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はじまりの中の赤


感情を無くしたわけじゃない。
ただ一閃、刀を振る瞬間だけは何も考えないようにしていたら、染み付いてしまった。
きっと本能で解っているからかもしれない。そこに在るものを斬るということは自分の手で全てを終わらせてしまうことだと。
たとえ刃を振るう先が異形のもので、斬られて当然だと扱われる存在だとしても、

そこには、命が在るということを。







「なまえ」
「お館様」


産屋敷邸。季節はもうすぐ春。
庭で刀を振る少女を呼ぶと、嬉しそうな表情で駆け寄ってきた。産屋敷家九十七代目当主、産屋敷耀哉が縁側に座ると少女は刀を地面に置き、彼の前に仕えるようにして座る。そんなに固くならなくていいと常日頃伝えているのに、彼女はその真面目さからか幼いながらも自分の立場に従順だった。


「なまえ、今度の最終選別に参加しておいで」
「!?良いんですか?」
「うん。十分強くなった。鬼殺隊としてわたしと共に戦ってほしい」
「もちろんです!私頑張ります!」


ぐっと両手を握って鼻息荒々しく言う姿はまだあどけない。幼くして家族を亡くしたこの少女をここで預かってからもうすぐ三年の時が経とうとしていた。
彼女は先祖代々産屋敷家に仕える一族の生まれだ。他の者の多くは皆あの最悪の鬼、鬼舞辻無惨によって殺されてしまった。
おいで、と手を差し伸べると戸惑いながらもこちらに来て隣に座る。頭に手を乗せると嬉しそうに笑った。


「お館様の手は安心します」
「うん」
「父の手を、思い出します」
「なまえの父は本当に立派な方だった」


彼女の父も、鬼殺隊として産屋敷家のために最期まで戦い抜いた。その強さは歴代柱の中でも最強と言っても過言ではないほどだった。鬼舞辻無惨によって殺されたと聞いた時は心底驚いたが、それと同時に彼の娘、このみょうじなまえという少女は守り抜かなければならないと思った。
時が来るまで、鬼舞辻無惨にこの少女の存在は知られてはならないと。
産屋敷家に仕える一族で歴代柱最強ともいえる彼女の父の存在は、無惨にとって真っ先に葬りたい人物であったのはわかっていた。
その娘の存在を知れば奴は必ず、殺しにくる。


「私、お館様のことずっと守ります」
「ああ、頼もしいよ」
「もっともっと強くなって、父のように守ります」


その後少女は最終選別に受かり、鬼殺隊に入隊した。そしてその一ヶ月後、鬼殺隊最高位の柱となる。







ある少女が柱となった。
鬼殺隊に入隊した一ヶ月間で倒した鬼の数は百以上とあの十二鬼月の下弦の参を一体。その驚異的な実力と戦歴は瞬く間に隊全体に広まり、異例のスピードで癸階級から柱へと昇格した。

鬼殺隊の水柱である冨岡義勇は、正直半信半疑だった。そんなことが出来る者がいるのかと。かつての親友が生きていたならばもしかしたらそうなっていたかもしれないが、絶えず死戦を潜り抜けて鬼殺隊の壮絶な厳しさを耐え抜いてきた身としては幾分か信じ難かった。


「初めまして、みょうじなまえです。宜しくお願いします」


初めて会った時は半信半疑からどちらかといえば疑念へと変わった。自分より幾つか歳下だろう。笑った時の笑窪が似合う、至って普通の少女だった。
彼女がたった一ヶ月で柱へ?
人を見た目で判断しているわけではないが、彼女からは覇気を感じるわけでも強者独特の雰囲気を感じるわけでもなかった。

しかしその疑念は直ぐに払拭される。


「…なんだ、あれは」


その強さを目の当たりにした時は、身震いするほどだった。初めて見る呼吸、能力。そして彼女の太刀筋には一切の迷い、思念すら見えなかった。感情を切り落とされたかのように淡々と鬼を斬っていくその姿はまさに、別人。
戦い終えた彼女の背後には数十体の鬼の残骸が並んでいた。


「義勇さん、無事ですか?」
「ああ」


彼女は刀を鞘に納めるとその場にしゃがみこむ。どこか怪我でもしたのかと一瞬焦ったが、彼女はそのまま両手を合わせて目を閉じた。その姿に目を見開く。
彼女は、なんと、自分がとどめを刺した数十体の鬼に向かって追悼をしていたのだ。


「何をしている」
「…全ての魂が成仏できるように祈ります」
「いつもそうしているのか」
「はい」


そう言って笑った彼女が、何故かとても哀しそうだった。あれだけの鬼を感情も無く斬っていた人間が、自分で斬った鬼への追悼を捧げている。なんという矛盾だ。何故、そんなことをする。

それからだった。みょうじなまえという人物に興味が湧いたのは。





「ねえ、義勇さん聞いてる?」
「…………聞いている」
「今の間は絶対聞いてないな」


む、とした表情を浮かべるなまえ。任務帰り、寄った甘味処で一息ついていたところだった。どうしても苺大福が食べたいと言うなまえに半ば強制的に連れてこられ、席についた矢先そういえば義勇さんと初めて任務をしたのが一年前の今日であったと言われ、あの日のことを思い出した。
あれから一年経った今日まで彼女は相変わらず強く、こうして話していると年頃の女であった。


「雪、すごいね。止むかなあ」
「夕刻には止むだろう。雲が薄い」
「そうだといいけど」

『通達!ココヨリ南南東で鬼発生!!冨岡義勇、みょうじなまえ両名ハ直チニ出動サレタシ!』

「「!」」


鎹烏が鳴いた。それは鬼が発生した合図だ。任務が終わったばかりだというのに、また新たな任務へ向かわなければならないらしい。すぐに立ち上がって身を翻す。なまえはというと、食べかけの苺大福をきちんと丁寧に布に絡んで懐にしまっていた。それをじっと見ていると、目線をずらしながら慌てた様子で恥ずかしそうに言う。


「だ、だって勿体ないでしょ!」
「何も言っていない」
「目が言ってた!」


何をそんなに気にしているのか。
ちゃんと食べれなかったんだもん、と隣でぶつぶつ言っているなまえの表情は任務前とは思えない緊張感のないものだ。この一年、彼女と共に柱として戦い抜いてきて、みょうじなまえという人間がどのような人物かは大体把握していた。
その強さに似合わない振る舞いとどこか幼子のような無邪気さと素直さ。一緒にいて退屈はしなかった。


「…、ふ」


思わず緩める口元に彼女は気付いていない。



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