシと後頭部を掻いている荒北。ぼそぼそと歯切れ悪く喋っている姿が、ちょっと可愛い。…やっぱり私って、単純だわ。

「…何笑ってんだヨ。キッショ」

「おいコラ。今荒北のが立場ないんだからね?そこらへん考えて発言しよか?」

「…糞が」

「は〜い、今なんて言ったかな〜?」

「…チッ」

私は荒北との距離を一歩縮めて、顔を覗き込んだ。

「ま、許してあげよう」

歯を見せて、ニカッと笑うと。荒北の耳が少し赤くなった。

「おや?荒北選手照れている模様〜!」

「ッセ!!」

荒北はそう怒鳴ると、ふんとそっぽを向いた。私はケタケタと笑う。

「東堂くんとさっちゃんに迷惑かけちゃったねー。迎えにいこっか」

「マジでな。東堂がこんなところに思わぬ伏兵がうんたらぼやいていた」

「ハハハ…やばい東堂くんに敵認定された…。ちょっと、誤解を解くためにも東堂くんに説明してくるから、荒北はさっちゃん迎えに行ってて」

「へーい。東堂にあっこから動くなつったから、さっきの場所に行け」

そんなこんなで。私は東堂くんの誤解を解くために、さっきの場所に戻ったのだが。

「きみ、ひとり〜?」

東堂くんは逆ナンにあっていた。

うおー、女子二人に逆ナンされているー。すっげー。

逆ナンというものを生まれて初めて見てしまって、テンションが上がる。東堂くんは慣れている様子。さすがスリーピング…スリーピング…なんだっけ。

「いや、友人のカップルと可愛い彼女も合わせて四人で来た」

“可愛い”はいらんだろ。や、可愛いけどさ。

「え〜でも今ひとりじゃん」

「可愛い彼女が攫われてな。誘拐犯をオレの友人が追っている。オレまで行くとややこしいことになりそうだからここで待っとけと言われた。ああ、歯がゆい…!」

ヤバイよ…東堂くん絶対私のこと少なからず憎く思っているよ…。

「おもしろ〜い、ね、彼女いてもいいからメアド教えてくれない?」

「悪いが、そういう不安にさせるようなことはしたくない」

ひゅーっと口笛を鳴らしかけた。おお〜。よ!イケメン!日本一!とはやし立てたい。

「結構真面目なんだ〜。でも〜ちょっとくらいいいじゃん〜」

しつこいなあの姉ちゃん。

…仕方ないな。

こほんと咳払いをしてから。私は東堂くんに駆け寄った。

「お待たせダ〜リ〜ン、ひとりにしてごめんね〜?」

声を一オクターブ高くして、そう言いながら。

「…は?」

東堂くんは目を点にしたのち、そう言った。私は東堂くんを無視して、お姉さんたちに向き直った。

「そういうわけなんで(さっちゃんの)ダーリンにちょっかいださないでくれますか?」

にこっと。私なりに完璧の笑顔を作り上げる。お姉さん達がウッと言葉に詰まった。

お姉さんたちは気まずそうに顔を合わせて、「…いこ」「…うん」と呟いてから、くるりと振り向いた。

「やっぱイケメンの彼女ってレベル高いね…」
「マジそれ…」



「はー、いったいった。これでさっきのチャラにしてくれる?」

肩を揉みながら東堂くんに笑いかける。東堂くんはハァッとため息ついてから「仕方ないな」と苦笑した。

「東堂くんって逆ナンよくされてんの?」

「まあな…。オレほどの美形になると、」

「あのポップコーン美味しそう」

「おーい!!」

東堂くんを適度にからかいながら、さっちゃんがベンチで待っているところへ向かう。多分、荒北もそこにいるだろう。入れ違いになったら…ま、その時はその時で。と、呑気に思っていると。

「さっきの良かったね〜」

「少女漫画みたいだったね!」

「無理矢理連れてかれそうな彼女をあんな風に助けるなんてさ〜」

「ちょっと悪そうな男の子とほんわかした女の子って組み合わせいいよね〜」

私と東堂くんは同時に顔を合わせた。

ちょっと、待って、それ。

「すみません、ちょっと、その話聞かせてくれませんか」

東堂くんが楽しそうに話していた女の子二人組に声をかけた。女の子達の頬が赤くなる。が、私を見てしゅんとしていた。誤解されているようだけどそんなことどうだっていい。

「その話って…」

「今、していた話です」

「えっとですね〜」

以下、女の子たちが見たものである。



ひとりの女の子がのほほんと座っていた。日向ぼっこしているのか、と思うくらいのほほんと座っていたらしい。

そこで、ちょっと悪い見た目の男子二人組に声をかけられたらしい。人待っているのでと断ったら、いいじゃんずっと待っているじゃん、と無理矢理立たされて連れて行かれそうになったところで、人相の悪い男子が登場して、ナンパのお尻を蹴飛ばしたそうな。

『わっりー。オレ足なげェからさァ』

『てっめ…!』

『嫌がる女無理矢理連れて行くとか、虚しくないノォ?』

『っせーな!』

そこで繰り出される右パンチ。おおーっとあぶなーい!だが、人相の悪い男子はそれをなんなくと右手で掴んで、不敵にニヤッと笑ったらしい。

『オレ、昔そこそこヤンチャしてたから、結構やるけどォ?』

それにおそれをなしたナンパ二人組は、すたこらさっさと退散したそうな。

『ショッボッ』

つまらなさそうに吐き捨てる人相の悪い男子。のほほんとした女の子がおずおずとお礼を
述べた。

『別に。…って、お前、震えてんゾ』

『え、あ…。へ、へへ。あ、ああいうの初めてされちゃったから、そのちょっと吃驚しちゃって…。へへへ…』

人相の悪い男子は無言で女の子の頭をぽんぽんと撫でた。

『あいつらの前で泣かなかったってとこは、褒めてやんヨ』

『…ありがとう。…荒北くん』

『んだヨ』

『すっごくかっこよかった。ヒーローみたいだった』

『…ッセ』





「も〜ほんと少女漫画みた〜い」

「テンションあがるよね〜」

「っていうか喧嘩強い彼氏っていいよね〜」

「私も次の彼氏は喧嘩強い人にしよ〜」

女の子達はきゃっきゃと盛り上がっている。

た、多分…荒北とさっちゃんだよな。

さ、さっちゃん、私がいない間にそんな危険な目に…!荒北ナイス!!ペプシ奢ってやる!!

「話聞かせてくれてありがとうございます。では」

東堂くんはにこっと、綺麗に笑った。どこか作り物めいた笑顔で、不審に思っていると。
東堂くんは踵を返してから。

ものすごい速さで走り出した。

「ちょっ、とーどーくーん!?」

私も慌てて走る。は、速いな!速いのはチャリだけじゃないのか!!

私も足に自信はあるから、追い付くとまでは行かなくても、見失わずにはすんだ。荒北とさっちゃんが見えてきた。さっちゃんが東堂くんを見て目を丸くしている。そりゃそうだ。なんか全速力で走っているんだからね。荒北くんも何走ってんのコイツ…という目で見ている。って、ギャアアア!?東堂くんがさっちゃんに抱き着いたーーー!!

さっちゃんが衝撃に耐えかねて数歩後ろへさがった。荒北があんぐりと口を開けている。そりゃそうだよ。顔に何やってんだこいつらと書かれている。そりゃそうだよ。

やっと追い付く。荒北と目が合った。お互い“え、ちょ…っ”と戸惑った顔をする。

「大丈夫か、怖くなかったか…!?」

「う、うん。荒北くんが助けてくれたから…」

「…オレが」

ぎゅうっと、抱きしめる腕が強くなったような気がした。

「オレが、助けたかった…!」

いや東堂くんじゃボッコボコにされていたと思うよ。

身も蓋もないツッコミを心の中でする。

「お前に怖がらせるやつなんて、オレが…!」

「もう、大袈裟だなあ〜」

さっちゃんの困ったような笑い声が聞こえる。東堂くんが抱きしめているのでさっちゃんの顔が全く見えない。きつく抱きしめすぎ。

「大丈夫、大丈夫。ね?」

さっちゃんはもぞもぞ動いてから、腕を東堂くんの背中に回して、ぽんぽんとあやすように東堂くんの背中を優しく叩く。東堂くんがさっちゃんから離れた。荒北くんの方を見る。釣られて私も荒北を見る。うわ、死ぬほどどうでもよさそうな顔をしている。

「荒北、今回は本当にありがとう」

「礼するならぐらいならペプシ奢れヨ」

「荒北…あんたってやつは…」

「わかった。…だが!」

東堂くんはさっちゃんの肩を引き寄せて、そして、頬にキスをした。

…ハイ?

目が点になる私。

死ぬほど嫌そうな顔をしている荒北。

瞬きをした後、顔を真っ赤にして、頬を抑えて東堂くんを見るさっちゃん。

「吉井の彼氏はオレだからな!ワッハッハッ!」

「も、もう!こ、こんなところで…!」

「仕方ないだろう。周りの人々が荒北とお前が付き合っていると誤解しているのだから。それはならん」

「ならん、じゃない!」

なんすか、これ。

私はポッカーーーンと口を開いた。

「…荒北って、こんなの二年の時から見てきたの…?」

「そーだヨ」

「…頑張ったね…」

「マジでな」

…まあ、でも。

私も、荒北がさっちゃんの彼氏と間違われているのはアレだし、うん。いっか。





(続く)


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