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神様のいない夜


俺達はお館様の影だ。
いつ如何なる時もお館様の傍で戦い、鬼を倒す。

そのために在る。







「義勇さん!」
「…なまえ」


任務報告のため産屋敷邸を訪れると、冨岡義勇の姿を見つけた。
ここ最近、義勇さんとは別々の任務が多く、なかなか会えていなかった。変わりない様子にほっとして駆け寄る。義勇さんも私の身体の様子を確認しているのがわかった。表情には出ていないが、なんとなく、安堵した雰囲気が伝わってくる。
するとふいに、義勇さんが右手を差し出した。その手には苺大福の箱。


「え?」
「好きだろう」
「え…?ああ、うん。好きだけど…」
「この前訪れた町で見つけた」


くれる…ということだろうか。義勇さんが私に?これを?普段の彼からは考えられない行動に驚きつつ、戸惑いながら箱を受け取った。
義勇さんの前で苺大福を食べたのはたった一度、任務の時に甘味処に寄って食べた時だけだ。それを覚えてくれていて、わざわざ買ってきてくれたのか。自然と口元が緩む。ありがとう、と言うと義勇さんは目を伏せながら頷いた。

そういえば、あの時の任務で出会った少年はどうしているのだろうか。


「…あの少年、元気かな」
「今回の最終選別で鬼殺隊に入ったと聞いた」
「え!?そうなの!?」
「ああ」


あの時、鬼となった妹が少年を守って立ちはだかる姿を今でも鮮明に覚えている。
まさか、あの時の少年が最終選別で生き残り、鬼殺隊に入隊していたなんて。それは良いとして、もしまだ妹を連れているのなら、今後彼は鬼を連れた鬼殺隊士として認められるのだろうか。あの時の任務報告で少年の話はお館様には届いている筈だから、知らないわけがない。
私の険しい表情に気づいたのか、義勇さんが静かに口を開いた。


「気にするな。そのうち会える」
「…義勇さんってどうして私が考えてることわかるの?」
「なまえはわかりやすい」
「え、うそ」

「あら?なまえさんと冨岡さん。こんなところで何しているんですか?」


背後から声をかけられて、振り返ると鬼殺隊蟲柱胡蝶しのぶがいた。彼女もお館様のところへ向かうのだろうか。
しのぶは義勇さんと私を見て、私の手にある苺大福の箱を見る。そして何かに気づいたように小さく笑った。
しのぶは私の隣に並んでなるほど、と呟く。


「なんとなくわかっていましたが…冨岡さんもそういうところあるんですねえ」
「え、何?」
「言っておきますけど、なまえさんは私の許可がないとダメですからね」
「…胡蝶には関係ない」
「何の話?ねえ、しのぶ何の話?」
「ふふ。さて、行きましょうか?」


なんとなく、二人の間に緊張感が漂っているのは気のせいだろうか。
何の話をしているのかわからず、置いてけぼりにされている私を横目に、しのぶは楽しそうに身を翻した。
行きましょうって何処へ?
何のことかわかっていない様子の私と義勇さんに今度はしのぶが首を傾げた。


「お二人とも、任務の話でこちらにいらしたのではないのですか?」


…任務?







「わたしの剣士たちはほとんどやられてしまったのか。そこには十二鬼月がいるかもしれない」


しのぶに連れられてやってきたお館様の部屋。次の任務はこの三人で出るようだ。縁側に座り、命辛々伝令を持ってきた鎹烏を撫でるお館様の言葉がしん、とした部屋に響く。
しのぶ、私、義勇さんの順で並んでお館様の後ろに座っているのだが、何だろう。両側から、お互いへの圧をものすごく感じる。
先程の二人のやり取りが原因なのだろうか。
しかし会話の意味が全くわからなかった私は、どんな理由で二人がピリついているのか検討もつかなかった。


「柱を行かせなくてはならないようだ。義勇、なまえ、しのぶ」
「「「御意」」」
「………何か、あったのかい?」
「「何でもありません」」


振り向いたお館様が違和感のある空気を感じ取ったらしい。
少し驚いた様子で私達の方に身体を向けるお館様に、何も悟られまいと食い気味で返事をしたのは両側の二人だった。唯一、何も答えなかった私にお館様が顔を向ける。慌てて何でもありませんと返事をすると再び外を向いた。


「さて…わたしはなまえと話がしたい。二人は下がっていい。頼んだよ」
「「御意」」


しのぶと義勇さんが部屋から出て行き、部屋にお館様と二人きりになる。
お館様と二人で話すなんて、いつぶりだろうか。
少し緊張していると、優しい声色でこっちにおいでとお館様に促され、失礼しますと言って縁側に座る彼の横に正座した。


「なまえの成果は耳によく届いてるよ。本当に、強くなったね」
「ありがとうございます」
「君ならあの鬼舞辻無惨を倒せるかもしれない」
「はい。必ず倒します」
「そこで一つ、わたしと約束をしてほしい」
「?」
「君の家系は代々、遥か昔から産屋敷家の為に仕えてくれた。ある時は刃、ある時は盾…そして今は君が鬼殺隊の柱としてその役目を果たしてくれている」
「…」
「産屋敷家の役目はあの鬼舞辻無惨を倒すことだ。だからこそ頼みたい。今後何があってもわたしを守ることではなく、鬼を倒すことを優先してほしい」


そう言って私を見るお館様の感情はわからなかった。これは、今後自分が危険に晒されることがあっても、自分を見捨てて、鬼を倒すことを優先しろということだ。
私の家系は遥か昔、産屋敷家初代当主の時代から彼らを守るための一族として存在してきた。だからこそ、その強さは別格とされ、受け継がれてきた意思は固い。母は遠い昔に死に、父は幼い頃に鬼舞辻無惨によって殺された。そして一人残された私の手を引いてくれたのは、目の前にいるこの人であった。


「…できません」
「…」
「私は、今の家系に生まれたことを誇りに思います。父や母が守ってきたものを、見捨てることなんてできません」
「君の家族がわたし達のために仕えてくれて本当に感謝している。だからこそだよ」
「でも、」
「お願いだ。鬼舞辻無惨を倒してくれ」


お館様の声色は優しいが、それでもどこか強いものだった。
彼は誰よりも優しく、誰よりも強い。そして何よりも、鬼を倒すことを優先してきた。まさに産屋敷家当主にふさわしい人物であり、この人の元で鬼殺隊として仕えられることは自分の誇りだった。


「お館様は…」


開きかけた口を閉じる。
何故お館様が私にこんなことを言ったのか、附に落ちた。涙が出そうだった。
お館様はいつか、鬼舞辻無惨を倒すために自分を犠牲にするつもりだ。
目を閉じて、息を吐く。その覚悟を私が受け取らなくてどうする。


「鬼殺隊、影柱みょうじなまえ。私はいつ如何なる時も鬼を倒すことを優先し、必ず鬼舞辻無惨を倒します」


刀を立てて頭を垂れながら誓う。
すると、目が見えていない筈のお館様の手が辿々しく頭の上に置かれた。
懐かしい温もり。
ああ、そうだ。私はこの手が大好きだった。


『私、お館様のことずっと守ります』


幼かったあの日の自分が蘇る。
涙が溢れて止まらなかった。



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