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「煉獄さん、必ず生きて帰ってきてくださいね」


任務へ向かうその背中に抱き着く。
彼は私に向き直ると、見下ろした。ゆっくりと顔を近づけて、口付ける。
顔を離した彼の表情から読み取れる感情はなく。
大きな掌が頭を撫でた。

この温もりに名前をつけるとしたら、何だろう。







言葉は無かった。
なんとなく、ではなく私は確かに煉獄杏寿郎という男に恋をして、ある日身体を重ねた。
彼が何を考えているかはわからない。
ただ、あの日から、感じる温もりと私に触れる手の優しさにひたすら幸せを感じていた。
言葉にすることは出来なかった。
全部、壊れてしまいそうだったから。


「名で呼んではくれまいか」
「…どうしたんですか?突然」
「…」
「私はただの鬼殺隊隊士の一人です。それはとても、恐れ多くて」


今思えば、それが唯一彼から望まれたことだった。
それでも私はそれ以上の距離を縮めることが怖かった。
身体を重ねているくせに心の距離を縮めることが怖かった。

彼にとっての大事な人になってしまうのが、怖かった。







「煉獄さん、私もうここには来ません」
「…」
「ごめんなさい」
「…そうか!」


気づいていた。
私の存在が、彼の責務を果たす事への障害になっていることに。
命を懸ける彼に、生きて帰ってきてほしいだなんて、呪いだと思った。

彼は私を引き止めることはなく、いつも通りハツラツと笑いながらただ、受け止めただけだった。







目の前に立つ少年を見た。
彼の訃報を受けた今日、見たことのない鬼殺隊隊士が私の元にやってきた。
どうやら、彼と共に今回の任務に出ていた隊士らしい。
おでこにある痣が特徴的だった。


「煉獄さんからの伝言を預かっています…あなたに」
「…」
「自分に正直に生きてほしい、とそう言っていました」
「…」
「突然すみません。それだけ、伝えにきました」


何も言わない私に、少年は小さく会釈してその場から立ち去った。
視界に映る少年の背中がだんだんと霞んでいく。
なんだ。全部わかってたんだ。
ぼろぼろと、涙があふれ出した。


「私は、」


本当は貴方の大事な人になりたかった。
本当はもっと伝えたいことがあった。


「…愛してるよ、杏寿郎」


さよなら。

夜のあと


20201120