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【さて、キッドが現れるまであと三十分程ですが…見てください。現場はキッドを一目見ようとすごい人だかりです】


ポアロから帰ってきてテレビをつけたら、ニュースはキッドのことばかりだった。
隣町の美術館に予告状が届いたらしい。
先ほど分かれたばかりの新一は現場に向かっているんだろうか。
なまえはソファに鞄を置いて、テレビの前に座る。


『誰かのことを常に考えたり、一緒にいてドキドキしたり、もっと知りたいと思ったらそれは恋の始まりだと、僕はそう思いますよ』


安室さんに言われた言葉が蘇る。
テレビの画面には過去のキッドの映像が映し出されていた。

行ったら…会えるかな。

次にキッドがいつ会いに来るかはわからない。
もしかしたらもう会いに来ないかもしれない。
どうしてこんなに、気になるんだろう。

制服を脱いで、私服に着替えるとすぐに家を出た。







「ヘッ、楽勝だね」


盗んだ宝石を懐にいれて、美術館を出る。
今日の警察の動きの手薄さといったら。
やっぱあの名探偵も中森警部もいなきゃ、なんの手応えもねーな。
逃げる時にハンググライダーを使う必要もないレベルだ。
後ろを振り返りながら追手が来ていないか確かめる。
あとは裏通りから出て、一般人に紛れれば―


ドンッ


「おわっ!?」
「きゃ!」


振り返りながら走っていたせいで、前に誰かがいるなんて見ていなかった。
そこにいた誰かに思いっきりぶつかる。
倒れそうになるその人物の手を慌てて掴んだ。
こんな時間に、美術館から裏通りに抜ける人通りの少ない道に人がいるなんて誰が予想するだろう。
女性だ。
暗がりで顔はよく見えない。


「お怪我はございませんか?お嬢様」
「…キッド」
「!!」


月明かりでぼんやり見えたその姿。目を見開く。
出来れば今一番会いたくない人物だった。

なまえ、

予想外の人物の登場に、言葉が詰まる。
何でこんなところにいんだ?
…オレを捕まえるために?
いやいやでも隣町だし、今日は名探偵もいなかった筈だ。
状況に混乱しているとなまえは更に予想していなかった言葉を口にした。


「キッド…会いたかった」
「へ、」

「いたぞ!!キッドだ!!」


なまえの言葉に喜ぶ間も無く、振り返ると何人もの警察がこっちを指差していた。
チッと舌打ちをしてなまえの腕を掴んで走り出す。
とりあえず、警察から逃げ切るのが先だ。
ある程度走って、角を曲がって裏通りに出た。
人通りは少ない。ここなら。
なまえの膝裏に腕を入れて持ち上げる。


「!ひゃあっ!?な、なに!?」


急にお姫様抱っこをされたなまえが慌ててぎゅ、と首に抱きついてくる。
ハンググライダーで逃げるために抱き上げたのは自分だが……
やべー。何だこのサービスシチュエーションは。
好きな人が自分に抱きついてくる嬉しさに思わず笑みが溢れる。


「キ、キッド…」
「そのまま掴まっていてください、お姫様」


そう言ってハンググライダーを開いた。
無風でも飛び立てるジイちゃんの最新版だ。


「待て!キッド!!」


警察が追いつく前に、ボタンを押してその場から飛び立った。







キッドにお姫様抱っこをされてしばらくハンググライダーで飛んでいた。
ぼんやりと夜空を眺める。
月が近い。こんなに高いんだ。
キッドがちゃんと抱いてくれているのはわかってるけど、初めての経験に自然と首に回す腕に力が入る。
それに気づいたキッドが前を向いたまま口を開いた。


「怖いですか?」
「…うん、ちょっと」
「もうすぐでなまえさんのマンションに着きますよ」


フッ、と小さく微笑んだキッドが私を見下ろす。
思わずかっこいい、なんて思ってしまって慌てて目線を逸らした。
高度がどんどん下がっていく。
もう降りるみたいだ。

私のマンションについて、キッドは屋上に降り立つと広げていたハンググライダーを閉じた。
下ろされると思ってキッドの首に回していた腕を放すが、何故か、キッドが下ろしてくれる様子はない。


「?キッド?」
「さっき、」
「…?」
「私に会いたかったと言っていたのは本当ですか?」
「!!」


私を見下ろすキッドと目が合う。
自分の気持ちを確かめるために、キッドに会うために美術館まで行ったのは本当だ。
キッドのことだから、人通りの少ないルートを使うと思って向かった道で本当に出会うなんて思っていなかったけど。
会いたかったと言ったのは事実だし、答えなければ解放してくれなさそうなキッドのその雰囲気に観念して口を開いた。


「ほ、本当です…」
「…今回貴女は私を捕まえに来たようではないですが…どうして」
「その…なんていうか」
「…」
「キッドのことを考えてて」
「…」
「いつ会えるかわからなかったから、会いに、行きました…」


消え入りそうな声でそう言う。
キッドは私の言葉に目を丸くしている。
顔に身体中の熱が集まってる気がする。
何この恥ずかしさ。
キッドの顔が見てられなくて目線を下げた。
キッドはあの時、船で私にキスをしたけど、あれ以来会っていなくて。
彼の気持ちは私に盗まれたなんて言っていたけど、それも半信半疑だし。


「なまえさん、」
「はい」
「顔を上げて頂けますか?」
「それは無理です」
「どうして」
「む、無理です」
「………我儘なお姫様ですね」
「!?キッ…」


キッドは私を下ろすと腕を引いて顎に手をかけながら唇を合わせてきた。
思考が追いつく前に、小さなリップ音が響いてすぐに離れる。
心臓の音がうるさい。
キッドは私の手を握るとふ、と優しく目を細めながら困ったように笑った。


「すみません、つい」
「う、ううん。大丈夫…」
「なまえさんは私を翻弄するのがお上手ですね」
「翻弄…してるかな」
「随分と」


そう言うと、キッドは私の手を離した。
そしてハンググライダーを開く。
どうやらもう行ってしまうみたいだ。


「なまえさん、今日はこの辺りで。また必ずお迎えに上がります」
「…うん」


それだけ言うとキッドは飛び立って行ってしまった。
最後、キッドの表情が哀しそうに見えたのは、気のせいだろうか。


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