「口、開けてください」
「ん?急にどうしたの?」
いきなり爽やかな笑みを浮かべた立向居くんが私の横に座って、早く口開けてとか言ってきた。手にしているのはたぶん、飴だと思う。純粋な彼の厚意を断るワケにもいかないから、言われた通りに口を開けた。
「名前さん、喉の調子が悪いようだったので」
にっこりと人懐っこそうな笑顔を浮かべて、ころんと飴を口の中へと入れられる。ん、甘い。いちごみるくの飴だ。
甘ったるさが口いっぱいに広がったころ、立向居くんの口の端がにぃ、と一瞬吊りあがったのに私は気付かなかった。
「この飴おいしいでしょう?」
「ん、おいしい」
美味しいけどちょっと甘すぎるかも。しかもこの飴、大玉だから、中々無くならないやつじゃん。
でも、可愛い後輩がせっかく私にくれた大事な飴なんだからちゃんと味わって食べないと。
「名前さん…」
「…ん、ちょ、って、えぇ?」
名前を呼ばれたから彼の方へ向き直ると、立向居くんの可愛らしい顔が徐々に私の方へ近づいてくるという、いつもじゃ考えられない光景が目に映った。え、ほんと。これってリア充たちがよくするアレなんじゃないの?私には関係ないことだと思ってたのに。
私よりも少し背の高い立向居くんは私に近づくとちゅ、っと軽く唇を啄ばんできた。え?って頭が混乱してると、背に手を回しながらふにゃって可愛い笑顔を浮かべて。
「その、キスって甘いんですね」
「え、あの…えぇ?」
「ね、今日なんの日か覚えてますか?」
「んー?今日…?」
「はい!」
未だに笑顔の立向居くんを見ても今日が何の日なのかはさっぱりわからない。えっと2月14日でしょ?なんだったっけ?
「やっぱり名前さん、こういう行事興味ないんですね」
「あ、うん?ごめんね?」
今日って何だったっけ?…あ、もしかして。マネージャーの子たちが昨日チョコレート作ってたような。私も一緒に作ろうって誘われたけど、めんどくさいとか言って断ったような気がする。しかもさっき、円堂くんたちに「名前は何もくれないのか?」とか言われたけど、うんって答えた気がする。しかも、真顔で。
バレンタインか。そうか。私には乙女なイベントなんて似合わないし、むしろ食べる専門だし、とか思ってすっかり存在を忘れてた!忘れてたというか興味がなかった!
「あ。あの、立向居くんいっぱいチョコレート貰ったでしょ?」
私、何も作ってすらないし、と思ってさりげなくフォローっぽいものを入れてみたら、彼はなにやら少し考えた後。
「おれは、名前さん、あなたから貰いたかったです」
「え?」
「でも、もういいかな。さっき名前さんから貰ったし」
「ええ?」
背にある手がよりいっそうぎゅっと締まったと思うと、彼はぐいっと顔を更に近づけてきて。
「名前さんのキス貰っちゃった」
それにこんな照れた顔も見れましたし。
にこにこにこ。そんな彼を見て、何を話せばいいのかわからなくなる。
「そうだ」
「ど、どうしたの…?」
「いつでもいいから、おれにバレンタイン、くださいね!」
待ってますから。
そんな可愛いセリフは卑怯だ。どくん、と胸の痛みを不思議に思いながら、まあたまにはお菓子作りでもしてみようかな、なんて私らしかぬことを考えていた。
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不器用で恋をしたことない女の子とそんな主人公のことが好きな後輩たちむー
ハッピーバレンタイン
恋する乙女の恋愛がうまくいきますように
130214