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灰塗れの世界は目覚める


『強く生きて』

あの人の言葉を胸にここまで来た。
また会えるだろうか。
ずっと、考えていた。







「妹の力なのか知らないが苛々させてくれてありがとう。何の未練もなくお前たちを刻めるよ」


十二鬼月下弦の伍、累と対峙していた炭治郎はすでに地に伏せて動けないほど疲弊していた。ヒノカミ神楽の呼吸を掴みかけて反撃、頸を斬ったかと思ったが、累が斬られる寸前に自ら頸を切断し、回避された。
身体に力を入れて立ち上がろうとするが言うことを聞かない。刀は折られ、直ぐに呼吸を整えることが出来ないほどの疲弊。
累の血鬼術、殺目籠が発動される。無数の糸が倒れている身体を覆う。駄目だ。腕が上がらない―――


ヒュオッ

「―――ッ、!!」


瞬間、柔らかい風が頬を撫でた。自分に襲いかかろうとしていた鬼の血鬼術の無数の糸は、全て斬られている。
誰かきた…誰だ…?善逸か…?
ぼんやりと霞む視界に見える後ろ姿。目を見開いた。


「俺達が来るまでよく堪えた。後は任せろ」


見覚えのある羽織り。家族を鬼に惨殺されたあの日、雪山で会ったあの時の男だった。帰る場所を無くし、行き先もない自分に道を与えてくれたのは彼だった。
俺達…?
累が血鬼術を放つのが見える。ふわり、と優しい匂いが鼻を掠めた。
もう一人、目の前に降り立つ人影。
その羽織の背中には影の文字。
二年前の光景が、頭を過ぎった。


「お疲れ様。後は任せてね」


凛とした声と共に、首元に触れる温かい手。
あの女の人だった。
二年前のあの日、家族を無くして禰豆子と二人ぼっちになった自分。悲しくて寂しくてどうしようもなかった雪山で、見ず知らずの俺に優しい言葉をかけてくれた。
この匂いを忘れたことはなかった。
あの時の二人が来てくれたことに酷く安心して、全身の力が抜ける。顔の血を拭ってくれる女の人と目が合った。
俺の顔と、後方に倒れる禰豆子の姿を見たその瞳が大きく見開かれる。


「えっ……少年!?」
「…っ、禰豆子…禰豆子のところに…」


どうやら二年前に会ったことを覚えてくれていたらしい。
驚いた顔をした女の人は、頷くと身体を支えながら禰豆子のところに連れて行ってくれた。倒れている禰豆子に覆いかぶさるようにすがり付く。その温もりに安心した。まだ生きてる。
女の人は禰豆子の怪我を見てくれている。命に問題はないという言葉にほっとした。

男に頸を斬られた累が目の前で倒れた。
その身体からは大きな悲しみの匂いがして思わず崩れ落ちていくその身体に思わず手を差し伸べた。
かつてここにいる女の人が、自分に温もりを残してくれたように。


「人を喰った鬼に情けをかけるな。子供の姿をしていても関係ない。何十年何百年生きている化け物だ」


消えた累の着物を踏みながら言うのは、自分を助けてくれた男だった。そう言う彼の表情には感情がなく、冷たい。そんなことはわかっている。これから人を救うために自分は何百だって鬼の頸を斬る。その覚悟が出来ているから鬼殺隊に入った。だけど鬼であることを苦しみ、自らの行いを悔いている鬼も見てきた。
許すわけではない。
けれども鬼だって最初は人間だった。
男を力強く見つめる。


「足をどけてください。醜い化け物なんかじゃない。鬼は虚しい生き物だ。悲しい生き物だ」
「…なまえ、こいつは…」


二年前のことを思い出したのか、俺の顔を見た男は少し驚いたような表情を浮かべた。ああ、そうだ。この女の人の名前はなまえさん。鱗滝に自分を紹介してくれたこの男の人の名前は、冨岡さん。

すると突然、冨岡さんが刀を構えた。
目に見えない速さで何かと刀を交えたかと思えば、今度は蝶のような羽織りを着た女の人が現れる。
彼女もまた、同じ鬼殺隊の隊服を着ていた。


「あら?どうして邪魔するんです冨岡さん」
「………」
「鬼とは仲良くできないって言ってたのに何なんでしょうか。そんなだからみんなに嫌われるんですよ」







十二鬼月と対戦し、刀を折られ、疲労困憊で立てなくなっていた隊士はあの日の少年だった。
彼だと気付いた時は心底驚いた。
首元に手を当てて測った体温や脈拍には異常がなく、ほっと息を吐く。
あの日から二年程経っていたが、無事で良かった。彼の妹も、身体中にすごい怪我をしているが大事に至るほどではない。

十二鬼月を義勇さんが倒し、一件落着となったと思いきや、それよりも更に今は緊迫した状況だった。


「…………俺は嫌われてない」
「ああそれ。すみません嫌われてる自覚なかったんですね。なまえさんくらいですよ?冨岡さんのこと気にかけてくれてるのは」
「私!?」
「なまえさんは優しいですから。それで勘違いしていませんか?冨岡さん」
「………」


沈黙が流れた。
しのぶは少年の妹を鬼と断定し、彼女の頸を狙っている。義勇さんは少年と妹を庇うため、刀を構えている。
この状況はわかる。
しかしそれよりもまた何か別の緊張感があった。もともと朝から仲が良くなかった二人だったが、この状況で更にヒートアップしている気がする。
倒れている少年が顔を青くしながら私を見上げた。どうにかしてくださいと目で訴えている。


「坊や」
「はいっ」
「坊やが庇っているのは鬼ですよ。危ないから離れて下さい」
「ちっ…!違います!いや違わないけどあの…妹なんです俺の妹でそれで」
「まぁそうなのですか。成程、それでなまえさんも…ではせめて苦しまないよう優しい毒で殺してあげましょうね」


刀を構えたしのぶが殺気だつ。
彼女は少年の妹の頸を狙っているが、何故か刀を向ける先が義勇さんだ。
なんとなく、私情が入っているように見えるのは気のせいだろうか。
二人を止めるのは私しかいない。
立ち上がろうとする私に、義勇さんが振り向いた。


「なまえ。こいつを連れて行け」
「え?」
「治療が必要だ。ここはいい」


命に別状は無いと言っても、確かに少年の出血は酷かった。鬼の妹も気を失ったままだ。治療した方がいいのはわかる。でも、
戸惑いながら見た義勇さんの目が早く行けと言っている。
少し考えてわかった、と返事をして気を失ったままの鬼の少女の腕を肩にかけて立ち上がった。


「じゃあまた後で」
「ああ」


疲弊した少年を支え、その場を後にした。



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