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「〜〜♪」
「ご機嫌でございますね、坊ちゃん」
「ずっと探してた物を見つけたからな」
「では今夜、出られますか?」
「ああ…ただ今日は盗みはしないぜ?」
「?」







時刻は0時半過ぎ。
仕事がひと段落ついたところで大きく伸びをする。
ずっとパソコンとにらめっこしていた身体は硬くなっていて、骨が鳴る音が聞こえた。
今日は3時までには寝られそうだ。

喉が渇いて水を飲もうと台所に向かうと、カーテンを閉じた窓からコンコンと音が聞こえてくる。
気のせいかと思って無視するが、マグカップを手に取ったところでまた同じ音が聞こえた。


「?」


マグカップを置いて、窓際に向かう。
こんな夜中に鳥が窓を突いてでもいるのだろうか。
あくびをしながらカーテンを開けた。
突然、白い何かが視界いっぱいに広がる。
そこに現れた姿に驚いてあくびが引っ込んだ。

怪盗キッドだった。

びっくりして固まっていると、彼は口元に人差し指を当てながら窓の鍵を指す。
窓を開けると、怪盗キッドが乗っていたフェンスから飛び降りて目の前に跪いた。


「今晩は、優しいお嬢さん」
「…なんで、」
「預かっていたものを返しに」


そう言って差し出してきたのはあの日彼の腕の傷に巻いたハンカチだった。
わざわざこんなことを。
素直に受け取って、彼を見る。
彼の瞳の青が月の光に反射してとても綺麗だった。


「返さなくてもよかったのに」
「これは貴女の物なので返しに来たまでですよ」
「…ありがとう。大丈夫だった?」
「ええ。貴女のおかげで」
「よかった」
「お手を失礼」


そう言って怪盗キッドがおもむろに私の右手を取る。何をするかと思いきや、なんと彼は突然手の甲にキスをした。
驚いて思わず声が出そうになるが、今は真夜中でこんなところに怪盗キッドがいると騒がれたら大変なことになってしまう。
そう考えた理性が開きかけた口を固く閉じた。


「この恩は必ず返させて頂きます。また満月の夜にでもお会いしましょう…みょうじなまえさん」


怪盗キッドは立ち上がって身を翻すと、ベランダのフェンスに飛び乗る。
そしてそのままハンググライダーを広げて闇夜に消えていってしまった。

手の甲にキスって…どこの王子様だろう。
そんなことを思いながらもドキッとしてしまった自分がいて、ちょっと悔しい。


「それにしても何で名前、」


知ってたのかな。それに家まで。
首を傾げる。

肌寒い夜風に身震いして、いそいそと部屋の中に戻った。







「悪い!今日用事あんだ!」
「え!?ちょっと快斗!」


青子が一緒に帰ろうと教室にやってきたが、それを断って下駄箱に走る。
すれ違いざま快斗先輩だ、と口々に言う後輩たちに手を振りながら校門を足早に出た。

みょうじなまえという少女に偶然会えたあの場所に、快斗はよく行くようになっていた。
怪盗キッドとして彼女の家に訪問するにはもう理由がなく、それなら黒羽快斗としてまた偶然会う機会を作るしかない。
そう考えていた。


「あれから一回も会えてねえんだよなあ」


あの日からずっと、彼女のことが気になっていた。
みょうじなまえという少女への興味と、素直にまた会いたいと思っている自分がいた。
この信号を渡れば、彼女と会えた場所。
今日はいますように、と拝むように両手を頭上で合わせた。


「…何やってるの?」
「え?…って、うわ!」
「うわ、って!そんな驚かなくても」


横から突然話しかけられて驚いて見ると、ずっと会いたかった少女が横でクスクスと笑っていた。
少し目線を下げるくらいの位置で笑う横顔に思わず見惚れる。
この間ぶり、と言って小さく手を振るなまえに照れくさくなって、もうすぐ青に変わりそうな信号機に目を向けた。
彼女が自分のことを覚えていて、なおかつ話しかけてくれたことにちょっと嬉しくなる。


「帰りか?」
「うーんと、本屋に行こうと思って」
「本屋?」
「帰り道になくて、こっちまで来てるんだよね」


彼女が着ている制服はここからは少し離れた所にある学校のものだ。
自宅も反対方向なのに、何故ここで出会ったのかわからなかった疑問がようやく解けた。
確かにこの先には都内でも有数の大型書店がある。
そういえば偶然会えたあの日も彼女は本を持っていたっけ。
信号が青に変わって、一緒に渡る。


「快斗くんは?帰り?」
「ん?ああ、まあな」
「家こっちの方なんだ」
「ん、まー、そうだな、まあ、うん」


なまえに会うためにわざわざ遠回りしてここに来たんです、なんて言えない。
肯定とも否定とも言えない曖昧な返事をすると、何言ってるのとまたなまえはクスクス笑った。
話していたらわかるが、彼女はよく笑う。
それがなんとなく心地良かった。


「なあ、その鞄前も持ってたよな?」
「ん?これ?」
「それ」
「これはパソコン」
「学校で使うのか?」
「あー、ううん。趣味みたいなものかな」


趣味でわざわざ学校にまで自分のパソコンを持っていってるのか。
趣味は読書とパソコンいじり…なんか相当頭良さそう。
そんなことを話していると、あっという間に本屋に着いてしまった。
もう終わりか、なんて思わず心の中で呟いてしまう。


「快斗くん、ありがとう。楽しかった」
「おー」
「またね!」


本屋に入っていくなまえの背中を見送る。
そこで気づく。連絡先すら聞けていない。

…情けねー。
頭を掻きながら携帯を開いた。
開いた画面のトップニュースに出てきたのはもう幾日か経っているというのに、怪盗キッド盗み失敗か!?の文字。
それと同時に脳裏に過ったのはあの日自分を追い詰めた小さな探偵の顔。

ケッ、と悪態をついて本屋を背にまた来た道を戻った。


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